16 一緒に進むって決めたから

 ライブツアーは順調だった。

 旱魃の村を訪れたときは、精霊の祝福の後に雨が降り出して、水不足が解決した。最初に訪れた村も、病の症状が良くなっているという連絡を聞いた。

 精霊の祝福は確かに、国の状態を良くしている。


 ルネ自身も、ライブツアーの間に王子としてもアイドルとしても大きく成長した。

 ステージで堂々と歌い踊る姿に、ジローは震えるほどの感動を感じるようになった。本物のアイドル、そのオーラを浴びているような心持ちになる。

 そして、この先の成長がより一層楽しみになるのだ。




「いよいよ最後だね、導師さま」


 黄緑と紺の衣装に身を包んで、胸元に紺と黄色の星の飾りをつけて、ルネは微笑む。膝を抱えてうずくまっていた頃と同一人物とは思えない、華やかな笑みだった。


「はい、最後まで、頑張ってください」

「うん。頑張るから、見ててね、導師さま」


 さほど大きくない村の、ちょっとした広場。その即席のステージに向かってルネはかけてゆく。

 ステージの周囲には、すでに村人たちが集まっていた。誰もがルネが手ずから配ったハンカチを持っている。村人以外にも、ツアーに同行していた侍従や下働きの者たちの姿も見える。

 ジローもステージに上がって、ルネの隣に立つ。せめて開始の挨拶くらいは、とジローはそれを自分の仕事にしていた。


「みなさん、集まってもらってありがとうございます。それではこれから、精霊の祝福の儀式──ルネ王子のライブを開始します。ルネ王子」

「はい」


 拡声魔法の短い杖をジローから受け取ると、ルネは観客を見回して笑う。


「最初の曲は『ココロエコーズ』」


 ジローがステージから降りて、ルネは歌い始めた。


 ──だって ココロ 響きあうんだ


 ルネの透き通った声が屋外に響く。

 ここはひびきのパートだから、とルネに言ってしまったことを、ジローは懐かしく、そして悔しく思い返す。

 そんなものに囚われる必要なんかなかったのに。


 ──まぶしい ヒカリ 見えたんだ


 ルネは歌いながら、右手のひらで右目を覆い隠すようなポーズを取る。その指の隙間から見えるルビー。

 その瞳は、光人みつひとのものとは全然違う。


 ──春風に乗って 届いたメロディ


 ルネの歌声は荒削りな春太はるたよりも、ずっと繊細だ。でも、それがルネの歌声だ。

 春太が歌うときの激しい春風とは違う、柔らかな春風が吹き抜けるような、そんな声だった。


 ──僕ら 出会って しまったんだ


 本来なら三人の声が重なるパート。でもルネはひとりで歌う。

 ひとりでも、ルネの感情が、表現が、物足りなさを感じさせない。観客はみんな、「僕ら」の中に自分もいるような気持ちになって、どきりとした。


 ──何もない 毎日だって

 ──退屈してたわけじゃないけど


 自分たちで振り付けをアレンジするようになってから、他の部分の振り付けものびのびとしてきたように、ジローに見えていた。

 焦りや固さが抜けてきて、言われたことをただやっている感じが消えて、より表現力が上がっているように見える。


 ──ちょっとだけ 物足りないって

 ──どこか ココロ 埋まらなくて


(やっぱり、今までは俺の中のアイドル像をルネ王子に押し付けすぎていたんだ)


 伸びやかに踊るルネを見て、ジローは涙ぐむ。

 ルネというアイドルが、また一歩高みに近づいたのを感じていた。


 ──きっと 本当は ずっと探していたんだ

 ──お互いに 共鳴するような 何か


 本来なら三人で顔を見合わせて頷きあう振り付けだ。

 そこをルネは、観客席に手を伸ばしてから胸の前に持ってきて握る。それを三回繰り返した。手を伸ばす先は、毎回方向を変えて、観客席のあちこちを見つめる。

 そして「何か」からは、元の振り付けに戻る。人差し指を真っ直ぐに立てて前に持ってゆく。


 ──そう 運命を!


