第35話 ご機嫌直し
「あの……七瀬、さん? そろそろ機嫌を直してはくれませんかね?」
「……」
七瀬は一瞬こちらに視線を向けるも、すぐにぷいっとそっぽを向き、そして何かを期待するような視線をチラチラとこちらに向けてくる。
まいったな……一体どうすればいいんだ……
バイトを終えて帰宅してからというもの、何故か七瀬の機嫌が更に悪くなってしまった。
何故だ……一体なんでこんなに期限が悪くなってるんだ?
「……ねぇ」
どうしたものかと頭を悩ませていると七瀬が口を開く。
「ようやく、口を聞いてくれたな。なんだ?」
「あなたは私の婚約者よね?」
「ああ、そうだな」
「私の旦那様よね?」
「それは……まぁ……そうだな」
何故やけに関係を強調してくるんだ?
「そう、私達は夫婦のような関係……なのにあなた……今日は店にした女の子に随分と優しくしていたわね?」
少し拗ねたように頬を膨らませ可愛らしい不機嫌の原因を言う七瀬がなんとも微笑ましくて俺はつい笑みが溢れた。
「なっ、今あなた笑ったわね!?」
「はは、すまん、あんまりに可愛い内容だったから」
「むぅ、私は真剣なのだけれど?」
「だけど接客業で笑顔を振りまくのは当然だろ?」
「それは……そうなのだけれど……」
七瀬は自分の複雑な気持ちを上手く表現できないのかシュンとした表情を浮かべる。
そしてしばらくの沈黙の後、俺の近くまで寄ると俺の胸に顔を埋める。
「お、おい……」
「……」
顔を埋めたまま、七瀬は強く抱きしめて俺を離さない。
まったく、しょうがないやつだな……
そんな七瀬に驚きつつも俺は七瀬の頭を優しく撫でる。
手入れの行き届いた黒曜石のように黒い髪はサラサラでふわりと柔らかく、撫で心地がとても良い。
「これでいいですかね、姫?」
「……もっと」
そう上目遣いでお願いされては断ることはできない。
「仰せのままに。」
引き続き俺は七瀬の頭を優しく撫でる。
七瀬も気持ちいいのか時々上機嫌そうに微笑む声が聞こえ、本当に学校とは別人だなと改めて実感する。
学校では誰とも馴れ合わず、笑顔もない冷酷が似合う少女だが今の彼女はむしろその逆、感情が豊かであり、甘えん坊なただの女の子だ。
しばらくして少しは満足したのか七瀬は顔をあげた。
「ご機嫌直してくれたか?」
「……ふん、この程度じゃまだまだ私の不機嫌は直せないわよ」
そう言って七瀬は再びふいっとそっぽをむいてしまう。
やれやれ、本当に猫みたいだな……俺の婚約者は。
「それは困ったな」
もういっそのこと何か勝ってきた方が早く期限を直して貰えるんじゃないか? 親父も母さんの機嫌を直す為によく高級スイーツを献上していたし。
まぁ、あの人達をあまり参考にしたくはないが……
「だから……今日はたっぷり私を甘やかして。それで許してあげるわ。」
「そんなんで良ければいくらでもいいぞ。」
「ふふ、じゃあ早速やってもらおうかしら。」
◇
「それで? 俺は何をしたらいいんだ?」
七瀬に甘やかせと言われても俺は甘やかし方なんてよくわからないのでとりあえず本人に尋ねてみる。
すると七瀬は顎に手を当て真剣に考え始めた。
「どうしようかしら……これは重大な問題ね……」
「そんなにか?」
「ええ、もう少し考えているから少し待っていてくれる?」
「わかった。」
何かとんでもないことをさせられるんじゃないかと不安に思いつつも俺は大人しくソファに座って待つ。
とんでもないのじゃないといいけどな……
しばらく待っていると、結論が出たのか七瀬は一人で想像して何やらニヤニヤしていた。
ほ、ほんとに大丈夫……だよな?
「待たせたわね、決まったわ。」
「そうか……それで俺は何をすればいいんだ?」
この際許容範囲ないならなんでも付き合おうと思い聞くと、帰ってきたのは意外な答えだった。
「ふふん、じゃあそこにすわってくれる?」
七瀬が指差したのは絨毯の上だった。
ん? 絨毯の上? どういうことだ?
