14 精霊すら魅了するアイドル

 数日後に到着した最初のライブ会場──王子の視察する村は、流行りの病が蔓延っていた。

 年老いた村長すらも病に伏せっており、代理として息子夫妻が王子と導師を出迎えた。


「満足な歓待もできない状況で、申し訳ありません」

「謝らないでください。苦労をしている皆さんの負担になるのは本意ではありませんから」


 そう微笑むルネの姿には、確かに相手を安堵させ、元気づける輝きがあった。

 それもまたアイドルとしての魅力なのだ、と隣でジローは感じる。


「導師様も、ありがとうございます。どうか私たちに精霊の祝福をお願いいたします」

「え、あ、はい。あの、頑張りますので……」


 元はと言えばこんな小さな村のただの農民であるジローは、丁寧な対応に居心地悪い気分で返事をした。

 生来の王子であるルネとは大違いだと、こっそり溜息をつく。


 視察に当たって、ジローの服も新調されていた。城お抱えの魔法使いの正装であるローブを元に、精霊の意匠が刺繍された上等な布の服。

 立派な服を着るとそれらしく見えてくるものだ。その自分の姿にも、ジローはなかなか慣れることができない。


「それで、明日あるという精霊の祝福の儀式なのですが……」


 申し訳なさそうに、村長代理の男が話す。

 村の者たちは病に伏せっている者が多く、そうでない者も看病などでていっぱいで、儀式──つまりはライブに参加できる者は少ないだろう、とのことだった。


「私どもの子供もひとり、病に伏せっていまして、妻はその看病を……他にも、看病の手がない家などもあり、その様子を見に行ったりもしていまして。私は参加いたしますが、妻はご容赦いただきたく。

 村民たちも同じような状況ですから、参加できる者は少ないかと……」


 ルネがどうしようかという視線でジローを見る。ジローは仕方ないと小さく頷いた。


「そういう事情であれば仕方ありません。大丈夫です、儀式はきちんと執り行いますから」


 優しい声で、ルネは村長代理の夫妻に声をかける。夫妻は恐縮しきって、何度も頭を下げた。


 その傍らでジローは考える。ライブを直接見てもらうのは難しくても、何かアイドルとしてのルネを印象づけておきたい。

 こんなとき『きらめきぼし☆』ではどうしてただろうか、と記憶をたぐる。


 そして思い出したエピソードは、ルミナリーエコーズとは別ユニットのエピソードだった。

 まだ知名度も少ない中、ライブに人を集めるために自分たちで街頭に立ってライブのチラシを配っていた。

 ユニットメンバーの中から、アイドルなんてうまくいかない、という言葉が出てきていたのだ。それでも諦められなくて、自分たちで動き出した。

 そんな良いエピソードだった。


 村長代理の夫妻と対面を終えたルネに、ジローは声をかける。


「王子、村にある家を訪問しましょう。王子自ら、グッズ──ハンカチを配ってまわりましょう」

「僕が……自分で?」

「そう。明日のライブを見てもらえなくても、アイドルを知ってもらう方法はあるはずです。そうやって王子を──アイドルを知ってもらうんです!」


 ルネはぱちぱちと瞬きをして、それから大きく頷いた。


「うん、わかった。やるよ、僕」




 侍従も警護の騎士も、最初は難色を示したものの、最終的にはルネとジローの熱意に押されて受け入れてくれた。

 ルネの名前を刺繍したハンカチを持って、一軒一軒配り歩く。

 王子の突然の訪問に村人たちは驚いたけれど、ルネがハンカチを手渡して「大変でしょうけど頑張ってください」「明日には精霊の祝福が届きますから」と微笑むと、皆感激していた。中には涙を流すほどの者もいた。

 ルネはどんな相手にも、優しく穏やかに、ハンカチを手渡して語りかけ続けた。




 そして翌日のライブ当日。

 集まった村人は村長も含めて数人だ。子供、若者、老人と年齢はバラバラ。みんな忙しい中、ハンカチを届けてくれた王子のためにと時間を作って参加してくれたのだ。

 それだけじゃない。旅の同行者である魔法使いも、ライブを見たいと言い出した。


「それは……研究のために?」

「いえ、純粋に、ルネ王子が歌う姿を見たいのです!」


 どうやら魔法使いはすっかりルネのファンになったようだった。他にも旅の同行者から、希望者は村人たちと並んで参加することになった。ほとんどの者──警護の任務などで忙しい者を除いて──は、ルネのライブを楽しみにしていてくれた。


