7 もう「名前だけの第一王子」じゃない
ルネは身支度を手伝われながらアイドル衣装に袖を通した。
白い身頃に黒い袖と大きな襟。大胆な生地の切り替えのあちこちに、金と銀の刺繍が踊っている。それから金のボタン。袖に刺繍された大きな星の意匠の飾り。
襟元の銀のブローチに輝くのは黄色の宝石。そこからこぼれ落ちるかのような銀のチェーンの先にも星の意匠がきらめいている。
上着の裾は長めで、ルネが動くたびにふわりとなびいた。そして刺繍の銀糸がきらきらと光を反射した。
ジローが城の裁縫師たちと念入りに打ち合わせして、ルネも何度も試着して、そうやって出来上がった衣装だった。
髪も綺麗に梳られ、額と左耳を出すように撫でつけられて固められた。
大きな姿見を覗き込んで、笑顔を練習すれば、鏡の中でアイドル姿のルネが微笑んだ。
(いよいよだ。僕の、初めてのライブ。アイドルとしての、僕のお披露目)
緊張はある。失敗したらどうしようかと思う。
ここで失敗したら、もしかしたらジローに見限られてしまうかもしれない。それを思うと、足元が崩れ落ちてどこまでも落ちていくような気分になってしまう。
(ううん、大丈夫。あれだけ練習したんだから。それに、導師さまだって「大丈夫」って言ってくれた。僕はアイドルだ。もう「名前だけの第一王子」じゃない)
自分はアイドルだと言い聞かせながら、鏡の中のアイドル姿の自分を見る。
それはもう、引きこもって、うずくまっているばかりのルネじゃない。
(僕はもう、一番になれない惨めな僕じゃない)
ルネは優秀な子供だった。政治の勉強だって、武術だって、魔法だって、なんだって人並み以上にできる子供だった。
それが変わったのは七歳のとき。一つ下の弟に、剣の試合で負けてからだった。
それ以来、弟に武術で勝てたことはない。そのまま弟は、今では国一番の剣の使い手になるだろうと言われている。
他もそうだった。
最初はルネが優秀でも、弟たちが成長すると次々に抜かされてゆく。弟たちはどんどん高みにいってしまう。
そして三年前、一番下の弟の魔法の才が国一番と讃えられるようになって、ルネの心は折れてしまった。
社交の場でも、話題は弟のことばかり。ルネは弟たちを讃える言葉をもう聞きたくはなかった。
弟を讃える言葉の裏には、自分を嘲笑う気持ちがあるように思えた。気が狂うようだった。
(誰も僕なんかに期待しない。僕は弟たちの引き立て役だ。だったら国のことだって、全部弟たちがやったら良い)
そうして、ルネは部屋に引きこもるようになったのだった。
そんなルネを変えてくれたのが、ジローだった。
ジローはルネに「アイドルの可能性がある」と言った。「トップアイドルになれる」と言った。
何をやっても引き立て役にしかなれない、何もできないルネに対して
アイドルというのが何かはわからなかった。
ルネにとって未知の世界、それは新しい世界だった。
今までとは違う世界で、一番を目指すことができる。
それは本当にルネの世界を一変させてしまった。ルネがうずくまっていた小さな世界を壊して、もっと広い世界に導いてくれた言葉なのだ。
ジローに出会ってからルネが見る景色は変わってしまった。
ジローと一緒にレッスンをするのは楽しかった。ジローはたくさん褒めてくれた。励ましてくれた。期待してくれた。
もちろん、歌やダンスのレッスンでは失敗もたくさんしたけれど、ジローは真剣にルネに向き合ってくれた。ジローがダメ出しをするのは、ルネが一番になれるという期待をしているからだった。
アイドルのレッスンをするようになってから、世界が輝いて見えるようになった。
ジローはアイドルを「輝いている」と言っていた。ルネは自分なんかが輝けるのだろうかと不思議だった。
でも、世界の輝きを見て、世界がこんなにきらきらしてるなら僕だって輝けるかもしれない、と思うようになった。
全部、全部、ジローが変えてくれたのだ。ジローがルネを導いてくれたのだ。
導師が導くのは精霊だけじゃない。ルネのことだって手をとって導いてくれた。
(だから、頑張るよ、僕)
ルネはもう一度、鏡に向かって微笑んだ。鏡の中ではやっぱり、アイドル姿のルネが微笑んだ。
「王子、準備はどうですか?」
部屋に入ってきたジローの声に、ルネは振り向いた。
宮廷舞踏会に参加するためか、ジローも礼服姿だった。着慣れないせいか、落ち着かなげにあげられた前髪に触れている。
「僕はもう大丈夫。導師さまも似合ってる。髪の毛そんなに触ったら崩れちゃうよ」
ルネがふふっと笑うと、ジローは眉を寄せた。
「俺はこういうの、落ち着かなくて……お城の舞踏会ってだけでも怖いのに」
ルネに懸命にダンスを教えていたジローがそんなことを言うのがおかしくて、ルネはまた笑った。
「アイドルのダンスの方がよほど難しいよ」
機嫌良く笑うルネに、ジローは仕方ないなというような、ほっとしたような笑みを見せた。
「王子、できそうですか、ライブ」
「正直に言うと緊張はしてる。でもそれ以上に楽しみだよ、アイドルになれることが」
きらきらと輝くルビーの瞳が、ジローを見る。ジローはその視線を受け止めて、頷いた。
「歌もダンスも、できる限りやりました。あとは自分を信じて、楽しんでパフォーマンスしてきてください。ルネ王子、あなたは確かにアイドルです」
「うん、頑張るね、僕」
そうして二人は頷きあって、舞踏会の会場に向かったのだった。
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