第二章 僕ら 出会って しまったんだ

9 ライブツアーに向けて

 ルネ王子単独ライブツアーの開催が決定した。

 とは言っても、名目は導師ジローによる各地への精霊の祝福の授与と第一王子ルネによるその視察、ということになっている。

 それでも、ルネ王子のパフォーマンスは王族にも国の重鎮にも認められた。それによって精霊の祝福が受けられることもわかった。

 ジローとルネは、ライブツアーに向けて、忙しい毎日を送ることになる。




 二人はまず何よりも、パフォーマンスのレパートリーを増やすことを目標にした。

 現在の曲目は『きらめきぼし☆』一曲のみ。この曲の完成度を高めることももちろん必要だが、歌って踊れる曲がせめてあと一曲は欲しい。

 ジローの提案に、ルネも大きく頷いた。


「新しい歌、頑張って覚えるよ!」


 最近のルネは、明るくて前向きになってきた。部屋に閉じこもって憂鬱に膝を抱えていた頃の面影はもうない。

 国王陛下も、お妃も、弟たちも驚くほどに。大臣たちや侍従も驚くほどに。

 引きこもりになる前だって、これほど明るい方ではなかった、とジローは侍従から聞いていた。


 ルネは自分から言い出して、歌と踊りについて街で評判の者を教師として雇い、基礎の部分を教えてもらうようになった。

 これまで見よう見まねでやってきたところに、しっかりとした土台ができて、表現力が格段に上がってきた。

 毎日のレッスンのたびに、その成長はジローにも感じられていた。


「それじゃあ、難しいかもしれないけど……次の曲はルミナリーエコーズのユニット曲『ココロエコーズ』にしようと思います」

「導師さま、ルミナリーエコーズって前にも言ってたよね。確かミトミトさんっていうアイドルの」

「そうです!」


 ルネの言葉に、ジローは前のめりに食いついた。


「ルミナリーエコーズは三人組の男性アイドルユニットです。ユニット、つまり一緒に活動する仲間ってことですね」

「うん、僕はひとりきりだから、どんな感じなのかわからないけど。三人で歌ったり踊ったりするっていうのはわかるよ」


 ルネはにこにことジローの語りに応じる。ジローが楽しそうに語るアイドルの姿、それは自分が目指すアイドルの姿なのだとルネは思っていた。

 だから、ジローがアイドルの話をするときは、どうやったら自分もそうなれるかと考えながら聞いていた。

 ジローが語る様子からはアイドルへの愛が感じられる。ジロー曰く「推し」ということらしい。ルネは早く、ジローの「推し」になりたかった。


「センター……真ん中で歌うのは春太はるた。ファンからははるたんと呼ばれてました」

「はるたん、ってつまり、愛称ってこと?」

「愛称、そうですね。親しみを込めたあだ名です」

「そっか、僕もそういうのあった方が良いのかな」


 ルネが首を傾けて、さらりと流れた金糸の前髪をもてあそぶ。

 ジローはその姿を見て考え込む。

 王子を愛称で……一般人はそんな気軽に呼んでも大丈夫なものだろうか。不敬だとか言われたりしないだろうか。


「ど、どうでしょう。王子は王子なので……」

「まあ良いや、それは今度考えよう。今は曲の話でしょう? ええっと、ルミナリーエコーズにいるのははるたんさんと、みとみとさんと」

「それからひびき、ひびきくんですね。その三人は、性格で言えばばらばらで、得意なこともそれぞれ全然違っていて、出会った最初はなかなかうまくいかなかったんです。

 それでも、三人でぶつかり合ったり喧嘩をしたりしながら、それはやがて絆になっていって、それぞれの個性は三人だからこそできるパフォーマンスに昇華されていくんです。

 そしてその三人のパフォーマンスが凝縮されているのが『ココロエコーズ』という曲なんです! はるたんの荒削りだけど真っ直ぐな声、ひびきくんの繊細で透き通った声、そしてみとみとの優しくて柔らかな声! 全然違う声質なのに三つ合わさったときの重なりがもう最高で!」


 ルネは難しい顔をして腕を組む。


「三人の声か……僕はひとりだから、三人分の声を出すのはできないし……大丈夫かな」

「大丈夫だと俺は思ってます! 難しいかもしれないけど、ルネ王子ならきっと、この歌を歌えるはずです!」


 ジローは意気込んで拳を握る。

 それに応えて、ルネも笑顔で両の拳を握ってみせた。


「わかった、僕頑張るよ!」


 そして始まったレッスンは出だしから前途多難だった。


 ──だって ココロ 響きあうんだ


「出だしのフレーズは大事です。ここで一気に観客の心を掴まないといけない。それにここはルミナリーエコーズの中でも一番歌唱力の高いひびきくんのパートです。しっかりと歌ってください」

「はい!」


 ──まぶしい ヒカリ 見えたんだ


「続くフレーズは、みとみとのパートです。みとみとは歌唱力はひびきくんには少し劣ります。それでも柔らかな歌声が光を感じさせる、この歌詞にぴったりの歌声でした」

「えっと、はい」


 ──春風に乗って 届いたメロディ


「ここははるたんのパートです。はるたんは歌唱力は三人の中で一番下です。荒削りで伸び代を感じさせる歌声で、それでも真っ直ぐで気持ちの良い歌い方をします」

「真っ直ぐ……はい」


 ──僕ら 出会って しまったんだ


「ここで三人の声が重なると、一気に世界が広がった感じになります。声に厚みを出して、ぶわっと広がりを感じさせるように歌ってください」

「厚み……広がり……はいっ!」


 ジローは歌に関しては素人だ。ただ何度も『きらめきぼし☆』の楽曲を聞き、ライブ映像を見返し、その歌とダンスを覚えているだけのファンでしかない。

 具体的な指導ができるわけではない。


 ジローの頭の中にある「こんな歌だった」というイメージをできる限りルネに伝えようとするが、当然、そのイメージはルネに完全に伝えることはできない。

 ルネはジローの期待に応えようと頑張るが、一フレーズごとに「もっと繊細に」「もっと柔らかく」「荒く」「厚く」と指示が変わり、それにどう応じるかだけでいっぱいいっぱいになっていた。


 それでもルネは諦めなかった。ジローから聞いたアイドルの姿を目指して、完璧に歌うんだと意気込んで練習した。

 だからといってジローの前世の思い出の通りには当然ならなくて、レッスンは少しずつしか進まなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る