8  ルネのファーストライブ

 城のダンスホールは囁き声に満ちていた。

 ホールの中央には、第一王子であるルネが立っている。拡声の魔法を使うための短い杖を両手で持って、背筋を伸ばして目を閉じて静かに。

 身に纏っているのは、不思議な衣装だった。礼服や正装とは違う。大胆なデザイン。きらきらと輝く星の意匠が目立っている。


 招待客である国の重鎮に当たる貴族たちは、それぞれに囁きあっていた。


「導師が精霊の祝福を見せて下さるのではなかったのか?」

「普段お姿を見せない第一王子がなぜこの場に?」


 そんな囁き声も、ルネの耳には届いていなかった。頭の中に鳴り響いているのは『きらめきぼし☆』のメロディ。もう何度もレッスンして、口に体に馴染んだ曲。

 早く踊り出したい、と体がうずうずしていた。でももう少し、もう少しだけ待たなければ。


 いつもなら国王陛下とお妃によるファーストダンスから舞踏会が始まるものの、今日の趣向は違っていた。

 国王陛下が手をあげて、導師であるジローを紹介する。


「こちらが、我が国の危機を救うだろう導師ジローである。導師よ、これより精霊の祝福を顕現してくれ」

「は、はい……っ!」


 堂々とした国王の声に応じるジローの声は震えていた。王族、貴族からの注目を集め、ジローは唇をわななかせる。それでも、腹に力を入れて声を出す。

 ルネはここまで頑張ってレッスンをしてきたのだ。それをジローが台無しにするわけにはいかない。


「それでは、これから精霊の祝福をお見せします。ルネ王子、開始します!」

「はいっ!」


 小気味良く、ルネの返事が響く。すっと息を吸う音が、拡声の魔法でダンスホールに響いた。

 ルネが目を開くと、ダンスホールの観客たちを見回して、微笑んだ。

 そして、歌い出す。


 ──星屑の舞台で 重なる歌声


 伴奏もない中、透き通った王子の声が響く。

 貴族たちは何が始まったのかとぽかんとしていた。


 歌に合わせて、ルネ王子は高く右手をあげ、その手をきらきらと振りながら降ろし、そして大きく広げる。

 左手は拡声の魔法の杖を口元に近づけたまま。


 ──どこまでも高く 夜空に広がる


 人差し指を一本立ててそれを頭上に、上で大きく手を振って、それに合わせて足も横にステップ。


 ──みんなの想いが 繋がりあって

 ──輝く絆が 星座になるよ


 上にある手をまた下に、大きく広げて。その間にもルネは観客たちに視線を向けていた。あちこちに視線を向けながら、にこりと微笑む。

 そして「星座になるよ」で人差し指を大きく星の形に動かした。


(よし、良いぞ。ここまで良い調子だ)


 ジローはルネのひとりきりのパフォーマンスを拳を握りしめて見守っていた。

 ルネの歌声に合わせて精霊の光が揺れるのがわかる。


(それで良い。そうやって、歌声に合わせて部屋いっぱいに広がるんだ)


 ルネのパフォーマンスを見ながら、部屋に集まった精霊の光が広がってゆくのをイメージする。精霊の光はどんどん増えていって部屋の中に満ちていた。


 ──心に灯る 夢を重ねて 挑む 未来へ

 ──一緒に歩む 視線の先は 希望の舞台


(そうだ、僕は導師さまと一緒に進むんだ!)


 踊りながら、ルネは身体中の血が沸き立つような気分を味わっていた。

 まだ幼い頃からいろんなことをやった、やらされた。でも何をやっても、どんなに優秀な成績を収めても、こんな気分になったことはなかった。

 こんなに心が燃えるようなのは、初めてのことだった。


 ──今 彩るステージで 感じる鼓動

 ──君にも届くと良いな 胸に鳴り響く


 前に向かって手を差し伸べるとき、ルネがちらりとジローを見る。目が合って一瞬、ルネは花開くかのように笑った。

 ジローは息を止めた。その一瞬が永遠のようだった。

 それは確かにファンサービスだった。アイドルのファンサービスを、ジローは受け取ったのだった。


 ──きっと このときめきから 始まる世界


(俺はこの世界で、またアイドルを推せる……!)


