12 国の危機は誰のせい
ライブツアーは大人数での移動だ。
王子と導師を中心に、その護衛、それぞれの侍従、メイドや下働きの者たち、それから精霊の研究をしたいという魔法使いなど、馬車にして五台分、馬はもっとたくさん必要だった。
ライブを行う場所については、国内の事情に詳しい人たちで決めてもらった。
被害が大きいところを中心に数箇所を巡る予定で、かなりの日数を要することになっている。
それでも、導師によって精霊の祝福がもたらされたならば国内の状況は確実に良くなると、期待する声は大きい。
そんな期待を背負って、ルネとジローは城を出発した。
もちろん、ルネの周囲にいる大量の精霊も一緒に。たくさんの精霊たちが馬車の中や外にふわふわと漂っているのが、ジローには見えていた。
馬車での移動とはいえ、疲れるものは疲れる。
窓は安全のためにとカーテンが閉ざされていることも多く、景色を楽しむこともままならない。ずっと同じ姿勢で座っているのも、体が痛くなってくる。
馬を休ませるための休憩で馬車の外に出て早々、ジローは大きく伸びをした。固くなった体がほぐれて、気持ち良い。
ルネも馬車の外で、両手を持ち上げて大きく伸びをした。綺麗な王子は、その姿すら気品があった。
先頭をゆく馬車と並走する侍従がやってきて、王子の侍従に何事かを伝える。
今のところ予定は順調で、日暮れにはちゃんと宿場町に到着できる見込み、とのことだ。侍従の報告に、ルネは穏やかに微笑んで頷いた。
「わかった。報告ありがとう。このままよろしく」
侍従は頭を下げて、騎士の侍従のところに戻り、王子の言葉を伝える。
ルネのそんな姿は確かに王子だった。最近まで引きこもっていたとは思えないほどの王子ぶりだ。
そんな様子を眺めてジローは、改めてルネが王子であることを実感していた。
普段はルネと二人で話すことが多く、それもレッスンをこなすことがほとんどだから、ジローは自然とルネをアイドルとして扱ってきた。
育成ゲームの設定と同じように、ジローはアイドルを導くプロデューサー。ルネはプロデューサーを慕うアイドル。
それが、この旅の中では様々な人と関わり合いができる。
そんな中では当然、ルネは王子として扱われ、王子として振る舞う。自分がやっているのは果たして王子相手の態度なのだろうか、と不安にもなってくる。
けれどルネはジローと話すときは、王子ではなくアイドルの顔になる。
今だってジローを振り返ると、ぴょんぴょんと近づいてきてえへへと笑った。
「導師さま、お疲れ様。今日の夜はベッドで寝られそうだよ」
「ベッドで眠れるだけでもありがたいです。体がもうがちがちで」
「長旅になるものね。でも、またライブができるの、楽しみなんだ。どんなところだろう。僕のパフォーマンス、たくさん見てもらえると良いな」
「そうですね。行ってみないとわからないけど、できるだけ頑張りましょう」
「うん。ライブの日までにパフォーマンスの完成度も、もっとあげるね」
体をほぐしながらそんな会話をしているところに、侍従から声がかかる。
どうやら同行している魔法使いが話が聞きたいとのことだった。
ルネはジローの顔を見て「導師さまが良いなら」と言う。駄目という理由もないので、ジローは頷いた。
魔法使いは先日もやってきた、ルネのファンになった人だった。
ルネ王子を目の前に、感激したように「ご挨拶できて光栄です」「お疲れのところすみません」などとまくし立てる。
ルネが微笑んで頷くと、ようやく本題に入った。
「それで導師様、城を出発して以降の精霊の様子はいかがでしょう」
「ああ……」
ジローはルネの方を見て、それからその頭上、周囲へと視線を動かす。そこにはたくさんの光が集まって、ゆらめいていた。
「城の部屋と同じですね。今も王子の周りにはたくさん、精霊の光が見えます。なんなら、城にいたときよりも数は多いかもしれません。どこで増えたのかわかりませんけど」
「なるほど、興味深い」
魔法使いは頷いて、目をすがめてそのあたりを見回してみたが、その目にはやはり何も見えなかった。
諦めたように小さく溜息をついて、またジローに向き直った。
「実はですね、精霊の祝福の増減──自体は直接はわかりませんが、祝福が減ったであろうタイミングをより厳密に調べなおしまして。
それでやはり、ルネ王子の誕生のタイミングと一致することがわかりました」
「え……」
ジローの隣で、ルネが顔をこわばらせた。咄嗟のことに、ジローもどうして良いかわからず、声が出てこなかった。
その間にも魔法使いの言葉は続く。
「特に三年前、被害が大きくなったタイミングがですね、ルネ王子が部屋におこもりになった時期とほぼほぼ一致しまして」
「精霊の祝福が減ったのは、僕のせいってこと……?」
ルネの言葉に、魔法使いは驚いたように目を見張って、それからジローを見た。
「え、あの……ルネ王子はご存知なかった……?」
ジローはなんと言うべきかわからずに、ただ呆然とルネを見ていた。ルネが、悲しみに潤んだ瞳をジローに向ける。
「導師さまは知ってたの? 知ってて、何も言わずに? 僕をアイドルにしたのも、精霊の祝福のため?」
「違う!」
咄嗟に出てきた声は思いの外強かった。ルネがびくりと口を閉ざす。
「ルネ王子、あなたをスカウトしたとき、俺は精霊のことなんか何もわかっていなかった。本当に、ただ純粋に、アイドルとしての可能性を王子に見たんです」
「……前も、そう言ってたよね。でも、じゃあ、僕のせいって黙ってたのはどうして? その方が精霊の祝福に都合が良いから?」
「違う、そうじゃない。ただ……王子に、自分のせいだって思ってほしくなくて」
「思うも何も、こんなの僕のせいじゃないか!」
ジローとルネの間で、魔法使いが顔を青くしておろおろとしている。ジローはそんな様子を横目に見て、それからまた、真っ直ぐに王子に向き直った。
「王子は何も悪くない。精霊の動きは人間にはどうしようもないことです。だから、王子が気にする必要は……」
「だって、僕が生まれたから祝福が失くなったんでしょ!? それがひどくなったのだって、僕が閉じこもっていたから!」
「王子、話を……」
ジローが差し伸べた手を、王子がぱしんと叩いた。拒絶の音だった。
「ごめん、今はひとりにして。ライブはちゃんとやるから。ごめんなさい」
ルビーの瞳から涙をこぼして、王子は馬車に戻っていった。
「あの……すみません、軽率に……」
「いえ、元はと言えば俺がちゃんと説明してなかったのがいけないので」
魔法使いが謝るのにジローはなんとか応える。
それでも魔法使いは休憩時間が終わるまで何度も謝り続けた。戻っていくときも、ジローの様子を振り返り振り返り気にしていた。
ジローが馬車に戻ると、ルネは馬車の座席で膝を抱えてうずくまっていた。
まるで、部屋に引きこもっていたときに戻ってしまったようだった。
「王子、ルネ王子」
ジローが声をかけても、顔をあげることはない。侍従たちの呼びかけには返事をするが、それも最低限。
精霊の光だけが、ただいつものように周囲を漂っていた。
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