21 掛け違い
大型ライブが近づくにつれ、城全体が興奮に包まれてゆくようだった。
騎士団はライブの日に向けて、警護の計画を立てる。
もちろんその場には、ジローも同席した。ライブの段取りはジローの頭の中にあるからだ。
それよりも、ジローはこのライブを何としても成功させたかった。そのためには自分の言葉で、騎士団の人たちと話す必要があると考えた。
人前で話すのは相変わらず苦手だった。それでも、騎士団の中にもルネのファンが増えていた。警護でお世話になる顔見知りの騎士も増えてきた。
そんな人たちを相手に、ルネはライブの計画をちゃんと話してみせた。どうやってルネを輝かせるかを熱く語った。
騎士団もその思いに応えるべく、当日の計画と人員の割り振りを考えていった。
グッズの量産も順調だった。
裁縫師たち提案の藍色のハンカチは、金糸と銀糸の刺繍で、振ると星が輝くような煌めきを見せた。
魔法使いが中心になって用意してくれたペンライトも、人々にじゅうぶん行き渡るほどの数が用意できた。
それから、ルネ王子の肖像画を手のひらサイズにして配ることも検討して、それも量産しているところだった。
ジローは前世の記憶を思い出す。ライブでタオルを振り回したり、ペンライトを振ったり、ブロマイドを買い集めたりした。
それが再現できるようになったのだ。
グッズ作りに携わってくれた人たちに感謝しながら、ジローは山のようになったグッズに感激していた。
当日グッズを配るのは、侍従やメイドの人たちにお願いすることになった。
それらの人たちにも、ジローはできるだけ自分の言葉で、ライブの意義を計画を伝えることにした。
グッズがライブにとってどれだけ重要なものか。精霊の祝福だけではない、グッズがあることによって観客はライブで一体感を得られる。
そして、思う存分アイドルのルネ王子を応援できるのだ、と。
庶民とのやり取りを不安に思う者たちもいたけれど、最終的にはみんな、ジローの熱意に絆されてくれた。
それからもちろん、ルネとのレッスンも続けている。
ルネはすっかり『寄り添う光』の歌もダンスも覚えて、あとは少しずつ完成度をあげようとしている。
けれどそれが難しかった。
ジローからは、ルネが迷っているように見えた。
──Ah 落ち込むのって
──何度だって めげるよね
──Ah それでも俺は
──あの時の君の笑顔 覚えてる
「ここのフレーズ、ルネ王子はどう思いますか?」
ジローの問いかけに、ルネは困ったようにうつむいた。
「うまく歌えなくてごめんなさい」
「いや、あの……駄目ってことではなくて」
「頑張るから、もう一度歌わせて……!」
ルネの必死な様子にジローは頷く。
──Ah 落ち込むのって
──何度だって めげるよね
もう一度ルネは歌うけど、やはりどこかしんどそうに、悲しそうに聞こえてしまう。
(それがルネ王子の解釈……? でも……)
なんだかルネと噛み合わないことが増えたような、そんな気がジローはしていた。
──Ah それでも俺は
──あの時の君の笑顔 覚えてる
ルネが必死になっていることはわかる。それが、大規模ライブで城がざわついているから落ち着かないせいだろうかと思っていた。
でも、それだけじゃないのかもしれない。
(何が……)
ルネのことを考えるけれど、ジローはあまりに忙しすぎたし、疲れすぎていた。
思えば最近、ルネとまともに話す時間が取れていない気がする。
朝のトレーニングだって、午後のレッスンだって、いつもばたばたとしている。
(ライブの前に、一度ルネ王子と時間をとって話した方が良いのかも)
レッスンの後、ジローは時間をとってルネとお茶の時間を設けることにした。
侍従にお茶の用意を任せて、自室でルネと向かい合って座る。
「導師さまとお茶なんて、久しぶりだね、嬉しい」
ルネは無邪気に喜んだ。それを見て、ジローはやっぱりこういう時間が必要だったんだ、とひとり頷いた。
やがて侍従が手配したメイドが、お茶とお茶菓子を運んでくる。
甘い焼き菓子はジローの疲れた脳と体に染み渡った。
温かなお茶は、ジローの体の緊張をほぐして、ゆったりとした気持ちにさせてくれた。
ほっと息をついて、ルネを見る。
上品にカップを持ち上げて傾ける姿は、さすが王子様だった。気品がある。
「ルネ王子、ライブの準備はどうですか?」
ジローの問いかけに、ルネはびくりと肩をすくめた。
「あ、あの……『寄り添う光』がなかなか……ちゃんと歌えなくてごめんなさい」
ルネはカップを置いてうつむいた。ジローは困ったように首を傾ける。
「責めてないから……そんな顔、しないでください」
「でも、僕……」
うつむいたまま、ルネは悲しそうな顔をしている。
ジローもカップを置いて、改めてルネを見た。
「大きなライブの前で、緊張しているのかと思ったけど……違いますか?」
「えっと……わからない」
ルネは視線を横に向ける。ジローと視線を合わせようとしなかった。
前は、真っ直ぐに見てくれたのに、とジローはふと気づいた。どうして、いつから、ルネは視線を合わせてくれなくなったのだろう。
「ルネ王子……何かありましたか? 困っていることとか……悩んでいることとか……」
「それは……」
金糸の髪がさらりと落ちかかり、ルネの目元を隠してしまった。
ジローからは、ルネが何を見ているのか、何を思っているのか、何もわからない。
ただ急に、ルネとの距離を感じてしまっていた。
ジローは戸惑った。
思い返してみれば、わずかな違和感はあちこちにあったような気がする。でも、何が決定的なものだったのか、わからない。
「ルネ王子……? 何かあるなら、話してください。俺じゃ、もしかして力になれないかもしれないけど……」
「違うんだ! 導師さまは悪くないんだ! 僕が悪いんだ!」
ジローの言葉を遮って顔をあげたルネは、はっとしたように顔色を変えて立ち上がった。
「ごめんなさい。僕、やっぱりもっとレッスンしなくちゃ。頑張るから、だから導師さま、見捨てないでね」
それだけ言って、ルネは部屋を出ていった。
ジローはどうして良いかわからずにしばらくぼんやりしていた。ルネの言葉を頭の中で繰り返す。やはりルネは何かおかしい。
何が、というのはわからなかった。でもなんとかしなくてはいけないことだけはわかっていた。
だからジローは立ち上がって、ルネを追いかけた。
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