22 王子はひとりきりで
城の中に用意されたレッスン室。それはルネのためだけに用意されたものだった。
ジローがレッスン室に入ると、ルネは大きな鏡の前で『寄り添う光』の練習をしていた。
「ルネ王子」
ジローの呼びかけに、ルネはびくりと体を固くして振り返る。
「導師さま……」
「どうして、そこまで自分を追い詰めるんですか?」
ジローの問いかけに、ルネは視線をうろうろとさせて、それからうつむいた。
「追い詰めてるなんて、そんな……僕はただ、なかなか上手になれないから……レッスンしなくちゃって……」
ジローは『きらめきぼし☆』のエピソードを思い出す。
ダンスが苦手な
こっそりと、それぞれの苦手を克服しようとしていたのだった。
それをきっかけに三人はそこから、お互いの苦手をフォローし合える関係になっていったのだ。
そこに至るまでの三人の心の揺れ動きが、とても繊細に書かれた良いエピソードだった。
でも、今ルネはひとりきりだ。支えてくれるメンバーはいない。
きっとそれはルネにとって、とんでもないプレッシャーになっていたのだと、ジローは気づいた。
「ルネ王子。ひとりで思い詰めないでください。俺は王子を支えたいと思っています。
俺だけじゃない。裁縫師たちも、騎士たちも、魔法使いの皆さんだって、ルネ王子のために頑張っている。王子を支えるたくさんの人がいるんです」
ルネはうつむいたまま、大きく首を振った。
「でも! 駄目なんだ! 僕にはわからないから! 僕はアイドルになれない! 導師さまの言うアイドルに、このままじゃなれない!」
今にも泣き出しそうなルネの声に、ジローは息を呑んだ。
(アイドルになれない? 今まで、立派にアイドルとしてやってきてたのに……?)
ジローには、ルネが何を問題にしているのかがわからなかった。戸惑うままに、ルネの肩をつかむ。
「ルネ王子、落ち着いて。アイドルになれないって、どういうことですか? ルネ王子は今だって、ちゃんとアイドルですよ」
「でも駄目なんだ!」
ルネが顔をあげてジローを見る。ルビーの瞳に、涙が浮かんでいた。
泣き顔を見て、ジローは呆然とする。
それほどにルネを追い詰めているものが何か、ジローにはまだわからなかった。
「導師さまは、みとみとさんのこと、アイドルのこと、話してくれなくなっちゃったじゃないか! 僕はそれを目指してたのに! どうしたら良いかわからないよ!」
涙がこぼれ落ちる。白磁の頬を伝って、顎から落ちる。
ジローは落ちる涙を見ながら、必死に唇を動かした。
「それは……俺はこれまで、ルネ王子に押し付けすぎていたから……。
ルネ王子は、王子のままで良いんです。王子の思うまま、王子らしいアイドルに」
「僕らしいって何!?」
それは、悲痛な叫びだった。
その鋭さに、ジローは口を開いたまま、何も言葉が出てこなくなる。ルネの肩を掴んだまま、ただ引き攣る呼吸で息を吸い込む。
ルネは溢れる涙と一緒に、心の内に押し殺していた言葉も溢れさせた。
「ねえ、僕らしいって何!? 僕には何もないんだ! 空っぽなんだ! だって『名前だけの第一王子』なんだよ! 何もできないんだよ! 僕の中になんて何もないんだ! そんな僕が、僕らしいアイドルなんか、どうして良いかわからないよ!」
「そんな……そんなことない! ルネ王子はそのままで、じゅうぶん魅力的な……」
「違うよ! 僕は必死だったんだ! 導師さまの言うアイドルになれるように、ずっと、必死で頑張ってきたんだ! でも導師さまがアイドルのこと教えてくれなくちゃ、どうして良いかわからないよ!
前向きに頑張るアイドルなんか……本当は僕になんか、できるはずなかったんだ……っ!」
ルネはジローの両手を振り解いて、その場にうずくまった。膝を抱えて、顔を埋めて、部屋に閉じこもっていた頃のように。
「ルネ……王子……」
呼びかけても、固く閉ざされた貝のようにルネは顔をあげない。顔を埋めたまま、泣いている。
泣きながら、自分を呪う言葉を吐き出している。
「僕には無理なんだ。何もできないんだ。僕じゃみとみとさんになれないんだ。導師さまの推しにもなれないんだ。トップアイドルなんかなれないんだ」
ルネの言葉に、ジローは膝をついた。
(これは……俺のせいだ。俺が、何か間違ったんだ……)
ルネをトップアイドルにする。
その言葉をジローはゲームのように考えていなかっただろうか。アイドル、ライブ、ファン、推し、そんな言葉を軽々しく扱っていなかっただろうか。
ジローが知っている『きらめきぼし☆』のアイドルたちは、いろんな性格でいろんな考えで衝突することもあるけど、最後はみんなで力を合わせて前向きにライブに挑む。
その姿にジローは何度だって励まされた。
でも、ルネはゲームのアイドルじゃない。
一方的にジローを励ましてくれる存在じゃない。ファンだとか、推しだとか、そんな言葉を勝手に押し付けて良いものじゃない。
ジローはようやく、今まで自分がどれだけのものをルネに押し付けてきたのか、自覚したのだった。
「もうおしまいだ。僕は本当に見捨てられる。導師さまにだって見捨てられて、僕には何も残らないんだ。僕にはやっぱりなんの価値もなかったんだ」
けれど、壊れたように自分を呪い続けるルネを前に、ジローはどうして良いかわからないままだった。
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