3-5.「心は多分正直」⑤
とりあえず下着と生理用品、あと他に必要そうなものがあれば頼みたいと言って、俺は碧音に一万円を渡した。
そのあと碧音は俺をリビングから追い出し、ディアナとこそこそ何かを話してから、慌ただしく出かけていった。
「……どう、碧音とは。仲良くなれそう?」
部屋が静かになってしばらくしてから、なんとなく尋ねてみた。
尋ねてから、なんだか自分が歳をとったような気がした。質問が親戚のおじさんみたいだった。
けれど俺はもう二十代後半で、この子達はまだ十代だった。
「そう、だな。とても、良い子だ。……あの子も、どうしてここまでしてくれるんだろう」
「……言っちゃうと、あの子もただ優しいってだけじゃないと思うよ。いや、優しい子ではあるんだけど、ほら、あれくらいの年の子ってさ、珍しいものとか出来事に、結構憧れてたりするから。もちろん、悪気とかは無しで」
「たしかに、私は珍しい、な。……あの子にとって、私が面白ければいいが。……もしかして、イチノスケもそうなのか?」
聞かれてしまって、ドキリとしたのは事実だった。
「いや、俺は違う、かな」
言いながら嘘をついたような気はしたが、それは単に好奇心はあったからだ。
けれどそれが高校生の抱くものと同じだと、俺にはどうしても考えられなかった。
――碧音は、ディアナが自分を『何か』にしてくれることに期待している。
俺はそう考えている。
創作物に憧れてしまうオタクで、まだ何者でもない高校生が、こんなにも非現実的で特別な存在に出会ってしまったら、誰だって運命の実在を信じられるようになって、自分のこれからに期待してしまう。
きっとこれは避けようのないことで、碧音でも……碧音は特に、期待してしまうはずだ。
自分のこれからの人生は、どれだけ劇的で、素晴らしいものになるのか。
……そんな眩しい感情と、俺のものが、やっぱり同じなわけなかった。
「そうか」と、ディアナはかなり遅れて言った。
とても静かな声は、怒っているようにも悲しんでいるようにも聞こえた。
「でも、ディアナがいたほうが面白いとは思うよ」
「そうなのか?」
「うん。まあ、やっぱりときどき、人と話したくなるから」
二秒ほど俺の横顔をじっと見て、ディアナはまた「そうか」と言った。
今度のはなんとなく納得していないような様子だったが。
「イチノスケには、奥さんはいないのか?」
胸のあたりが一度きゅっと縮こまった。
なんで……ってそんな話になるのも当たり前なんだろう。これだけ話し相手が欲しいとか言っていれば。
「いないよ」
だけど結局、俺はそう言うのが精一杯だった。
どう言い訳しても何にもならないし、なんとなくディアナに言いたくなかった。
だから綺麗な顔で真っ直ぐな目をして「どうしていないんだ?」とか聞いてきたらそれなりにキツかったけど、ディアナはまた小さく「そうか」と言っただけだった。
さすがに失礼だと思ったのか、単にそこまで意味のない質問だったのかは知らないが。
とにかくこれ以上聞かれてしまう前に、俺はキッチンの片付けへ取り掛かることにした。
◯
帰ってきた碧音は、大きな紙袋を手に下げていた。
「ありがとう、お疲れ様」と受け取ろうとすると、碧音は「ダメ」と紙袋を遠のけた。
それから俺の横をすり抜けてリビングの隅に荷物を置き、財布から何枚かのレシートと、お釣りらしい四十六円をこたつの上に置いた。
「イチ兄、お腹すいた」
「あ、もう昼か。簡単なやつなら、パスタかチャーハン作れるけど、何か買いに行く?」
「チャーハン食べたい。あと、目玉焼きも焼いて」
「了解しました。じゃあ十五分待ってください」
碧音に許可を取り、軽くレシートに目を通してから、言われるがままチャーハンを作ることにする。
買ってきてくれたのは俺が頼んだものと、化粧水、コンディショナー、櫛、ヘアバンド、エチケットセット、3本入り百円の団子2パック、十二個入りのストロベリーチョコレート。
やっぱりほとんどが俺には思いつかなかったものだった。
髪に関するものが多いのは、ディアナの少しボサついた長髪を見てのことなのだろう。
しかしそもそも、これで足りているんだろうか。おやつを買っているということは、とりあえず最低限は揃ったということなんだろうか。
……というか休日に女子高生をパシらせておいてテキトーなチャーハンと団子ってどうなんだ。
せめてハンバーガーとドーナツくらい買っといてやるべきだったかな。
しかし気づいたときにはもうベーコンとネギのチャーハンが出来上がっていた。
とりあえず御所望の目玉焼きと、おまけにちょっと良いソーセージも焼いておく。
「ほい、お待たせしました」
俺がキッチンにいる間、二人はやっぱり部屋の隅で、チョコレートをつまみながら紙袋の中身についてこそこそ話していた。
呼んで、チャーハンを二つこたつの上に置くと、二人は大人しく皿の前に座った。
「いただきます」
「いただきまーす」「いただき、ます」
一応味見はしたが、二人ともぱくぱく食べてくれているので一安心する。
俺も作っているうちに腹が空き始めていたので、しばらく三人で黙々と食べる。
「うん、普通に美味しい」
「……あんまりそれ、外では言わないように。『普通に』は余計です」
「はーい。む、このソーセージ、結構美味しい」
うん。まあ、別にいいけど。
「てか、イチ兄って料理できたんだね。ちょっと意外」
「料理ってほどでもないけど。大学から、一人暮らしはしてたから」
「うん。なんか小慣れてる感じする。普段も、ちゃんと作ってるの?」
「最近はほとんど買っちゃってるかな。昨日とかは、ちゃんと作ったけど」
自然と、その作った理由である彼女に視線が向いてしまって、碧音も「そうなんですか?」と興味を持ってしまった。
「ああ。どれもおいしかった。イチノスケは、とても料理上手だ」
視界の端でこちらを向いた碧音が「へぇ〜」と素直に驚いた声を上げる。
「でも大したもんじゃなくて、味噌汁とか焼き魚とか、簡単な和食な。醤油と味噌がいけるかどうか、試して欲しかったから」
「ああ。どちらも、とても美味しく食べられた。てんぷらも、米も、そうだ、ニホンシュも、とても」
「あ」と、俺とディアナは同時に言っていた。
そうしてわかりやすく不自然に固まってから、ディアナは俺の方を見た。
碧音も、まっすぐにこちらを見ていた。
「……イチ兄、呑ませたの?」
声が低いから顔を見なくても軽蔑の目を向けられているのがわかる。というか低いから目が見れない。
目を瞑って、とにかく黙って頷くことしかできない。ただ裁かれるのを待つ罪人のように。
……今度こそ、言い逃れのしようがなかった。
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