第二話「決壊」

「昨日見た番組は最悪だった」


午前中の大学の講義を終え、学友と共にファミリーレストランで昼食を取っている。


「何の番組だ?」


大学からの友人の沢渡さわたりは、自分の頼んだステーキ定食に付いてきたコーンを、丁寧に一粒ずつ私の皿に置きながら言う。


「はぁ…野菜位自分で食えっての」

「悪ぃ悪ぃ、で何の番組なの?」


悪びれた様子もなく、コーンを刺しているフォークを持っていない方の手で手刀を切って、形上の謝罪をし、強引に話題を戻す。


沢渡の野菜嫌いは出会った頃からなので慣れてはいるが、野菜を食べないのは将来の事を考えると少し心配である。


「恋愛リアリティーショーだよ。全く…他人の恋模様見て何が楽しいんだか…」

「縁の"恋愛嫌い"も相当だな」


えにしというのは私の名前である。


両親は運命的な出会いをしたらしく、息子にも"そういう"ご縁がありますように、というのが名前の由来である。


しかし、運命やご縁なんて不確定で曖昧な言葉は、私が一番敬遠している。それを男女の仲にこじつけるなんて短絡的で、盲目だ。


両親には悪いが、はっきり言って下らない。


「生産性がないだろ?愛の言葉なんて札束の山に比べれば軽いのさ」

「金持ちのお前が言うと説得力あるなぁ…」


私の父は某大手広告代理店の副社長で、実家は都内の40階建てタワーマンションの最上階だ。


「けどなんでこっちに引っ越して来たんだ?都内の大学行けばよかったのに」

「そういったキラキラした大学生活は性に合わんのですよ」

「ふーん」


都内の私立大学も行こうと思えば行けたが、ああいったキラキラした大学生活は自分には合っていないと思い、郊外の国立大学を受験した。


そう、それは事実なのだが、何か引っ掛かる。


理由はそれだけだっただろうか?


そんな風にまた今朝のような違和感に苛まれながらも、友人との会話を楽しんでいた。


すると、


「お!お二人さんやっぱりここでしたか!」


そう言って明るく声を掛けて来たのは、高校時代からの友人である須藤すどうである。


「よぉ須藤!今日は彼女さんとじゃなくていいのか?」

「あぁ何か風邪ひいてるらしい」


須藤の彼女の松田まつだとは、高校時代からの付き合いで、かれこれもう3年になるらしい。


仲は順風満帆で喧嘩している所は、一度も見た事がない。


「お見舞いしないとなっ!」

「相も変わらずお熱いねぇ」


えへへ〜と自慢げに笑う須藤の顔を見ると、幸福感が嫌でも伝わってくる。


きっと私は体験し得ない感情なのだろう。


別に羨望も無いが。


「羨ましいなぁ〜仲睦まじくて。なぁ縁もそう思わない――

「そう思わない」…って聞く相手間違えた」


私は沢渡の言葉を遮った。先程まで"羨望は無い"と考えていたから、条件反射的に言葉が出ていた。


「はぁ…じゃあ初恋とかねーの?須藤は高校ん時から一緒なんだろ?何か知らねーの?」

「うーん…ニッシーからは浮いた話一つ聞かないからなぁ…」


顎に手をあて須藤は、高校時代を思い出していた。因みにニッシーとは私の愛称である。須藤にしか呼ばれたことは無いが。


須藤の言う通り私は生まれてから現在に至るまで、一度も恋をした事が…と考えていると


須藤が「あ!」と閃いたような顔をした。


「一回一ノ瀬さんと話し込んでいるのを見たよ!女子となんて喋らないから珍しいなぁと思ってたけど…もしかして!?」


「一ノ瀬…?」


なんだろう胸騒ぎがする。心臓の鼓動がうるさい。


ファミリーレストランの喧騒なんて聞こえない位、鼓膜にこだまする。


一ノ瀬いちのせ


"絶対に思い出さなければならない名前"。

否、

"絶対に思い出してはいけない名前"。


相反する感覚は、今朝朝食と一緒に飲み込んだものと一緒だ。


「しかし、一ノ瀬さんって言ったら可哀想だよなぁ…」


須藤が言い淀む。


「何で?」


沢渡が須藤に問いかける。


辞めろ…。いや、気になる。

辞めろ!気になる!


また、真逆の反応。


そして、今朝の声を思い出す。


「恋を恐れないで」


全神経にこだまする。


「高3の冬事故で下半身不随になったからなぁ…」


このとき私の中で何かが決壊した。

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