第9話 兄代わりの親愛
緑豊かな砂利道を上っていき、なだらかな丘の上にこじんまりとした教会の姿を発見する。
教会は遠目から見ても古い印象だが小汚い印象はなく、どこか神聖な雰囲気だ。
「あ、見えてきた…あれだよ。今日は一応平日だからミサもないし…神父様は子どもたちと一緒にいらっしゃるんじゃないかな」
「あれが教会…」
お裾分けのお礼にと買ったビスケットとパンを抱え直しながら指をさした。
その指先を追い、じ、と教会を見つめるシュティルの横顔をなんとなしに見つめていると、瞳孔がピントを合わせるように収縮し、弛緩するのが見えた。ふとした姿にも人外めかした所作があって、そのたびにドキリとしてしまう。
「…いた、二階の窓拭きをしてるようです」
「見えたの!?」
「500メトルまでなら軽いピント調節で視認できるので…ここからなら大体150メトルくらいだし問題ありません」
「ご、500メトル…」
「?人は見えないのですか?」
「あー…うーん…目がいい人なら、…見える、かもね…」
「そういえば人は個体差がとくに大きい種族でしたか」
「個体差…個体差か…うん…」
教会までの道のりを歩きながら気になっていたことを尋ねる。
「そういえば、シュティルの種族は何になるの?前にロイド種、って言っていたけれど…マノイド種とは別物?」
「マノイド…私のデータベースにその種族の情報はありません。どのような個なのでしょう」
「ええと、マノイドって言うのは、随分昔に他国から持ち込まれた技術を使って作られたアンドロイド、…何かに特化した機械なんだ。最近は少ないけど、人型もいるよ」
「そこまでは私と特に変わりがありませんね…この町にマノイドはいるのですか?」
シュティルの何気ない質問に少し言葉が詰まったが、隠すことも出来ない。
「いや、この町、というか…今はほとんど見かけなくなった」
「それはどうしてでしょう?客観的に見て、アンドロイドは優秀な種の一つだったと記憶しています。現代ではさらに優れた種族が増えたのですか?」
「その…シュティルが聞いて良い気持ちはしないと思うんだけど…」
内容が内容であるため、少し言い淀んでしまう。
「構いません。昨日話せませんでしたが…おそらく、私がアンドロイドだと明言しないほうが良い理由もそこに関係あるのでは?」
図星だった。「…分かったよ」と渋々頷き、周囲を見回して近くに人がいないことを確認する。
「マノイドは、見栄えも能力も優れていて、温厚な機体しか製造されなかったから一時期はかなりの割合で普及したらしいんだけど…実際手にすると鬱憤晴らしに手荒に扱う人も多かったんだ」
「…そうでしょうね。生き物は生きているだけで気持ちが昂り、沈むものだと記録しています。それは人間に限らずですが」
無機質に言うシュティルにどこか物悲しい気持ちになり、食い気味に「でもそれは、八つ当たりをする理由にはならないだろ!」…これも、八つ当たりなのかもしれない…そう思うと、シュティルの方を見ることができなかった。やるせなさを抑えながら話を続ける。
「表面上は奴隷制度の撤廃をしたばかりだったのもあって人型の造形物を好き勝手にすることへの問題意識をアインツヴァルト…世界でも有数の宗教国家が定義して今ではほとんど製造されない上に基本的に国の管理下にあるのがほとんどなんだ」
話している側も口にして気分が良くない内容の話を聞いて、彼女がどう思うのか気になり、チラリと隣を歩く少女型の機械に視線を向ける。
硝子玉の瞳は、まっすぐに前だけを見ていて、なんの感慨も浮かんでいないようだった。
「それはまた…賛否がありそうな決定ですね」
他人事…いや、まさに他人事ではあるが、あまりの反応の薄さにこちらが驚いてしまう。アンドロイドは、…こういうもの、なのだろうか。
「ええと、そうだな…一応の折衷案として、新しく作られても、明確に人間の形状とは大きく違って作るように義務づけられてる。だから、ええと、シュティルは見分けがほとんどつかないくらい人間にそっくりだから…アンドロイドってばれるのは…ちょっと、困る、と、いうか…一緒にいられなくなる可能性のが高いんだ」
「…なるほど。たしかに国の管理下に置かれてしまうと、ヘルトの相棒として動きづらくなりそうですね。バレないよう、うまく頑張りましょう」
