20 試作品のペンライト
三日後、ルネとジローのレッスンは再開した。
ルネは前と同じように、ジローとランニングや筋トレできることを喜んだ。
それから、ジローに新しい歌を教えてもらうことにも積極的な姿勢を見せる。
「僕、頑張るから! だから導師さま、僕のこと見ててね!」
張り切るルネに、ジローは改めて『寄り添う光』を教えてゆく。
──君に寄り添う光になりたい
──柔らかく 暖かく 優しく 照らす光になりたい
サビの部分、ルネはジローの表情を見ながら、懸命に歌う。
ここは特にタイトルにもなっている「寄り添う光」というワードが出てくる。きっと大事な場所だ、そのことはルネにもわかった。
けれどジローは相変わらず、前ほどにはルネにあれこれ言わなくなってしまった。
明らかに間違っている時は止めて言うけれど、それ以外の時は「良い感じです」と笑うだけだ。
自分が本当に大丈夫なのか、これで良いのか、ルネはどんどん自信がなくなってきていた。
(今日はちゃんと、導師さまに相談しよう)
歌いながら、ルネは決心する。
──君の悲しみも 全部受け止められるかな
──この言葉が 君に届きますように
(導師さまはきっと、僕のことを導いてくれるはずだから……ちゃんと言っても大丈夫だと思うから……)
一番のサビを歌い終え、ルネがそっとジローの表情を伺う。
ジローは満足そうに手を叩いた。
「音も外してないですし、歌詞の間違いもない。ここまでもう大丈夫です」
「うん、ありがとう」
ルネは頷きながら、両手で自分の胸元を抑える。緊張を隠すように笑って、ジローを見た。
「それでね、導師さま……」
言いかけたところで、レッスン室に訪問者が訪れた。魔法使いだった。
「導師様! 試作品ができました!」
ルネの声は魔法使いの声にかき消されてしまった。
ジローはルネが何か言いかけていたことに気づいて首を傾けた。
「ルネ王子、何か……」
けれどルネの振り絞った勇気は、もうすっかり萎んでしまっていた。
「ううん。なんでもない。この後も頑張るね。今はそっちの話をしてて大丈夫だから」
微笑むルネの様子に引っ掛かりを感じつつ、ルネがそれ以上は何も言わないので、ジローは魔法使いの方に向き直った。
魔法使いは試作品の魔法の杖を持ってきた。
それはジローの話をヒントに魔法使いが作ったものだった。
拡声魔法の杖と同じくらいに短い杖。その先に、黄色味を帯びたクリスタルが取り付けられている。
この国ではクリスタルがたくさん採れるが、中でも黄色味を帯びたものは数も多く、色が濁っているとされて安価で手に入る。それを使ったものだった。
「これは……?」
首を傾けるルネとは対照的に、ジローは目を輝かせた。
「もしかしてこれは、ペンライトですか!?」
魔法使いも顔を輝かせて、大きく頷いた。
「はい! 以前にペンライトの話を聞いてからなんとかならないかと思って試作していたんです。この先のクリスタルが光ったら、綺麗じゃないかと思いまして……試作品なので安価なクリスタルを使っていますが、本番はもっと透明なものを使おうかと考えています」
「早速試したいんですが」
「ぜひ!」
盛り上がっているジローと魔法使いを、ルネは首を傾けて見ていた。
けれど急に、ジローがルネに言う。
「ルネ王子! 『きらめきぼし☆』を歌ってください! 振り付きで!」
「『きらめきぼし☆』……? それは、構わないけど……」
二本の試作品を、ジローと魔法使いで一本ずつ持つ。
「それは何?」
ルネの疑問に、ようやく返事が返ってきた。
「これはペンライトです。ライブのときに、これを振ってパフォーマンスする人を応援するんです。ルネ王子を応援するグッズですよ!」
興奮気味のジローの言葉は、ルネにはよくわからなかった。
それでも言われた通りに『きらめきぼし☆』を歌い始める。
──星屑の舞台で 重なる歌声
──どこまでも高く 夜空に広がる
──みんなの想いが 繋がりあって
──輝く絆が 星座になるよ
すっかり安定した歌声とダンス。
それに合わせてジローは、手に持った短い杖を振った。ジローの真似をして、魔法使いも手にした杖を振る。
──心に灯る 夢を重ねて 挑む 未来へ
──一緒に歩む 視線の先は 希望の舞台
ルネの伸びやかな歌声に合わせて、精霊の光が揺れる。
ジローはその光が、今手に持っている杖、その先のクリスタルを目指すのをイメージする。
そのイメージの通りに、精霊の光がジローと魔法使いの手の中に飛び込んできた。
──今 彩るステージで 感じる鼓動
クリスタルが、精霊の光を宿す。
そして、歌に合わせて輝きを放ちながら揺れる。
「成功だ……!」
魔法使いが嬉しそうに呟いた。
──君にも届くと良いな 胸に鳴り響く
ジローの前世の記憶にあったペンライトと同じだった。
パフォーマンスするアイドルを囲んで、揺れる光。懐かしさに、ジローは泣きそうになる。
──きっと このときめきから 始まる世界
黄色味がかったクリスタルは、光を放つと柔らかな金色に変わった。
(これは、ルネ王子のパーソナルカラー!)
金色の光が、ルネの歌に合わせて揺れる。
──僕らは そうさ きらめきぼし☆
そしてジローは、ルネが右手を真っ直ぐ上にあげるのに合わせて、自分も手に持った杖を大きく掲げた。
それこそ煌めく星のごとく、その輝きはルネを照らしていた。
「大成功です!」
ジローが立ち上がって
「クリスタルの色もこのままが良いです! ルネ王子にぴったりの色だ! ルネ王子のための、ペンライトだ!」
「はい! 導師様のお言葉通りにします! これから量産していきましょう!」
ジローと魔法使いの興奮に、ルネは乗り遅れてしまった。
ちょっと困ったようにうつむいてから、ルネはジローに笑いかける。
「えっと……なんだかわからないけど、うまくいったんだよね。良かったね、導師さま」
「はい!」
ジローは興奮したまま、笑顔で応じる。その笑顔に、ルネも少し微笑んだ。
(導師さまが喜んでるんだから、良いことなんだ)
「それで、量産に当たっていくつか確認したいことがあるので、いらしていただけますか?」
「少し待ってください」
魔法使いの言葉に、ジローは少し悩んでからルネを振り向く。
「ルネ王子、レッスンですけど……」
「大事な話なんだよね。行ってきて、導師さま。僕は、教えてもらった二番の歌詞、ひとりで練習してるから」
「でも……」
ルネは本心を押し殺してにっこりと笑う。
「僕は大丈夫だから。また明日、レッスンしてね、導師さま」
ジローは少し戸惑ってから、頷いた。
「わかった……わかりました。じゃあ、また明日に。明日は歌詞を全部歌えるようにしましょう」
「うん、僕頑張るからね」
そうして、ジローは魔法使いとともにあれこれ話しながら出ていってしまった。
ルネはひとり残されてしばらくぼんやりしていたけれど、やがて「頑張るぞ」と小さく呟いてから、歌い出した。
──「何も言わなくても 良いよ」
──俺は 隣にいるから
──「そのままで良いよ」
──それで 気持ちが少しは 落ち着くなら
ルネは本当は今、ジローに隣にいて欲しかった。
歌いながら、涙が出てしまわないように、ルネは顔をぐいと持ち上げた。
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