 新しいライブ衣装に身を包んで、ルネは村の広場に立つ。

 広場と言っても、小さな村の何もない場所だ。そこに木箱を並べて即席のステージを作った。その上にルネは立った。

 日差しの下で、ルネの金糸の髪が輝く。そのルネの美しさ、衣装が引き出す輝きに、観客から溜息が漏れる。


 ジローがルネの隣に立って、拡声の魔法がかかった短い杖を持ち、挨拶をする。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます」


 相変わらず、ジローはこのような状況に不慣れだった。視線を集めて、声が震える。

 それでも、ルネのライブツアー、そのスタートなのだという気持ちで、腹に力を込める。ここから始まるのだ。


「これから、精霊の祝福の儀式──ルネ王子のライブを開催します」


 ライブ、という聞き慣れない言葉に、観客たちはざわざわする。顔を見合わせたり、不思議そうにステージ上を眺めたり。

 そのざわめきが収まってから、ジローは言葉を続けた。


「ルネ王子のパフォーマンスを、楽しんでください」


 それだけ言って、ジローは拡声魔法の杖をルネにバトンタッチしてステージから降りる。

 短い杖を受け取ったルネはそれを左手に持って、そのルビーの輝きの瞳で観客席を見回し、微笑んだ。アイドルのステージは始まっていた。


「それでは、僕のライブツアーの始まりです。最初の曲は『きらめきぼし☆』」


 相変わらず伴奏はない。

 何が始まるのかと静まった観客を前に、ルネは真っ直ぐに立って右手を持ち上げた。


 ──星屑の舞台で 重なる歌声

 ──どこまでも高く 夜空に広がる


 王子の歌声が青空に響く。それをめがけて、たくさんの精霊が集まってくるようだった。

 これだけの精霊が、普段はどこにいるのだろうか。


 たくさん集まった精霊は、ルネの歌声に乗って、また広がってゆく。寄せては返す波のように。ふわりと、ルネの頭上で光の波紋が広がる。

 その光景を見ているのが自分だけだということが、ジローは勿体無いと感じた。

 みんながこの光景を見ることができれば、もっと、もっと、みんながルネのことを綺麗だと素敵だと思うに違いないのに。


 その気持ちを乗せて、ジローは精霊の光を広げてゆく。

 広がる歌声に合わせて、遠くへ──どこまでも、歌声が届くところまで──辺り一帯に光が広がってゆく。


 そして、その先にルネの名前の刺繍が入ったハンカチがある。ああ、あのハンカチは目印だ。精霊の祝福が届くための。

 ジローは精霊の光の中、不意にそれを理解した。

 精霊はルネのことが好きなのだ。ルネのグッズだって、その目印になる。


 ──今 響くメロディー 君に知らせる

 ──僕はここにいるよ 届いているかな


 祝福の雨は二番のサビで降り出した。いつもより早い。きっとジローの気持ちが先走ってしまったせいだ。

 それでも、ルネは臆することなく歌い続ける。


「これが、精霊の……」


 村長代理が降り注ぐ光の雨を呆然と見上げる。

 見にきていた村の子供が、「綺麗! すごく綺麗!」とはしゃいで飛び跳ねる。

 家々の窓が開いて、降り注ぐ光の雨に手を差し伸べる。それぞれの家のハンカチの刺繍が、精霊の光をまとってふわりと輝いた。


 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 最後まで、ルネは歌いきった。自然と、拍手が起こっていた。

 肩で息をしながら、ルネは観客席を見回して、微笑んだ。拍手が一段と大きくなる。


 二曲目の『ココロエコーズ』も歌い、最後のサビでまた精霊の祝福の雨を降らせる。

 光り輝く雨を受けてステージに立つルネは、確かにアイドルだった。

 その場の誰もが──警護の騎士ですら、ルネに魅了されていた。



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