こく、と、軍帽の乗った小ぶりな丸い頭が納得したように1つ上下に揺れる。理解してくれて嬉しい。
共通認識があるというのは、これほど喜ばしいものなのか。
「よ、よかった…」
「……しかし、今の話を聞くところ、私の知っているロイド種との違いがいくつかありました。おそらく、ロイド種の後続がマノイド種なのでしょう。私は戦争特化の旧型アンドロイド、というのが正しい認識ですね」
「え、え?旧型……?マノイドに先駆けがいるなんて、聞いた事がないけど…」
「……私の記録は虫食い状態ですから、あくまで推測の域を出ませんが…おそらく、」
「ヘルト…?やっぱりヘルトか。どうしたんだ、わざわざ丘の上まで登ってくるなんて珍しい」
シュティルが何かを言いかけた瞬間、低く穏やかでのほほんとした声が耳に飛び込んでくる。
「神父様!」
「久しぶりに顔が見れて嬉しいよ。家に行った時も思ったが、こんなとびきり美人の彼女を連れてくるとは隅に置けないな」
いつの間にやらそばに来ていたのか、端正な顔立ちながらおっとりした太い眉毛と切れ長の垂れ目が印象的な神父は、からかうように宣う。悪い人じゃけしてないが、悪ノリがすぎるところが玉に瑕だ。
「や、やめてよ神父様!この子に失礼だろ、この子は彼女じゃなくて、俺の…!」
顔が赤くなってるのを感じながら、吠えるように言う。
「あぁ〜、ごめんごめん。そう怒らないで…見ていて仲良しなのが伝わってきたから、勘違いしただけなんだ」
ポンポン、と頭を軽く弾ませるように撫でられる。全然溜飲は下がらないけどな!?
「それで、今日はどうしたんだ?こんなところにまでくるなんて」
「またそうやって話を逸らして…!」
のらりくらりとした様子に眉間に皺がよるが、話が進まないと思い直し、本筋へと戻した。
「朝お裾分けをもらったお礼と、ただいまの挨拶に来たんだ。あと…この子の紹介」
言いながらシュティルに視線をやると、心得たとばかりに頷き
「今朝はありがとうございました。シュティルです」
と端的に自己紹介をする。
「ええと、この子は昨日ヴァルムークの森で倒れているところを見つけたんだ。記憶喪失らしいから、俺が保護しようと思ってて…」
「ヴァルムークの…?記憶喪失…ほう…それは大変だったね」
神父は顎に手をやり考え込むような仕草をした後、
「まぁ、いつまでも外にいてはなんだ。教会へお入りよ」
そう言いながら、神父は二人の背を軽く押しながら歩き出す。
「積もる話もある訳だし、ね」
神父の垂れ目が柔らかく弧を描く。
「さ、どうぞ。あまり掃除が行き届いているわけでも無いから少し恥ずかしいけれどね」
石積みで作られた教会に嵌め込まれた厚い木の扉を開き、神父は教会内へと誘う。
シュティルは少し足を止め、硝子玉の瞳をくるりと回して教会全体を一瞥する。
「どうしたの、シュティル?」
まだ浅い付き合いとはいえ、なんとなくこのアンドロイドの機微の変化に気付いたヘルトはそう尋ねた。
「…いえ、なんでもありません」
「そう…?」
そうすげなく返されては追い縋って聞くものでも無い、と神父の後をついて歩く。シュティルも教会に一歩足を踏み入れた瞬間、
「ッぐ、」
心臓を押さえ、タタラを踏む。ザリ、と後退り教会の入り口に膝をついた。
「シュティル!!?」
身体を丸めるようにして立ち止まるシュティルに慌てて駆け寄ろうとするヘルト。
そんなヘルトの肩を掴み、神父は自分の後ろ…教会の奥へと押し込んだ。
「何するんだ神父様!?シュティルの様子がおかしいんだ!そこを退いてくれ!」
「お前はさがってなさい、ヘルト」
神父はヘルトの言葉を一蹴すると、教会のステンドグラスに手を当てた。剣を持つ勇ましい女神が描かれた美しいステンドグラスだ。
「実はね、この教会には特別な仕掛けを施しているんだ。魔に属する者、魔に値する者、加担する者を弾く仕掛けを…」
神父がステンドグラスから手をゆっくり離すとその手には、描かれた女神の持つ剣と瓜二つの長剣が握られている。
「さぁ、教えて貰おうか、お嬢さん。その心臓…どこで手に入れた?」
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