4-3.「確かなものなんてない」③


 問題は思っていたよりもたくさんあった。

 そのほとんどの中心にあるのが、ディアナが目立ってしまうことだった。


 朱色の長髪と翡翠色の瞳、必ず二度見以上してしまう綺麗な顔と、絶対に手放そうとしない真っ白のロングソード。


「髪は結って、帽子とマフラーで隠して、顔はマスクでどうにかなるとして、剣は、竹刀とかバット入れるやつしかないかなぁ。だいぶ不自然だけど、まあわざわざ聞かれないだろうし、聞かれたら部活帰りとか適当に言えば」

「あの、……その、私は、髪の色を変える魔法と、気配を薄くする魔法が使える。役立てられない、だろうか?」


 けど、やっぱりなんとかなりそうだった。

 魔法を使うと、ディアナは見事な黒髪ロングになって、そこに黒髪ロングの美少女がいるのに、当たり前の風景として受け流してしまえるようになった。

 なんでも聖剣にはかけられる魔法を無効化する力があるらしく、透明にしたり小さくしたりはできないようだったが、そこは碧音が言った通り竹刀袋にでも入れて、大学の部活帰りということにすれば十分に通りそうだった。


 あとは、部活帰りの女子大生が、二十七歳独身男性と牧場に来ているシチュエーションの正当性についてだが。

「私がディアナさんとネット友達ってことにしたら、過保護な親に言われて付き添ってる保護者の従兄、とかにできるんじゃない?」という碧音の案に従うことにした。


 そういう意味でも碧音の同行は心強かった。

 やっぱり年が離れた男女二人きりと、女子二人+成人男性では全く違う。

「怪しい」か「微笑ましい」くらい違う。


 つまり、警察に声をかけられてディアナの身元を調べられたりする可能性を、大きく減らすことができる。


「……そういえば碧音、期末テストとかは?」

「大丈夫。まだ二週間以上あるから。あと、私は優等生なので、ちゃんと普段から勉強してるんです」


 ホントに心強い。


「でも出かけるなら、ちゃんと服がいるよね。ディアナさん百七十くらいありそうだから、私のだと小さいだろうし。まあ、ゆったりめのなら着れると思うけど、どうする? また私が買ってこようか?」


 これだって任せるしかない。

 やっぱり、俺には女の子の服なんてわからないし……でも俺、本当に碧音に頼りきりだ。


「? どうしたの?」

「いや、そういえば、約束してた報酬、まだ渡してなかったって思って」


 碧音は一瞬固まって、小さな声で「ああ、たしかに」と言った。


「どうしよっか。俺のお古だったらすぐ渡せるけど、さすがに古すぎると思うし。どう? なんか欲しい機種とかある?」


 流れで尋ねてしまってから、俺はようやく碧音が困っているのに気づいた。

 いくら前に俺の話をしたとはいえ、そういえばこの話をするのは最初の日以来で、まだ碧音が自分から話してくれたことはなかった。

 俺は、碧音が同行してくれることになった時点でこの話を出すつもりだったし、これが碧音の繊細な部分に触れることだともわかっていた。

 だからできるだけ慎重に、またディアナがいないところでゆっくり話すつもりだった、のに。


「じゃあ、一緒に買いに行ってよ」

「え?」


 ちょうど自分が焦っていたんだと気づいて、また少し自己嫌悪に浸っていたところだった。


「えっといや、欲しいのとか、自分で調べて言ってくれたら、買っとくけど」

「……私、まだあんまり詳しくないから、できれば教えてほしいんだけど」


 教える。俺が、絵を描く道具について、碧音に。

 ……あれ? もしかして俺も、頼ってもらえてる?


「そういうことだったら、全然いいよ。じゃあ」

「じゃあ、明日見に行こ」

「うんいいうえ? 明日?」

「ちょうど服とか買わないといけないわけだし。あと、本番の前に一回練習しとくべきじゃない? てことでディアナさん、明日、三人で買い物行きましょう!」


 もくもくとドーナツをかじっていたディアナは、突然詰め寄ってきた碧音に驚いて一瞬喉を詰まらせた。

 が、なんとか飲み込んで、「私は、大丈夫だが……」と少し涙が滲んだ目で俺の方を見た。

 碧音も「すみません……」とディアナの背をさすりながら、じっとこちらを見つめてくる。


 ……二人の女の子に見上げられながら、腕を組んで考えてみる。


 しかし急な話で驚きはしたが、理に適ってはいた。

 たしかに練習や確認は必要だし、服以外にもいくつか足りない日用品がある。碧音の買い物に付き合うこと自体は既に受け入れてしまっているし、だったらまとめてしまった方が碧音の負担も少ないだろう。


 ……あとは、こんな思いつきでディアナを連れ出してしまっていいものなのか。

 けれどその連れ出すための方法を、今まさに考えていたのであって。


「まあ、いっか」


 気がつくとそう言っていて、碧音の顔が「やった」と明るくなった。

 もちろん安全性が確保できればの話だよ、と言い加える必要もなく、碧音は「じゃあ早く細部詰めないとね」と笑う。

 ディアナも「あの、私にできることは、なんでも言ってほしい」と真面目な顔をした。

 それを見ていると俺もなんとなく嬉しくなってきて、全部まあいっかと思ってしまった。


 ……もちろん俺がブレーキ役でいなければいけないことは、重々承知しているつもりではあるけれど。

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