15 オリジナル
ライブツアーの初回が無事に終わって、一行は次の会場へ向かう。
その馬車の中で、ルネが考え込みながらジローに話しかけた。
「導師さま、あの……少し思ったことがあるんだ」
「はい」
馬車で向かい合って、ジローは何事かと頷いた。
ルネは決心したように頷いて、ジローを見た。
「『ココロエコーズ』のダンスなんだけどね、あのダンスって元は三人で踊るものだったんでしょう?」
「はい、そうですね。ルミナリーエコーズの三人で踊る想定の振りになっています」
「だからだと思うんだけど、一人で踊ってると、ところどころ踊りにくいというか……変な感じになっちゃう気がして、気にしてたんだ」
「それは……そうですね」
その箇所は、ジローも気にしていたところだった。
例えば、「お互いに 共鳴するような 何か」の個所では、本当はセンターの春太が順番に響と光人と顔を合わせて頷く振りになっている。
ルネは一人なので、当然左右を見ても顔を合わせて頷きあう相手はいない。そのせいで、同じように振りを再現しても、なんだかぼんやりして見えてしまうのだ。
「他にも『君と』ってひとりづつ言いながら指さすところとか、『僕ら』ってひとりずつ言いながら手のひらを前に出して重ねるとか、僕一人でやっても、なんだかちょっと……落ち着かないなって、ステージで思ったんだよね」
「確かに、その部分もそうですね」
ジローが真面目な顔で頷くのを見て、ルネは一度目を伏せた。
言おうかどうしようか迷うように、視線を彷徨わせる。
「王子……どうかしましたか?」
「うん、あのね」
ようやく覚悟ができたらしい。ルネはまた顔をあげた。
真っ直ぐに真剣な目でジローを見つめる。
「それで僕、いろいろ考えたんだ。どうなったらもっと良くなるのか。だから、その……導師さまが教えてくれたダンスとは変わっちゃうんだけど、見てもらえる……かな?」
ルネは恐る恐るという様子で、上目遣いにジローを見る。
思いがけない提案に、ジローはしばしぽかんとした。
そして不意に思い出す。『きらめきぼし☆』のエピソードを。
あれは、ステラプロダクションの全ユニットが参加する合同ライブ開催決定後だ。アイドルたちは合同練習しながら、お互いのパフォーマンスの完成度を高めていた。
その中で、みんなはどうしたらよりファンに喜んでもらえるのかを考え始め、様々な案を出し合うのだ。
その中には実現不可能なものもあったけれど、みんなで話し合って、例えばダンスの振りをよりよくする提案を振付師に相談したり、合間のファンサービスのタイミングや内容を考えたり、MCの内容について話し合ったり、いろんなことを試していた。
アイドルそれぞれが持っている、どうやったらより喜んでもらえるのか、完成度を高められるのか、楽しませられるのか、輝くステージにできるのか、そんな思いが見える良いエピソードだった。
あれでステラプロダクションのアイドルたちは、ぐんと大きく成長したのだ。
「導師さま……やっぱり、駄目、かな?」
ルネが自信なさそうにうつむく。慌てて、ジローは首を振った。
「そんなことないです! 王子の方から言ってもらえて、嬉しい、です。あの、休憩のときに馬車を降りたら、王子が考えているダンスを見せてください」
ジローの言葉に、王子はぱっと顔を輝かせた。
「本当!? 良かった! じゃあ、あとで見て、意見を聞かせてね。駄目だったら駄目でも大丈夫だから」
「二人でより良いものにしていきましょう。きっと、もっと良くなりますよ!」
「うん」
王子の輝く笑顔を見て、ジローは気づいたことがあった。
(今まで、俺の記憶の中のアイドルを再現することにこだわりすぎていたかもしれない)
(でも、ルネ王子だってひとりのアイドルだ。自分で考えて自分で動いている。そうだ、『きらめきぼし☆』の中でも「アイドルの自主性を育てる」って言っていたじゃないか)
だったらもっと、ルネ自身の良さを活かさなければいけなかったのだ、きっと。
(俺の記憶の中のアイドルの真似じゃなく、ルネ王子の良さを引き出すための、ルネ王子のためだけのパフォーマンス。それを目指さないといけなかったんだ)
もっと早く気づけていたら、とジローは悔やんだ。
時は戻らない。けれど今からでも遅くはないはずだ。
(このライブツアーの間に、ルネ王子自身の良さをもっと引き出すようにするんだ。『ココロエコーズ』の振り付けは、そのための第一歩だ!)
「ひとりで歌うなら『君』って言うときは、客席を向いた方が良いのかなって思ったんだけど、導師さまはどう思う? 手も、そっちに向けるようにして。それが三回だから、一回ごとに向きを変えたらどうかなって」
ジローが自分の意見を受け入れてくれたから、ルネは嬉しそうに考えを語る。
それにジローは大きく頷いた。
「良いと思います。あとで実際にやってみて、細かな調整をしてみましょう」
「本当に? 良かった。あ、あと『僕ら』が三回のところ、どうしたら良いのかまだ思いついてなくて、導師さまも一緒に考えてくれると、嬉しいな」
「はい、一緒に考えましょう! きっと良いアイデアが出ますよ」
「うん。導師さまがいれば、きっと大丈夫だよね!」
そうしてジローとルネは、ただ記憶を再現するだけでない、オリジナルの振り付けを考えるようになった。
ルネがよりパフォーマンスで輝くための、ルネの魅力を活かすための、試行錯誤が始まったのだ。
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