 ジローは涙ぐむ。

 アイドルは生きる希望だった。元気をくれる存在だった。きらきらとした夢の塊だった。

 それがこの世界にもいるのだ。そこにいて、歌って、踊って、きらきらと夢を体現している。

 それはジローにとって、涙が出るほどの感動と幸せだった。


 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 右手を大きく開いて頭上に掲げる「きらめきぼしのポーズ」で、一番が終わる。

 この頃には王族も招待客もアイドルの衝撃から回復してきて、これは何事かとそれぞれに囁きあうようになっていた。

 そのざわめきをものともせずに、ルネは『きらめきぼし☆』の二番を歌う。歌って、踊り続ける。たったひとりのステージで。


「あの、導師様、これは一体……?」

「精霊の祝福は……?」


 ルネの弟たちが、困ったようにジローに話しかける。ジローは振り返りもせずにルネに視線をやったまま小声で応えた。


「静かに。今はルネ王子のパフォーマンスを見ていてください」

「はあ……」


 弟たちは困ったように顔を見合わせた。

 それでも導師の言葉だった。大人しく黙って、兄の歌と踊りを見る。そして、こんな兄の笑顔を見るのは初めてだ、と気づいた。


 ルネは二番のサビも歌い終わり、ブリッジの部分に入った。

 ここでは振りの雰囲気も変わって静かになる。ルネの表現力が問われる箇所だ。


 ──変わりたい 変われない もがきながら それでも

 ──僕らは いつだって 進んでゆくんだ


(そうだ、僕は変わる。変われる! 導師さまがそれを僕に気づかせてくれた!)


 ルネは自分の感情を最大限に込めて歌い上げる。


 ──歩き出そう…… 今、今、今、今!


 そして、力強い「今」の連打。真っ直ぐに観客を指さす。あなたも変わるんだ、と気持ちを込めて。

 潤んでいたジローの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 そして、精霊の祝福の雨が降り注いだのはそれがきっかけだった。


 ──今 胸のときめき 感じてるでしょ?


 ルネの歌声とともに、ダンスホールにきらきらと輝く光が降り注ぐ。まるでルネを祝福するように。


 ──誰もが持ってるはずさ 眩しいくらいに


 王族も貴族も、またぽかんとして天井を見上げた。無数に降り注ぐ精霊の祝福に、手のひらを持ち上げて、信じられないものを見るかのように、ただ見上げていた。

 構わずに、ルネは歌い続ける。


 ──きっと このきらめきが 目指す先だよ

 ──僕らは 未来 飛び込んでく!


 そう、飛び込んでゆくように。

 ルネの歌声は確かにその場の貴族たちに届いていた。精霊の祝福とともに、貴族たちの心に染み入って、それは静かな興奮に変わった。


 そして歌は最後のサビに入る。


 ──今 彩るステージで 感じる鼓動

 ──君にも届くと良いな 胸に鳴り響く


 ダンスホールの中央で、全員を見回すようにくるりと回りながら、ルネは歌い続ける。声を届け続ける。


 ──きっと このときめきから 始まる世界


(アイドルの僕はここから始まるんだ!)

(王子は本物のアイドルだ!)


 ルネは笑顔で歌声を届け、ジローは泣きながら精霊の祝福を降らせる。それは完成された美しいパフォーマンスになっていた。

 精霊の祝福の光の中で、ルネは今本当のアイドルになっていた。


 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 最後の決めポーズを終え、ルネは肩で息をする。

 最初に拍手をしたのはジローだった。そして、その拍手につられて、会場のあちこちからぱちぱちと拍手が起こる。

 拍手の音はすぐに増えていって、最後には会場中が割れんばかりの拍手に包まれた。


 ルネのファーストライブは、成功を収めたのだった。



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