第四話「解放そして大敗」
「もうすぐ受験だねっ!」
向日葵のような笑顔が咲き誇る。一ノ瀬佳歩は白い歯を見せて私にニカッと笑って見せた。
「あぁそうだな」
それに対して私は読んでいる本から目を離さず、ぶっきらぼうに返した。
「むぅ…ちゃんと聞いてる?!」
「あぁ聞いてる聞いてる」
「適当だしっ!」
彼女は小気味よいテンポで会話を続ける、鬱陶しいと思いつつも、少し楽しんでいる自分がいる。
しかしこれは表の顔なのだ。
騙されてはいけない。
ここでも私は偏見という檻に閉じこもる。
「まぁいいや!白鳥くんって勉強得意なんでしょ!だから教えて欲しいなーって…ダメかな?」
白鳥縁、それが私の名だ。
白鳥縁はこう答えるはずだった、
「ダメです」と。
しかし、実際に口から出た言葉は、
「いいよ」だった。
しまった。少しばかり会話のテンポが気持ち良かったのは事実だが、面倒な事に首を突っ込んだ。そう考えていたが、
「やった!」
彼女がそう言って、数cm程飛び跳ねて喜んでいる姿を見て、打算や計略等があるとは全く思わなかった。
むしろ心から、誘いを了承してよかったとすら感じる。彼女は本当に噂どうりの人間だ。
ぶっきらぼうに言葉を返す私に対して、彼女は一切嫌がる様子も無く、友好的な態度を取り続けている。
彼女にとってはそれが当たり前なのだろう。
私は自身の偏見に囚われ、目の前に居る存在に対して、偏向的な考えしか巡らす事が出来なかった。
人間には絶対に裏の顔がある。そう決めつけていた。
しかし、この世に裏表の無い人間が居るという事を、今日は知る事が出来た。
彼女は私を偏見の監獄から連れ出してくれた、解放者だ。
「じゃ…じゃあさ勉強会の日程とか決めるために、連絡先交換しよっ!」
全く私をどれだけ喜ばせてくれるのか。
積極的にぐいぐいと来るのは、あまり得意ではないが、何故か彼女だったら素直にそれに応える事が出来る。
「うんいいよ」
「やった!」
彼女はまたそう言って太陽の如く笑って、喜ぶ。
それと対照的に私はまた無機質に返してしまった。これから彼女と関わる中で、改善していこう。
私はバーコードを提示して、彼女と連絡先を交換し、彼女のアイコンと【かほ】という名前が画面に表示される。
【かほ】というユーザー名は、彼女の可憐さと明朗さを際立たせていた。
アイコンには彼女の愛犬と思しきバイカラーの猫が映っている。
闇夜に溶け込む程の黒さを持つ黒猫をベースに、口元や腹には光り輝く白が広がっており、そこにはモノクロの世界が形成されていた。
このコントラストはまるで私と彼女の関係を表しているようだった。
――――――――――――――――――――
――――――「と、言う訳で第一回一ノ瀬白鳥合同勉強会ーーー!!!」
「図書館では静かにお願いします」
「…すみません」
怒られちゃったねと、肩をすぼめてニヒヒと笑う彼女は、少し子供っぽくて愛しいと感じる。
現在私と彼女は図書館で『一ノ瀬白鳥合同勉強会』なるものを開いている。
ネーミングは勿論彼女だ。
「…じゃ始めよっか!」
先程より声のボリュームを大幅に下げ、吐息混じりの声を出している。
「一ノ瀬さん真面目にだよ?」
「わ、分かってるし!!!」
「しー!」
私は自分の唇の前に人差し指を当て、声が大きくなった彼女を制止する。
「…ごっ、ごめん」
また声のボリュームを極端に下げ、ウィスパーボイスで語りかける。
「ふふ」
「なんで笑ってるし!」
楽しいなぁ。
私は引力に引き寄せられるかのように、彼女に引き付けられ、私もそれを望んでいる。
彼女がS極なら、喜んでN極になろうとするし、S極には死んでもなりたくない。
それ程までに彼女に心酔していた。
今まで女性と触れ合っていなかった期間を埋めるように。
彼女の前だけでは、詮索もなく純粋で居られた。
――――――――――――――――――――
――――――「…だ、第5回一ノ瀬白鳥合同勉強会ー…」
彼女はテンションが上がって、司書にたしなめられるのを反省して、声を意図的に下げて、開始の合図を告げるようになった。
彼女は成長した。
「今日のボリュームはいい感じだよ」
「ほんとに!!?」
「しー!」
前言撤回、全く成長していない。
しゅんとなる彼女。
何から何までお世話してあげたくなる庇護欲を抑え、勉強に勤しむ。
学校では違うクラスのため、彼女とはほとんど話さないので、毎週末行われるこの一ノ瀬白鳥合同勉強会が、唯一の会話の機会であった。
だからこそ勉強等せずに、彼女と語り合いたいのだが、
勉強会という体裁がある以上それを崩す事は出来ない。
それがなんとももどかしかった。
だからこの関係性を変えるため、
私は今日彼女に、告白しようと思う。
胸に秘めた恋慕の念を。日に日に肥大化していく愛の想いを。
――――――――――――――――――――
―――――――「ふぅー…取り敢えず今日はこの辺にしとく?」
「うん!」
弾けるような笑顔を振りまく彼女を見て、この光景を網膜に焼き付け、それを現像出来ないものか、と考える程に彼女に釘付けになっていた。
しかし、私が彼女専用の射影機になるために、今日この場に居る訳ではあるまい。
私は大きな野望を我が心に抱き、ここに存在しているのだ。
「じゃ解散しよっか!」
「あ、あの!」
「うん?」
私は勇気を持って彼女を呼び止める。
「い、いや、何でもない」
「あ、そう…じゃあね!」
「う、うん、また」
私は、大敗を喫した。
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