24 きらめきぼし☆

 広場を埋め尽くす観客たちに見上げられて、ルネはテラスに立っていた。

 夜空を思わせる深い藍色の衣装には、星空を思わせる刺繍が散りばめられている。拡声魔法の杖マイクを手に、テラスから自分を見上げる観客たちに向けて微笑み、手を振る。


 その様子に、観客たちは湧き上がった。

 手にしている衣装と同じ色のハンカチや、精霊の光の杖ペンライトを掲げて振る。

 ハンカチの金糸にもペンライトの黄色いクリスタルにも精霊の祝福が宿り、優しげな金色の光が灯っていた。

 その光景を上から見ると星空のようで、ルネはまるで自分が空の上にいるような心地になった。


 そして思い出す。ライブの本番が始まる前に、国王──父親から声をかけられたことを。


『期待している』


 一言だけだったけれど、自分が期待されたことが嬉しかった。それだって、アイドルになったからだった。

 その言葉を噛み締めて、ルネは最後の曲を歌い始める。


 それはルネにとって始まりの歌。ルネがアイドルになって初めて覚えた曲。

 ジローが初めてルネに伝えた曲、『きらめきぼし☆』だった。


 ──星屑の舞台で 重なる歌声

 ──どこまでも高く 夜空に広がる


 たったひとりでルネは歌う。広場からルネの名を呼ぶ声がする。

 その声を受けて歌うルネの姿をジローは見守っている。


 ──みんなの想いが 繋がりあって

 ──輝く絆が 星座になるよ


 衣装やグッズを作ってくれた裁縫師たち。ペンライトやマイクを用意してくれた魔法使いたち。手のひらサイズの肖像画ブロマイドを用意してくれたお抱えの絵師たち。今も会場を警護している騎士たち。

 パフォーマンスをするルネはひとりでも、たくさんの人たちが今のルネアイドルを支えていた。


 ルネが指先で大きな星を描く。

 それは確かにみんなの想いが繋がってできた星だと、ジローは思った。


 ──心に灯る 夢を重ねて 挑む 未来へ

 ──一緒に歩む 視線の先は 希望の舞台


 アイドルとしてのルネの、どこにそんな余裕があるのか、振りの合間に観客に向かって手を振っている。

 こんなに自然にアイドルとして振る舞えるようになったのだ。ジローは「ああ」と感動の声を漏らした。

 そして歌は一番のサビに入る。


 ──今 彩るステージで 感じる鼓動

 ──君にも届くと良いな 胸に鳴り響く


 ジローの感情はすでに昂っていた。集まった精霊の光から、祝福の雨が降る。

 わ、あ、と会場が一層盛り上がる。


 ──きっと このときめきから 始まる世界

 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 右手を大きく開いて真上にあげる『きらめきぼし☆』のポーズが決まる。

 たくさんの観客に見上げられ、声をかけられているルネは、今まさに煌めく星だった。

 ルネ自身が煌めく星であるとともに、その手で星を掴もうとする人でもあった。

 美しく煌めく星の輝きを受けて、自分も星のごとく輝く、それは紛れもなくアイドルだった。


(ルネ王子……俺は、ずっと、ずっと、あなたを推します……!)


 ジローの涙とともに、祝福の雨が強くなる。


 ──夜空を流れる 流星の軌跡は

 ──僕らの足跡 奇跡のストーリー


 きらきらとした輝きが広場に降り注ぐ。

 広場だけでない。テラスから見渡せる城下町一帯にも、今や祝福の光は降り注いでいた。


 ──涙と笑顔を 分かちあって

 ──深まる絆が ほらまた輝く


(もっと……もっと、遠くまで。国中に、ルネ王子の輝きを届けてくれ)


 ジローの思いに応えるかのように、精霊の光はどんどん広がっていった。

 そして、広がった先で祝福の雨を降らせる。

 それは見渡す範囲よりも遠く、遠く、それこそ国中に広がっていた。


 ──君の音が 途切れてしまって 聞こえなくても

 ──僕はきっと 見つけてみせる 顔をあげてよ


 国中の人々が、何事かと空を見上げる。

 精霊の優しい光は、全てを祝福して降り注ぐ。耳をすませば、遠い場所でも、ルネの歌声が聞こえてきた。

 それは精霊の力だった。精霊が、ルネの歌声を国中に届けていた。


 ──今 響くメロディー 君に知らせる

 ──僕はここにいるよ 届いているかな


 天から降ってくる光の雨と歌声は、病める人々を癒し、疲れた人々を励まし、乾いた土地を潤し、傷ついた大地に安らぎを与えた。


 ──きっと この痛みさえ きらめきになる

 ──僕らは もっと 変わってゆく!


 精霊の祝福を失っていた国は、ルネの歌声で救われたのだった。

 そんな状況を知らないまま、ルネは歌い続ける。


 ──変わりたい 変われない もがきながら それでも

 ──僕らは いつだって 進んでゆくんだ

 ──歩き出そう…… 今、今、今、今!


 今、と力強く真っ直ぐ前を指差して、ルネは歌う。

 その表情にもう迷いはなかった。


 ──今 胸のときめき 感じてるでしょ?

 ──誰もが持ってるはずさ 眩しいくらいに

 ──きっと このきらめきが 目指す先だよ

 ──僕らは 未来 飛び込んでく!


 祝福の雨が形を変えた。まるで花びらのように、光がふわふわと周囲を舞い散る。

 煌めく光が、ルネを包む。

 そして、最後のサビに差し掛かった。


 ──今 彩るステージで 感じる鼓動

 ──君にも届くと良いな 胸に鳴り響く

 ──きっと このときめきから 始まる世界

 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 最後にもう一度『きらめきぼし☆』のポーズをする。肩で息をしながらも、その表情は笑っていた。楽しんでいた。

 高く差し上げていた右手を大きく振って、「ありがとう」と声を出してルネがテラスから退場する。

 ルネの姿が見えなくなってもなお、広場の人たちはずっと拍手をしていた。感動の声をあげ続けていた。


 テラスから退場して、ルネは息を弾ませて真っ先にジローの元に駆け寄ってくる。

 ジローは涙を拭ってルネを迎えた。


「導師さま! 僕、頑張ったよ! ライブ、楽しかったよ!」

「うん……っ! はいっ! 最高のライブでした……っ!」


 せっかく拭ったというのに、涙はまたジローの頬をこぼれ落ちた。


「導師さま! 本当にありがとう! 僕をアイドルにしてくれて、本当にありがとう!」

「いえ……いえ! 俺は、ルネ王子がアイドルになってくれて嬉しいです! ルネ王子は最高のアイドルで、俺の一番の推しです!!」


 べしょべしょに泣きながらのジローの言葉に、ルネは生まれてから一番の笑顔になったのだった。

 その笑顔はそれこそ、煌めく星のように輝いていた。



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