6 お披露目ライブ開催に向けて
お披露目ライブ開催のために、ジローにはまだやることがあった。
それはステージを用意して観客を集めることだ。アイドルはひとりだけ、歌うのは一曲だけ、伴奏もなしとはいえ、人を集めるにはそれなりの準備が必要だろう。
王族の人たちには見てほしい。できれば政治的な判断に関わる重要な人たちにも。それは今後のライブツアーのためだ。
ライブは一回成功したら終わりじゃない。国中に精霊の祝福を届けるために、ライブツアーはやらなくてはいけない。
それをまずは国の偉い人に認めてもらう必要がある。
どうすべきかとジローは悩んで、まずは以前にも対面で話したことがある大臣に相談することにした。
導師という立場で大臣との面会の約束を取り付け、導師として与えられた私室に大臣を迎え入れる。この私室は手前が人を招く応接室になっていて、奥に本当にプライベートな寝室がある。
なんならジローの家全部よりも、この私室の方が広いようだった。
「それで導師様、お話とはなんでしょうか」
大臣の言葉にジローはどう話そうかと迷いながら切り出した。
「まずは……ええと、精霊の祝福を国に広める方法がわかりました」
「なんと!」
大臣は驚いたあと、すぐに嬉しそうな顔になった。期待に満ちた目をジローに向けてくる。
「素晴らしい! さすが導師様です! して、それはすぐにでもできそうですか?」
「ええと、それがですね、その広める方法なんですけど、そのことで相談があります」
「なんでしょう! 精霊の祝福が戻るとなれば、できる限りのことはやってみせましょう!」
大臣が非常に前向きで、ジローは内心安堵した。国の危機が救えるのだから食いついてくれるだろうとは思っていたけれど、ここまで言ってくれるとは思っていなかった。
けれど、大臣のその態度も、ジローの話が進むにつれて険しくなってきた。
「精霊の祝福の鍵はルネ王子にあります。ルネ王子は常に、たくさんの精霊に囲まれている。そして、ルネ王子が歌って踊ることで、俺がその精霊たちを導けることもわかりました。
つまり、ルネ王子と俺とが国中の各地を訪れて、そこでルネ王子が歌って踊り、俺が精霊の祝福を導くことで、国中に精霊の祝福を送ることができます」
大臣は難しい顔で鼻の下の髭をひねった。
「つまり、王子に役者風情の真似事をしろ、と?」
「役者ではありません、アイドルです!」
「アイドル……?」
大臣は余計に難しい顔になってしまった。
ジローは唇を噛んで少し考えてから、また顔をあげる。
「アイドルというものがどのようなものか、そしてそれで本当に精霊の祝福を広められるのか、心配はあると思います。なのでまずは、この国の偉い方々を集めてもらって、その前で実際にやってみるのはどうですか? つまり、お披露目ライブってことなんですけど」
「ライブ……? ですが……しかし……ルネ王子はなんと? 引きこもっていた王子が、最近は導師様と一緒に何事かしているのは報告を受けていましたが……」
「ルネ王子はやる気です。アイドルに対して積極的に向き合っていますし、そのためのレッスンもしています。今度のお披露目ライブ……精霊の祝福の実演についても、準備は万端です」
大臣はしばらくの間、髭をひねって考え込んでいた。
頭の中で、国の危機を救う精霊の祝福、引きこもり王子が今度は役者の真似事をする、その事態を天秤にかける。
けれども比べる事象の二つはあまりにもかけ離れすぎていた。判断ができない。
国王陛下はなんとおっしゃるだろうか。
そして、大臣はついに判断を諦めた。
「残念ながら、私の一存では決めかねます。導師様のおっしゃること、一度国王陛下に上奏して、その上で決めていただこうと思いますが、いかがでしょうか」
いかが、と言われてもジローもこれ以上どうしようもない。頷くしかなかった。
改めて大臣に精霊の祝福を広める方法と、そのための計画を伝え、大臣から国王陛下に伝えてもらうことになる。
結果がわかるのは数日後と言われ、ジローはルネとのレッスンを続けながらもそわそわと待った。
そして五日後、大臣がまたジローの部屋を尋ねてきた。
「導師であるジロー様を国の重鎮に紹介する名目の宮廷舞踏会を開催いたします。参加者は国王陛下はじめ王族の皆様、それから要職につく貴族の方々」
その沙汰に、ジローはがっかりして俯いた。
ただの舞踏会では駄目なのだ。ルネをアイドルとしてお披露目する会でなくては。みんなが踊るのではなく、ルネのパフォーマンスを見せることができなければ。
内心を表情に出してしまったジローに、大臣は顔色も変えずに言葉を続ける。
「そして、その場で精霊を導くというそのお力を、実際に皆に披露していただくことになりました」
「え……」
ジローは顔をあげて大臣を見る。大臣はジローを見て、ひとつ、頷いた。
「そのお力を披露していただくこと、問題ありませんか?」
「それは……ルネ王子のパフォーマンスはどうなりますか?」
「ルネ王子が歌って踊ることが精霊の祝福に必要なのであれば仕方ない、とのご判断です」
「つまり……ライブができるんですね!?」
だん、とテーブルに手をついて、ジローは身を乗り出した。
大臣は少し怯んでから、頷いた。
「ライブというのが何かわかりませんが、ルネ王子が歌って踊ることが必要であれば、それを行っていただきたい」
「あ、ありがとうございます!!」
「感謝は国王陛下に捧げてください。詳細な日取りはまた連絡があります。準備などもあるでしょう。その手配も、何かあればお知らせください」
必要なことを告げて、大臣は部屋を出ていった。
残されたジローは、ルネのところに向かった。「先ぶれが必要です!」と追いかけてくる侍従を気にせずに走る。
ルネの部屋の侍従が戸惑いながらもルネに確認して部屋の扉を開けると、中に飛び込んで叫ぶ。
「王子! お披露目ライブができる! ファーストライブです!!」
広い部屋でひとり、振り付けの練習をしていたルネは振り向いて、それからジローに駆け寄ってきて一緒に喜んだ。
「やった! 僕、ライブができるんだ!」
二人でぴょんぴょんと飛びながら喜びあう。
ライブに向けてやることはまだまだある。
衣装を用意しなくては。パフォーマンスだって、もっと。
でも今は、二人でただただ喜びを分かちあっていた。
初ライブが決まって喜ぶ『きらめきぼし☆』のアイドルたちと同じように。
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