第10話 弱虫勇者


「教えて貰おうか。その心臓、どこで手に入れた?」

訳も分からない様子のヘルトを置いてけぼりにするように、神父はシュティルへと歩みを進めていく。その手に抜き身の長剣を持ちながら。


「っ神父様!話を、」

神父は黙れとでも言わんばかりに、剣を持たない右手を軽く振る。

「うわっ!?」

その瞬間、ステンドグラスから純銀の鎖がヘルトの腕ごと胴に絡みつき、勢い余って地面に強かに顔を打ち付けた。


「終わるまでそこで大人しくしていなさい、魔に魅入られた者と話しても意味が無いからね。私は今彼女と話をしている…いつ、どこで魔族に加担した?魔族がいるということは、もう魔王は蘇ったのか?」


「っだから!!それが意味が分からないんだって!シュティルは、魔なんかじゃない!だって、彼女は、」

吠えるように言うヘルトと対照的に、神父はどこまでも冷酷に、淡々と口を開く。


「私も、今朝は気付かなかったよ。ここまで巧妙に隠されたのは初めてだ…この娘の心臓は…魔族のものだ。それも、高位の」


「……魔族…?」


魔族。

魔族。

勇者が討伐するべき魔王に値する魔物が上位存在へと進化した存在である魔族。

その心臓を持っている?

神父は、こんなタチの悪い冗談は言わない。つまり、それは、

あまりの出来事に言葉が出ない。


「わざわざ1番私の力の及ぶ教会に来てくれたのは幸運だった。おかげで気づくことが出来た上に、対処も早く出来る……」


スラリとした刀身がシュティルの首元に当てられる。

シュティルは唇を引き結び、心臓を抑え苦しげに浅く息を吐きつつも真っ直ぐに神父を見つめ、抵抗の意を見せていなかった。

その様子に神父は訝しげに片眉を上げた。そして、何かを言おうと唇を開きかけたが、思い直したように柄を握り直す。


「最後の質問だ。いつ、どこで、どんな魔族からその心臓を受け取った?君はどんな存在だ?」


「……私は答える権利を持ちません」

シュティルは機械的に答えたが、その身体は徐々に前に傾き、神父に首を差し出すように頭を垂れていく。

ギギ、ギ、と油を指していない人形のように少しづつ、歪に傾くその姿を神父は冷めた眼差しで見つめている。


「……そうか。高位魔族は心臓を潰さなければ、胴と首が泣き別れても少しは息があるという…いつ、どこで、誰から手に入れたか。無力化してからじっくり聞くとするよ」


「待って!!でも、シュティルは……!!俺を守ってくれたんだ!!」

「その話は、彼女の対処が終わったあとだ」


神父の長剣が高く振りかぶられた。

「シュティル!!」

芋虫のように這いつくばっていた身体を無理矢理起こし、神父に向かって体当たりをするべく走りよる。無理な体勢から身を起こしたせいで、至る所の筋が悲鳴をあげたが、気になどならなかった。

ヘルトは気になどしなかったのだ。

……けれど、身体は言うことを聞いてくれなかった。

「うぐっ!?」

むなしく身体は再度地面に叩きつけられ、顎を強かに打ち付けた。脳が揺れる。

神父の長剣が勢いよく振り下ろされるのが見えた。

あぁ、まただ。

やっぱり俺は変われない。

弱虫勇者は、守ることなんてできない。

だって、出来損ないの弱虫だから。


少女の首が落ちるところなんて見たくなくて、目をきつく瞑る。

暗い視界の中で、硬いもの同士がぶつかり断ち切る音がした。




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