5 ライブに向けたレッスン

 ライブに向けてやることは決まっている。

 まずはルネの体力作り。三年ほど引きこもって暮らしていたルネは、体力がついていなかった。だからよく食べて運動して、体力をつける必要があった。

 それから、ルネが歌とダンスを最低でも一曲はマスターすること。

 そして最後に、ジローが精霊を導いて祝福を与えられるようになること。


 ルネは順調だった。


 毎朝のランニングと筋トレ、柔軟体操はジローも付き合った。ジローの方は元々農民の子で家の手伝いをしていたから、そのくらいはなんていうことなかった。

 ルネは最初のうちこそしんどそうにしていたが、それもすぐに慣れたようだった。

 何より、ジローと一緒にできることをルネはとても喜んだ。


「導師さまと一緒なら頑張れるよ!」


 まるで『きらめきぼし☆』の中のアイドルが言ってくれそうなセリフに、ジローは感動して打ち震えた。


 それから歌とダンス。

 ジローが前世の記憶で歌って踊って、それをルネが真似る。それを見て聞いてジローが間違っているところを指摘する。

 慣れないことにジローもルネも苦戦したけれど、それでもルネは歌とダンスをどんどん吸収していった。


 ──星屑の舞台で 重なる歌声

 ──どこまでも高く 夜空に広がる


 その曲の名前は『きらめきぼし☆』。ゲームのメインテーマソングにして、ステラプロダクションのアイドル全員で歌う全体曲。

 ステラ・アイドルプロジェクトを代表する曲だ。

 最初に歌うなら、やはりこの曲だろうとジローは考えて、選んだ。


 ルネは楽しそうに歌って踊る。ルネが跳ねると汗がきらきらと飛び散って、周囲の精霊の光もふわふわと揺れる。

 その姿に、ジローは確信を深めた。


(ルネ王子はやっぱりアイドルだ!)


 そう、ルネは順調だ。

 けれどジローの方は、何一つ進まなかった。


 ルネの周囲の精霊に話しかけてみたものの、反応はない。侍従の人に変な目で見られただけだった。

 強く念じてみたり、命令してみたり、色々考えては試すけれど、そもそも導くという感覚がわからない。何が祝福なのかもわからない。




 ルネは本当に順調だ。

 気づけば『きらめきぼし☆』を通しで歌って踊れるようになっていた。

 もちろん、まだ不完全なところはあるし、荒削りだけど、それでも一曲パフォーマンスできるようになったのだ。


 通しで歌って踊るレッスンをこなしているルネを前に、ジローは自分を不甲斐なく思う。

 そんなジローの脳内に、光人みとみとが現れて励ましてくれる。


 ──いっつも頑張ってるよな。そうやって頑張ってるの、知ってるからな。


 ジローはその言葉に励まされて気合いを入れ直した。

 こうやっていつも、前世のジローは励まされて元気をもらっていた気がする。だから頑張れた気がする。


 ──今 胸のときめき 感じてるでしょ?

 ──誰もが持ってるはずさ 眩しいくらいに


 ルネの歌はサビに入った。その声に反応してか、精霊の光が明滅して揺らめく。

 誰もが、のところでルネは右手を大きく前に差し出した。それに合わせていくつかの精霊の光が、ふわりと飛び立つように見えた。


 その瞬間、ジローには精霊の光がルネのダンスに反応して遠くまでゆく光景が見えた。

 ルネの歌声に乗って、どこまでも遠くに届くのがイメージできた。


(歌声に乗って……届け……!)


 そのイメージは、精霊にも伝わったようだった。ふわふわと漂うばかりだった精霊の光は、ルネを中心に広がってゆく動きを見せた。


 ──きっと このきらめきが 目指す先だよ

 ──僕らは 未来 飛び込んでく!


 ジローが精霊と無言の対峙を続けている間も、ルネの歌声は続く。

 気づけばもう最後のサビに掛かろうとしていた。


(ああ、祝福ってなんなんだ! なあ、あんたたちはルネ王子が好きなんだろう? だったらルネ王子に祝福をくれよ!)


 ジローのイメージが届いたのかどうか、ルネを中心に広がった精霊の光はルネの歌に合わせて瞬くと、きらきらと光の雨を降らしはじめた。


 ──僕らは


 ルネが息を呑む。歌声が止まった。


「この、光は……?」


 どうやらこの光の雨は、ルネにも見えているらしい。ジローが振り返れば、警護の騎士も驚いた顔をしていた。


「王子! 歌を止めないで! 最後まで!」


 ジローの言葉に、ルネははっと最後のフレーズを歌う。


 ──僕らは そうさ きらめきぼし☆


 最後に大きく開いた手を頭上に掲げる決めポーズ。その姿に降り注ぐ光の雨。警護の騎士が、呆然としたまま拍手をした。

 ルネは今まさにアイドルだった。


 そして、この光の雨が精霊の祝福なのだと、ジローにはわかっていた。

 王子の歌に乗せて、精霊の祝福を広げることができる。一度できてしまえば、そのやり方は容易くイメージできた。


 ルネが最後の決めポーズのまま、肩で息をして荒い呼吸を整える。

 表情は呆然として、降り注ぐ雨を見ていた。


「これが……祝福……」


 呟いてから、ルネは手を降ろしてジローに駆け寄ってきた。飛びつかんばかりの勢いで、ジローの手を握る。


「すごい! すごいよ導師さま! 本当に精霊の祝福ができちゃった! やっぱり導師さまはすごい! 僕を救ってくれたみたいに、きっと国も救っちゃうんだ!」


 ジローは、その場に崩れ落ちた。ルネが慌ててその顔を覗き込む。


「導師さま!?」

「だ、大丈夫。安心したら力が抜けて……でも良かった。これで、ライブができる……ルネ王子、あなたをちゃんとアイドルとしてお披露目できる」


 ジローの言葉に、ルネは最初はぽかんと驚いた顔をしていたけれど、すぐに笑顔になった。


「ライブ、頑張るからちゃんと見ててね、導師さま!」



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