8-2.「There is always lights」②
まずそもそも、ただの恋心ではないのか。
だったら、いっそわかりやすかった。
たしかにあの子は良い子だ。
美人で素直で、家事もできて。
正直今まで、何度も頼ってしまっていたし、かわいいと思っていた。
そうだ。
俺はあの子が女の子であることに、初めから期待していた。
俺には絶対にそういう欲があった。
長い髪。沈んでいるのに高くまっすぐな声。厚手の大きなスウェットの上からでもわかる膨らみ。そばに居ると漂ういつまでも嗅ぎ慣れない匂い。
そういうものが体の奥を揺らしそうになるたびに、全部存在しないことにしていた。
だから俺は、そこまでだ。
俺は恋なんて言えるほど、あの子自身に向き合えていない。
……やっぱり、寂しいからなのか。
こんなことになって、少しずつ思い出すみたいに気づいていった。
ずっと俺は寂しかったんだ。
忘れていたのは、予感のような恐怖があったからだ。
認めてしまったら、ずっとそれを抱えて生きるしかない。
そんな一生満たされることのない空しさを、俺が受け止めきれるはずもない。
だからか。
気づいてしまって、受け止められないから、あの子を手放せなくなっただけなのか。
あの子の寂しさを想像して苦しいのも、またあの子に触れてしまいたいと思うのも、ただ一人が怖いだけの、臆病で自信がない、俺の性根のせいなのだろうか。
――そうじゃない、わけがなかった。
自分の性根が怖かったからずっと警戒していたんだろうが。
臆病で、怖くてなんでも悪い方に考えて、失敗しないようにするくせに、いつも大切なことは失敗するんだ。
俺があの子を手放したくないのは、自分のためだ。
分かっていたのに抑えられなかった。
今だってそうだ。
本当はもう世界を救うことなんて望んでいなくて、あの子が行き場もなくどこかで膝を抱えているなら、そんなに都合が良いことはないと思っていた。
あの子を騙すという罪がないなら。
あの子が本気でそれを望むなら。
俺もあの子に寂しさを満たしてもらうことを、本気で望めた。
でも、本当にあの子は、もう世界を救うことを諦められるのか。
どうしてもそう疑ってしまうのは、やっぱり俺の押し付けなのか。剣に選ばれたからか。
それとも綺麗なあの子には、心も綺麗であって欲しいのだろうか。
でも俺の――たった一人の不幸も受け入れられないような子が、本当に世界の終わりなんか受け入れられると思うか?
あのとき、俺が「いいよ」と答えていれば受け入れたのかもしれないけど、それはたぶん、認めた俺に委ねるだけのことだ。
あの子には、きっとそういう部分がある。
人を頼りすぎてしまう――依存してしまうようなところが。
だとしたら、世界を救おうとしていたのも、剣に依存していただけなんだろうか。
俺と同じように、選ばれたからと考えて、ただただ運命のように受け入れて戦い続けていたのだろうか。
しかしそれだけで、あんなになるまでやれるものなのか。
それしかないんだとしたら、どうして俺に委ねようとして泣いたんだ?
『私はイチノスケを、不幸にしたくない。これだけは本当だと、思いたい』
……ディアナも、同じだったのかな。
俺も、俺も君を傷付けたくなんかなかったんだよ。
俺も今、君を助けてあげたいのが、本音なんだと思いたいよ。
「だったら」
じゃあそれはどうしてだ。
考えろ。認めろ。
性欲もある。寂しさもある。でもそれだけじゃないって言うのなら。
性懲りもなくあの子のためだっていうんなら。
まだ心は傷だらけのはずなのに、傷付けたくないからと出て行ったあの優しい子に、俺は幸せになってほしい。
違う、それだけじゃない。もっと見ろ。自分を。
認めろ。弱さを。
俺はあの子に、優しくしたい。とても傷付いているあの子に。
認めろ。クソみたいな偽善。
良いことをして自分に価値を感じたい。
認めろ。全部。
大切なものを全部失ってぼろぼろのあの子なら、こんな俺でも大切に思ってくれるかもしれない。
認めてくれるかもしれない。
……あ。
カツンと当たった。
意外と早かった。けどこれだ。見つけた。
けどそうか、俺はとっくに気づいてたんだ。
ああ。そうだ。
――俺は、認めてほしかったんだ。
覚えていないくらい昔から、ずっと自分が好きじゃなくて。ずっとずっと足りなくて。足りないことを自覚させられるばっかりで。
誰かに……でも、くだらない替えが効くようなやつじゃなく。
もっと大きくて重たい、現実的じゃないくらいのやつが、俺は欲しかった。
なんだよ。
結局全部最初からわかってたんだ。
クソみたいな、クソしょうもない承認欲求だった。
だから俺はあの子を拾った。
あの、一目見て特別と分かる女の子を助けて、人生を変えるくらい認めてほしかった。
優しくして利用しなかったのも、惚れられたい以上に、完全に正しく認めてほしかったからだ。
けれど俺は、助ける勇気が出なかった。
だから中途半端に助けようとして、甘やかした。
目先の承認欲求と優しさで、あの子が求めている言葉を、逃げたことを許す聞き心地の良い言葉をかけ続けた。
だからディアナは俺に寄りかかった。
最悪だ。
最悪で、本当につまらなかった。
……でも、だったら。と思う。
気付いてしまって、今、この弱い部分を握りしめられてるみたいな感覚が、自分を殺してしまいたいくらいの胸の苦しさが、あるんだったら。
これが本物なんだったら。
本気であの子に認めてもらいたいって、思ってしまってるのなら。
……だったら俺は、あの子がまっすぐ立ち上がれるように、支えてやれるんじゃないのか。
だって俺はその役目を果たして、あの子に感謝されたくて、半端ではないくらい認められたいんだから。
でもいいのか、そんな認められ方。
まるで、じゃない。まさに弱みにつけ込むやり方だ。
俺は、弱っているところを偶然見つけただけなのに。
そりゃ、あの子は感謝して認めてくれてしまうだろうけど。
……認められた、そのあとのことも、結局俺は期待してるかもしれないのに。
まあ、いい、か。
それくらい。
だって、それだけのことをしてるんじゃないのか。
だったら、そのあとのことは、また別の話じゃないのか。
認められたい。それが俺の欲しい結果だ。
その全部のあとに、ディアナが俺のことをどう思うかは、別の話、未来の話だ。
期待してしまうのだとしても、俺は結局、あの子が心の底から納得できる結果を得られるようにしなければいけない。
だって俺は認められたいんだから。
だったら。
でも俺は本当に大丈夫なのか。
本当に。あの子を支えられるのか。俺はどこかで崩れてしまわないか。
でも大丈夫じゃないと――これを成し遂げないと、あの子に認めてもらえないんだよな。
そう思ってしまったのが、結論だった。
時計は午前五時半前を指していた。
始発はもう動いている。
俺はスマホと財布と近くにあったコートだけ掴んで、すぐに家を飛び出した。
もう一度、あの子を拾うために。
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