恋が誘う不可逆世界
@distinguish
第一話「違和感」
何故婚前の年端もいかない男女が、乳繰りあっているのを見世物にしたがるのだろう。
自室のテレビで恋愛リアリティーショーなるものを見ながら私は理解に苦しんでいた。
勘違いしないで欲しいが、私は普段からこんなものを見ているような物好きな人間では無い。
好きだった番組が終了し、こんな頭の中お花畑番組が後継番組となった事に憤りを感じた故、百聞は一見に如かずという事で、後継番組に値するかどうか見極めているのだ。
…しかしなんだこれは。社会責任もまともに果たせない学生風情が、
「君を一生守るよ」
なんて甘言を吐いている。
それを聞いた女は恐らく何十分とかかかったであろう化粧が、ふんだんに施された目をパチクリとさせて喜ぶ。
化粧品やなんやらでベタベタに塗りたくった頬を、林檎のように真っ赤にしている。
その様子を見ているスタジオの某有名女性タレントやスタッフは、一斉に黄色い声を上げる。
「きゃあああ!!」
誠に耳障りな声だ。
赤の他人の関係が幾らか深まった位で馬鹿騒ぎ出来るその神経は、ここまで行くと尊敬に値する。さぞ人生が愉快な事だろう。
そんな風に考えていると男の方が、聞いているこっちが恥ずかしくなる程のキザな台詞を吐いていたので、テレビの電源を落とした。
…まったく公共の電波でこんなしょうもない茶番を見せないで欲しい。出そうになったため息を飲み込みベットに寝そべると、程なくして私は瞼を落とした。
――――――――――――――――――――
――――――声が聞こえる。視界はぼやけており、その声の主の存在をも認識出来ない。
「…を……め…」
なにやら喋っているようだが、はっきりとは聞こえない。視界は依然変わらず仄暗い闇の中で、今自分がその身を置いている所在すら分からない。
「…を…恐れてはだめ…」
今度は先程よりもはっきりと声が聞こえた。女性の声のようだ。
恐れる?私が何を恐れているのだろう?
私が今暮らしている日本は、世界でもトップクラスに安全な国だ。
無論それは私たち先祖の死屍累々の上に成り立っているものなのだが、いくらその苦しみを理解しようとした所で、表面上の同情や感謝しかしてやれないだろう。
当事者では無い私たちは、せいぜい手を合わせる事位しか出来ないだろう。
こんな平和な国で恐れる事があるだろうか。
勿論日本でも犯罪行為は毎日途切れる事なく起こっている。
しかし私はある程度の安全が確保された家で、親しい友達と共に有意義な大学生活を送っている。
今年で二十歳になる私は、これからの人生をいくらでも豊かに出来るという自信と期待があった。
恐れ等微塵も感じていない。ならば私は何を恐れているのか?
考えを巡らせ、恐れの正体を探っていると、私は何か嫌な思い出が蘇ってくるような気配がした。
「恋を恐れてはだめ」
――――――――――――――――――――
――――――――ピピピピピピピ!!
「ッ!」
不思議な夢を見た。いや夢というよりお告げに近いだろうか。
私は無宗教なので神の存在は信じていないのだが、未だ耳にこびり付くあの女性の声を思い出し、それを神の声ではないかと疑う程、我が心に違和感なく侵入してきた。
さらにその声は
それにさっきから何かを忘れているような感覚に陥っている。
"絶対に思い出さなければならない事"である一方で、
"絶対に思い出してはいけない事"でもあるような気がした。
そんな矛盾を孕んだこの感覚は些か気分の良いものではないので、朝食の半額シールが付いたあんぱんと一緒に、牛乳で流し込む事にした。
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