4-6.「確かなものなんてない」⑥


 俺はどうせ買うなら公式の店で買いたいタイプだった。

 理由はなんとなくの安心感と、公式のアクセサリが一緒に買えること。

 ついでに今回は碧音なら学割が効いた。


 店がそれなりに賑わっていたからか、俺が色々と教えたり質問に答えたりしていたからか、店員が声をかけてくることはなかった。


 ディアナは聞いていても退屈だろうから、近くのソファで座っているように言った。

 店の端でずっと大人しく本を読んで待っていてくれたが、やっぱり誰も見向きもしていなかった。


「……ホントにいいの?」


 いくつかの条件から、あとはこの二つのどちらかとなったところで、碧音は今日二回目の質問をしてきた。

 今日で二回目で、今までの合計ならもう五回は超えていた。


「いいよ。もうちょっとしたら、ボーナスも出るし」


 店に向かうことになってから今まで、碧音はすんと静かになっていた。

 色々と質問はしてきたが、それも俺が話したことに対するもので、いつもみたいに自分から踏み込んでくる勢いがなかった。


 けれど別に乗り気じゃないわけでもない。事前に色々調べてきたみたいだし、興味津々で触ってもいる。

 ただ少し、高いものを買ってもらうのに気が引けているだけだ。


「なんで、買ってくれるの?」


 だと思っていたから、ここでまた質問が返ってくるのは予想外だった。


「だから、報酬でしょ? その、俺が勝手に巻き込んで、一方的に手伝ってもらうのは、なんか違うかなって思って」

「それって、報酬がないと、私が割に合わない仕事をしちゃうってことだよね?」


 隣を見ると碧音は真っ直ぐにこちらを向いていた。

 さっきまでの弱々しさを少し残した、いつもよりも冷たい瞳が俺を見つめていた。


「じゃあ、そんな仕事を私がなんで引き受けたと思ったの? 私に、何か別の目的があると思ったの? ――報酬って、それを達成させたくないから用意した、代わりの景品だったの?」


 既に答えを出た質問を繰り返された時点で嫌な予感はしていた。


 ……にしても、そうか。

 全部、気付かれてたのか。


 予想もしていた。

 碧音が俺の思っていた通りの欲を持っていたとしたら、きっと今日改めて断られるんだろうなと思っていた。

 自分には別の利益があるのに、ここまで高価なものを買ってもらうわけにはいかないと考えて。


 ……それでも買い与えてしまえば、きっと俺に引け目ができて、勝手なことはできなくなるんじゃないかと、俺は企んでいた。


「碧音が、優しさで手伝ってくれてるって、思って」

「そんなわけない。イチ兄がそこまで楽観的じゃないことも、私のこと信用してな……ううん、ちゃんと私のこと、ズル賢いって理解してくれてるのも、わかってるから」


 ……ズル賢いというのはできれば訂正してあげたかった。

 でもやっぱりこの子は、自分のために考えて動ける強さを持っていて、俺が思っていたよりずっと優しくて、賢かった。


 感謝されて当然の状況で、自分が疑われていると疑うことができて。

 どうして疑われているのかまで、辿り着いてしまえるほどに。


 俺は、なんとなくそれも予感していたのかもしれない。


「それが怖かった」

「え?」


 怖いは少し言い過ぎた。声も小さかったし、聞こえていなかったことを祈る。

 ……いくら白状するって言っても、もう少し言葉を選ばなければ。


「たぶん、もし俺が高校生のときにこんな、ディアナと出会うみたいなイベントがあったら、俺の人生はそういう人生なんだって思い込んで、期待して、思いっきり関わろうとすると思った。碧音も、俺より賢いけど、やっぱオタクだから。心当たり、ない?」


 手元のサンプル端末に落としていた目を隣へ向けると、碧音はやはり驚いていなかった。

 けれど瞳は感情で――強い感情で揺れていて、どうしてか、


「ある、あるよ」


 声も少し揺れていて。


「それがなんで買ってくれることになるの?」

「え、っと、報酬があるなら、碧音はあくまで俺を手伝ってるだけになるだろ? そうすれば」


「――じゃあ私は、報酬をもらって手伝うだけの脇役ってこと? それで、そういう人生は、イチ兄のものってこと?」


 耳の奥でどっと血管が膨らむ音がした。

 脇役、と聞こえた瞬間だった。

 そんなつもりはなかった。考えたこともなかった。そうだよな?


「そうだよね。――違うよね」


 碧音はたしかに怒っていた。静かに追い詰める話し方だった。

 なのに、俺を睨みつける瞳から、どんどんと鋭さが抜けていく。


「イチ兄は特別になろうともしてない。なのに、そうやって私のこと神経質に考えるくらい、ディアナさんに関わることの危なさはわかってるのに、――ビビリのはずなのに、自分から危ないことしてる」


 数センチ顔を寄せて見上げてくるその仕草は、きっと俺の目の奥に嘘がないことを確かめるためのものだった。


「私はそうだよ。ディアナさんに日常を変えてほしかった。なんだったらイチ兄がいなかったら、魔法使ってもっと色々遊んだりとか、もっとディアナさんに踏み込んだりとか、下手したら私が代わりに勇者やってあげる方法探してたりとか、してたんだろうなって、気づいた」


 だから目が離せなかった。


「でもイチ兄は? 利用もせず、手も出さず……助けようともしないで。……何がしたいの? 本当に、本当に何もないの? ……だったらさ、もしかしてイチ兄」


 たぶん碧音は、最後のそれを冗談めかして言おうとした。


「――ディアナさんに人生壊して欲しかったの?」


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