てっきりまた一緒に添い寝してほしいとか言い出すんじゃないかと思っていたのであっけに取られた。
「ああ、わかった。」
俺はとりあえず言われた通りに絨毯の上へと腰をおろす。
「それでこの後はどうす——」
そう言いかけたとき、七瀬が俺の足の間にポフリと腰を下ろした。
そして俺に身を委ねるように寄りかかる。
その力は軽く、ちゃんと食べているのか心配になった。
「……♪」
七瀬は満足そうに頬を緩めると上機嫌そうにメロディを奏でる。
「……なぁ、七瀬。」
「ん? 何かしら?」
「これは……なんなんだ……?」
「見てわからない? あなたを椅子にしてるのよ」
「いや、わからないんだが……こんなことでいいのか?」
「ふふ、甘いわね。本番はここからなんだから……」
そう言い不適に微笑む姿に不安が戻ってくる。
「じゃあ、湊、私を後ろから抱きしめてくれる?」
一瞬迷ったがもうすでにハグは何度かしていることを思い出し今更かと思い俺は言われた通り俺は後ろから包み込むように優しく七瀬を抱きしめる。
抱きしめると七瀬の体温が伝わり、変な気分になりかけた。
落ち着け、俺は一条家の次期当主だろう……こんなことで動揺していてどうする……!
「こ、これでいいか?」
「え、ええ……これでいい……わ」
七瀬も自分から言っていたのに頬がかなり赤くなっていた。
だが少しすると慣れてきたのか心地良さそうに俺の腕に自身の頬をすりすりと擦り付ける。
これ……いつまでしてればいいんだ?
「ふふ、これはいいわね♪」
「もう気が済んだか?」
「いいえ、まだよ。」
まだ何かあるのか……正直俺はこれだけでもう限界なんだが……
これ以上は動揺を隠せる自信がない。
「それで、次は何を?」
「そうね……じゃあ……私の耳元で愛してるって囁いて?」
「お、おい! それはハードルが高すぎないか!?」
「あら、出来ないの?」
七瀬は蠱惑的に微笑み俺を挑発する。
「ふふん、まぁ出来ないなら別にいいわよ。あなたを揶揄いたかっただけだし——」
『愛してる』
「ひゃっ!?」
俺が耳元で囁いた途端、七瀬の体がビクリと震える。
どうやら七瀬に効いたみたいだな……それ以上に俺の心へのダメージの方がでかいが……これめちゃくちゃ恥ずかしい……愛してるって……何言ってんだよ俺……
「ど、どうした? 随分と反応してたが」
「しょ、正直これほど威力が高いとは思ってなくて油断したわ……でもあなたこそ顔が真っ赤よ。相当恥ずかしかったんじゃないの?」
「くっ、じゃあもう終わりに——」
「いいえ、まだよ。次は私の名前を読んでくれるかしら。」
「次で最後だぞ……」
「え、ええ、もちろんよ」
次で最後という確認をしっかりとってから俺は心を落ち着かせてから七瀬の耳元で囁く。
『冷……愛してる……』
「ん……あっ……」
すると七瀬は目をうっとりさせて体の力がどんどん抜けていく。
そしてそれと同時に俺の心も限界を迎えた。
俺は一条家の時期当主……俺は——
もはや普段自分に言い聞かせて気を引き締める方法も効かない。
「……」
「……」
そして訪れる沈黙。
「そ、そろそろ晩御飯の準備しないとな!」
「そ、そうね! 私も手伝うわ!」
その後、ご飯を食べる時も気まずさでお互いの顔を見れなかった。
【あとがき】
お久しぶりです、ぷらぷらです。
大変お待たせいたしました!
明日、5月23日いよいよ本作、『黒髪清楚の冷酷美少女を助けたら、俺と二人きりの時だけデレるようになった件』が発売致します!
冷が可愛すぎる表紙はこちらのURLからご覧いただけます!
https://kakuyomu.jp/users/1473690623/news/16818622174260268952
素晴らしい一冊に仕上がっていますので是非お手に取っていただけると嬉しいです!
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