10 初めてのグッズ

「ルネ王子の新しいお衣装ですか?」

「前回のお衣装もお綺麗でしたものね、楽しみですわ」


 ジローがライブツアーに向けた新衣装をと城の裁縫師たちに相談にいけば、思ったよりも快く応じてくれた。


「お衣装をまとったルネ王子、とても素敵でしたもの」

「それに、練習に励んでいらっしゃるときの歌声、とてもお綺麗ですものね」

「最近はお部屋の外でもよくお見かけしますの。笑顔でお手を振っていただけて……わたしどもにまで……」


 どうやら裁縫師たちは、ライブを見たわけでもないのにルネ王子のファンになってくれているらしい。

 ジローはなんだか誇らしい気持ちで、裁縫師たちの言葉を聞いていた。


(ああ、ライブを見るのとはまた違った感動だ。自分が育てたアイドルの、ファンの言葉を聞けるなんて……)


「それで、次はどんなお衣装を考えておりますの?」


 裁縫師の言葉に、ジローは衣装のアイデアを出す。とは言っても、それも前世の記憶の中にある、ステージ衣装だ。


「そうですね。柔らかな緑……黄緑をベースにしたイメージで。胸元には黄色いブローチを」

「黄緑と黄色ですと、全体がぼんやりしてしまいますけれど」

「ええ、ですから、濃い紺色を袖に使って、あと、確か腰のところにもこんな感じでラインが入って……」

「ちょっとお待ちくださいね。こんな感じかしら」


 裁縫師のひとりが、手近な髪にペンでさらりと服のデザインを書いてみせる。


「そうですね、そんなイメージです」

「胸元にもできれば紺色が欲しいところですわね」

「あと、上着の裏地も紺色にするのはどうかしら」


 裁縫師たちはデザイン画を見ながら次々とアイデアを出してくれた。

 ジローもそこから記憶が鮮明になることもある。


「ああ、確かに胸元のブローチは紺色の飾りと一緒でした。裏地の色……までは、ちょっと、わからなくて」

「この色合いであれば、裏地は濃い色の方が良いと思います。その辺りはお任せください。でも、気になる箇所があれば、なんでも仰ってくださいね」

「はい! ありがとうございます!」

「新しいお衣装も楽しみですね」


 ふふふ、と裁縫師たちが笑い合う。

 この流れなら、とジローはもう一つの相談もすることにした。


「それで、衣装とは別の話なんですけど。何か、グッズを作りたくて」

「グッズ?」


 裁縫師たちはジローの言葉に、不思議そうに首を傾けたり顔を見合わせたりする。


「あの、グッズというのは、何かこう……記念品というか。王子の視察の際に、来てくださった方に渡すものというか」

「記念品?」

「民にお渡しになるのですか?」

「どのようなものを?」

「何を用意したら良いのか、今考えているんです。何か用意できるものはありますか?」


 本当は、グッズらしいグッズを作りたい。ライブTシャツとか、タオルとか。ペンライトとか。

 アイドルグッズらしいものだって欲しい。アクリルスタンドとか、缶バッチとか、キーホルダーとか。

 ブロマイドやポストカード、ポスターも捨てがたい。マグカップといった実用品も良い。

 でも、この世界で何がどこまで作れるのか、ただの農民の子であるジローには知識がなかった。


「数はどのくらい必要なんでしょうか。それは、その……例えば訪れた村に一つお渡しするのと、各ご家庭にお配りするのでは、必要な数が違いますでしょう?」


 裁縫師の疑問に、ジローは食い気味に答える。


「それは、ライブに訪れた人ができればひとり一つ持って帰れるくらい欲しいです、できればですけど」

「それは……だいぶ数が多いですね」

「何ができるかしら」


 裁縫師たちが顔を見合わせて、ざわざわと相談をする。

 ふと、中の一人が声をあげた。


「わたくしたちにできることと言ったら、刺繍じゃありません?」


 それに応えて、別の裁縫師も声をあげる。


「ハンカチへの刺繍なら、数も用意できるかもしれませんね」

「そうですね。刺繍の意匠にもよるけれど、ハンカチにワンポイント刺繍するくらいなら、たくさんご用意できるかもしれないわ」

「導師様、ハンカチというのは、その記念品にはなるかしら?」


 裁縫師の問いかけに、ジローはしばし考えた。


(ハンカチ。布か……タオルみたいなものだと考えるとあり? そうか、タオルの代わりにハンカチを振り回すのも楽しいかもしれないな。ハンカチって振ることもあるんだし、振り回すのもそんなにおかしくないかも)


「ハンカチ、良いと思います。どんな刺繍にするか、考えましょう!」


 ジローの言葉に、裁縫師たちはわあっと盛り上がった。


「お花が良いかしら、それとも鳥とか」

「この間のお衣装にも星の意匠を用意したでしょう。あれも素敵だと思うの」

「ルネ王子の瞳のお色で刺繍したらきっと素敵だわ!」


 盛り上がる裁縫師たちに、けれどここだけは譲れないとジローは声をかける。


「刺繍の色は黄色、または金色にしてください。一部だけ他の色を使っても良いですが、全体としては黄色か金色でお願いします」


(ルネ王子のカラーは、赤って感じじゃないんだよな。ルミナリーエコーズの誰と近いかって言ったらやっぱりみとみとだし黄色……いや、でもどちらかといえば華やかな金色……王子だもんな)


「では、ベースは金色にいたしましょう」

「意匠は何にいたしましょうか」


(ユニットロゴやアイドルの名前がデザインされたタオルは定番だ。それなら……)


「ルネ王子の名前、というのは駄目、ですか?」


 ジローの言葉に、裁縫師の一人が紙にペンを走らせる。


「お名前の綴りですと、こんな感じの刺繍になるでしょうか」


 綺麗に装飾された文字でルネ、と紙に書かれた。他の裁縫師の指先が、その隣を指さす。


「瞳のお色で星の意匠を傍に添えたら素敵じゃありません?」

「まあ、それ素敵!」


 さらり、と星の形が名前の隣に並ぶ。


「ではこれをハンカチの、この辺りに。名前はお髪の金色で、星の意匠は瞳の赤色で。いかがでしょうか、導師様」

「素敵です! ぜひそれで!」


 こうして、ルネの初めてのアイドルグッズが決定したのだった。

 裁縫師たちは張り切って、衣装とハンカチを用意する、と請け負ってくれた。


 ルネのアイドルとしての存在が着実に大きくなっていると感じられて、ジローは忙しい日々も楽しく過ごしていた。



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