 立てた人差し指を頭上に掲げて、手を開くと頭の上で大きく振って握る。運命を掴む、という意味のある振りだった。

 まるでルネ自身が運命を掴んでいるかのようだった。


 そして歌はサビに入る。集まった精霊の光が大きくうねる。


 ──だって ココロ どきどきしてる


 魔法使いが感極まって、手に持っていたハンカチを歌声に合わせて振り始めた。


 ──世界が きらきら 輝いてる


 魔法使いの様子を見た他の人たちも、それを真似してハンカチを振り始める。


 ──ずっと 頭の中 止まらないメロディ

 ──僕ら 見つけて しまったんだ


 観客たちが振っているハンカチ、その刺繍の金色が光って揺れる。精霊の光はそこに飛び込んでゆくかのように引き寄せられる。


(そうか、これも祝福のひとつだ)


 ジローが気づいた瞬間、観客たちのハンカチがぼうっと光を帯びる。

 それはまるでペンライトのように、光を放ちながら観客席で揺れている。


 ルネは光が揺れる様子を見て、嬉しそうに目を細めて二番の歌詞を歌い、踊る。

 青空の下、簡素なステージ、伴奏もなくひとり歌うルネ。それでも確かにそこはライブ会場になっていた。


 二番のサビが終わり、ブリッジに入る。


 ──君と 君と 君と

 ──溢れるメロディ 紡いでゆく


 ユニットならではの振り。三人で順番に歌う歌詞。

 けれどルネはそれをひとりで歌いこなしていた。ルネにとっての君は観客席の観客たち。

 そして、いつも隣で見守ってくれていた導師のジロー。


 くるりと回りながら、ルネはジローにも視線を送り、最高の笑顔を見せた。


 ──ココロに嘘は つけないから

 ──一緒に進むって 決めたから


(そうだ、俺はルネ王子と一緒に進むんだ。ここにいるのは『きらめきぼし☆』のアイドルじゃない。ルネ王子、アイドルのルネだ……!)


 ──僕ら 僕ら 僕ら

 ──僕ら 出会って しまったから!


 ジローもハンカチを取り出して、それを振る。

 精霊がジローのハンカチにも宿り、眩く光って、そして祝福の雨が降り始めた。


 観客たちが、光り輝く祝福の雨の美しさにどよめいた。魔法使いなどもう何度も見ているはずなのに、それでもいつものように、声をあげていた。

 歌は最後のサビに入る。


 ──だって ココロ こんなにずっと

 ──弾んで 弾んで 止まらない


 ルネの歌声は伸びやかに、遠くまで届いてゆく。

 ジローはそのまま精霊の光を遠くまで広げてゆく。

 祝福の雨は辺り一帯に、柔らかく優しく降り注ぐ。


 ──走る衝動エモーション 鳴り響く共鳴エコーズ

 ──僕ら 気づいて しまったんだ


 祝福の雨が輝き、観客席で振られるハンカチが光り、ルネは輝きに囲まれていた。

 いや、ルネ自身が輝いていた。その内側から溢れるような精霊の光に覆われて、ルネは今この場で、何よりも輝いていた。


 ──ココロ 共鳴エコーズ 輝いてる!


 胸の前で握った手のひらを開いて、ひらひらとさせながら上から下に。手を下ろして横を向く。

 そのポーズで、ルネのパフォーマンスは終わった。


 一瞬、静かになった後、魔法使いがわあっと声を上げて拍手をした。

 それにつられて、他の観客たち、村人たちも拍手をする。声をあげる。

 上がる歓声に、ルネは手を降ろして微笑んだ。




 ライブツアーが終わっても、帰りの馬車の中でルネはライブの余韻が残った笑顔だった。

 観客に囲まれ、ファンを増やして、歓声と拍手を浴びて、ルネはその心の中に確かに自信を育んでいた。


 ジローは今までの自分の指導がルネを押さえつけるものだったのだと確信して、ルネに話しかける。


「ルネ王子、あなたはもう立派なアイドルです」

「本当? でもこの先も頑張るね。だからまた、みとみとさんや、導師さまの知ってるアイドルのこと、教えてね」


 ジローはゆっくりと首を振る。


「王子、今まですみませんでした。『きらめきぼし☆』のアイドルたちの真似は、もうしなくて良いんです。王子は王子のままで良いんです」

「え……」


 ルネは笑顔を消して瞬きをする。

 自分のままと言われてもわからない。『きらめきぼし☆』のアイドルたちを目指していたのに、その目標を取り上げられたような、そんな気分になってしまった。


「今後は、ルネ王子自身の魅力をもっと出していけるようにしましょう」


 ジローの言葉の意味が、ルネにはわからなかった。

 自分に魅力なんかないのに。目標がなければ、どうすれば良いのかわからない。

 それでもその気持ちをどう言えば良いのかわからなくて、ルネは黙ってしまった。なんだか、突き放されたような気持ちだけが、ルネの中に残った。


 ルネが何も言わなかったから、ジローも気づかなかった。すれ違いが起こったことに。



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