19 ルネの魅力
レッスンがなかった三日の間も、ジローは忙しく過ごしていた。
まずは裁縫師たちのところで新しい衣装についての相談だ。ついでにルネ王子のグッズである刺繍入りハンカチについても相談した。
せっかくなので新しいデザインにしたいという話が自然と持ち上がった。
「ハンカチは普通は白いものですけれど、いっそお衣装に合わせて深い藍色を使うのはどうでしょう」
「ルネ王子のお衣装とお揃いのハンカチ! 素敵ですわね!」
「ではお衣装にもある星の意匠を刺繍したらどうでしょう! よりお揃いになって、素敵に思いますわ!」
裁縫師たちは相変わらずきゃっきゃとはしゃぎながら、デザインを考えてゆく。
その出来上がりを想像して、ジローも頷いた。
「とても良いと思います! そこにぜひ、ルネ王子の名前の刺繍もしてください。ルネ王子のグッズだとわかるように」
「では、お名前は金色の糸で、星の意匠は銀色の糸で刺繍いたしましょう。前回とは柄を変えて、こんな感じで」
「舞台に立つルネ王子のお衣装と、同じものを持ってルネ王子のご様子を拝見できるなんて、なんて素晴らしいんでしょう!」
「ライブツアーは見てもらえなかったけど、次のライブはぜひ皆さんにも見て欲しいです」
ジローの言葉に、裁縫師たちは嬉しそうに笑い合った。
「私たちも見れるのですって」
「嬉しい! ルネ王子のライブ、楽しみですわね」
「精霊の祝福ってとても美しいのでしょう?」
「私も一度見たいと思ってましたの!」
裁縫師たちのやる気が目に見えて上がった。その様子に、ジローも笑顔になる。
ルネ王子がこうやってファンを獲得していることが、とても嬉しかった。
魔法使いのところでは、精霊の光や祝福についての研究を手伝っていた。
ルネの歌に合わせて精霊の光を遠くまで届けられること、その時の感覚について話せば、魔法使いは興味深げに頷いた。
「それから、ハンカチが精霊の祝福を宿していましたよね。あれはどういう現象だったんでしょうか」
魔法使いの質問に、ジローはあのときの興奮を思い出しながら口を開く。
「あれは……あのハンカチが精霊たちにとって目印になったんです。それで、広がってゆく精霊の光が、そこに向かっていったような……うまく言えないけど」
「目印……それはなんでも構わないんですか?」
「いや、多分、あれが『ルネ王子のグッズ』だったからできたことだと思います。ルネ王子と強く結びついていたというか……ルネ王子の気配に精霊が引き寄せられるというか」
「なるほど、そこでもルネ王子の存在が鍵なんですね」
魔法使いは手元にメモをしながら考え込む。
「ハンカチの精霊の祝福は、数日の間は残っていました。ごく僅かですけれど……それでも、各地の状況が好転するのに影響があったと思われます。
このような形で精霊の祝福を国民に配ることができるなら、ライブ以外でも精霊の祝福を各地に届けられるかも……と思ったのですが」
「なんにせよ、そのためにはルネ王子のパフォーマンスが必要です」
「グッズを前にパフォーマンスしてもらって、それで精霊の祝福を蓄える……という案もありますが」
魔法使いの視線が、ジローの表情を伺う。ジローは難しい顔をした。
「そのためだけにパフォーマンスをして、うまく精霊の祝福ができるかはわからないです。何回もやって気づいたんですが、ルネ王子のパフォーマンスだけじゃなく、感情もやっぱり強い影響があるらしくて」
「感情……やっぱり……!」
魔法使いがメモを取りながら身を乗り出す。
ジローは苦笑して言葉を続けた。
「精霊の動きはルネ王子の感情にだいぶ影響されています。それから……多分、俺の感情にも……いや、俺の方は、やり方がわかればもっとうまく制御できるかもしれないんですが」
「導師様の感情にも……それは、とても興味深いですね……!」
自分の感情のことを話すのはなんだか恥ずかしい気もした。でも、これはルネがより輝くための研究だった。
そのためだったら、ジローはなんでも協力するつもりでいた。
「俺はルネ王子のパフォーマンスを見て、本気で感動しました。何度も。その気持ちが、きっと精霊には伝わるんじゃないかと思うんです。それで、祝福の光が降るタイミングがどうしても制御できなくて……ここぞというところで降らすことができれば、きっとルネ王子のパフォーマンスもより映えると思うんですけど」
「わかります、わかります、そのお気持ち! ルネ王子のパフォーマンスは至高ですからね、私も目の前で何度感情が昂ったか……!」
「わかりますか! 特に最近の『きらめきぼし☆』の完成度といったら」
「ええ、私も思っていました。数を重ねるごとに、まさに星に近づいているかのような、そんな輝きを放っていると感じます!」
研究のはずだった。
けれど気づくと時折、ただのアイドルオタクの会話になってしまう。
しばらく二人はそうやって、あの歌詞のときの歌声が良いだとか、あの会場でのあのファンサービスがすごかったとか、細かな素敵ポイントを出し合っては頷き合う時間を過ごしていた。
興奮して話す二人は、その時間が不毛だとはちっとも思っていなかった。
やがて興奮が落ち着いて、魔法使いは軽く咳払いすると手元のメモを眺める。
ジローもはっとしたように、前のめりになっていた姿勢を正した。
「ルネ王子だけでなく導師様の感情も重要というのは、興味深いですね」
「はい。もう少し安定すればパフォーマンスに繋げられる気がしているのですけど」
「精霊が集まりすぎて制御ができない、という可能性も考えているのですが」
「精霊が……?」
魔法使いは頷いて、言葉を続けた。
「はい。もしそうだとすれば、例えば……こう、前回のハンカチのような、目印になるものがたくさんある状況を作ってみるというのはどうかと考えたんです。たくさんの精霊を集めた上で、それらの目印に散らばせる──集まりすぎる精霊を落ち着かせるというか。
感情を制御するのは難しくても、集まった精霊をある程度散らばせることはできるかもしれません」
「グッズを増やすということですか?」
「そうなりますね。何か良い案がないか、考えてみます」
魔法使いはメモにあれこれ書き込んでから、ジローを見た。そして、笑顔になる。
「私も、ルネ王子のパフォーマンスがより良いものになるよう、できるだけ頑張りますので!」
「……はい、ありがとうございます!」
ルネとジローは、良いスタッフに恵まれていた。
(ルネ王子、これがあなたの魅力です)
ジローは心の中で素晴らしいスタッフたちを、スタッフたちのやる気を引き出させるルネを、誇りに思っていた。
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