4 ひとりじゃない
ジローの思いつき──ルネ王子をアイドルとしてライブツアーをすることで各地に精霊の祝福を届けられるかもしれない──は、大臣に顔をしかめられた。
それはそうだろう。
王子の移動となれば警護や世話係など大量の人間も一緒に移動することになる。しかも国内の各地にだ。王子が何を食べてどこで寝るのか、そういう手配だって必要になる。
必ずうまくいくと言い切れない状態で、頷けるものではなかった。
ライブツアーに必要なもの、それは王子が動くことによって精霊の祝福が得られるという確証。
そのためには──。
(ライブだ。城の中だけで良い。小規模なお披露目ライブ。その場で精霊の祝福を良い感じにできれば……できるのか?)
ジローは自分自身に問いかける。
これまで精霊の光を当たり前のように見てきたけれど、それを導くなんてやったことがなかった。自分でもできるのかどうかよくわかっていない。
弱気になりそうな自分を、脳内の
──一緒に頑張れるって良いよな。俺も頑張るよ!
(そうだ、俺はひとりじゃない。王子と一緒に頑張るんだ!)
ジローはひとり拳を握って、再度ルネ王子の部屋を訪れた。
部屋の中でまたうずくまっていたらしいルネは、ジローの姿を見てぱっと顔を輝かせた。その周囲には相変わらず溢れんばかりの精霊の光がふわふわと揺れている。
「導師さま! 良かった、アイドルのことわからないから、教えて欲しかったんだ! アイドルになるって、まずは何をすれば良いの?」
ルネはソファーから立ち上がって、ジローに駆け寄ってくる。
その前向きな姿に、侍従は驚いた顔で固まっていた。こんなに積極的なルネの姿は数年ぶりのことだった。
「はい、アイドルとしての今後のことを話しましょう」
ジローの言葉にルネはお茶の用意をさせて、ジローをソファーに案内し、向かい合って自分も座った。
今度は膝を抱えたりせずに、すらりと真っ直ぐに背中を伸ばしている。気品のある美しい姿だった。
(この王子様、ビジュアル値最高か……?)
艶めくルビーの瞳でふわりと微笑んで、ルネは首を傾けてジローの言葉を待つ。
ジローは落ち着くためにわざとらしく咳払いをして、それから話し始めた。
「では、早速……まずはお披露目ライブ開催を目指そうと思います」
「お披露目……ライブ?」
きょとんと、ルネは瞬く。不思議そうな顔。
「ライブというのは、観客を前に歌ったり踊ったり……パフォーマンスの発表の場です」
「そのライブというので、僕は歌ったり踊ったりすれば良いってこと?」
「はい。最初はお披露目として、観客は関係者……この場合王族や貴族の一部の方々限定の小規模なものを考えています。曲目も一曲で構わないと思います。まずはアイドルの姿を皆さんに見てもらうことを目指してください」
ルネは少しだけ考えるようにしていたけれど、やがてこくりと頷いた。
「んー……わかった。みんなの前で歌って踊る……頑張ってやってみるよ」
「はい。歌とダンスについてはレッスンしましょう。俺が教えます」
「導師さまが教えてくれるんだね。楽しみ!」
ルネはふふっと笑った。その笑顔に、ジローもつられて笑顔になる。
そして、やっぱりこの王子は他の人を笑顔にすることができる、アイドルだ、と考える。
「それに合わせて、俺の方も精霊を導けるようにならないといけないのですが……それは俺が頑張ります」
「精霊を導く……そうか、導師さまだものね。でも、それって僕がアイドルになることに、関係あるの?」
ジローは少し躊躇う。
この繊細な王子に、どこまで何を話してしまって良いのだろうか。全部話してしまっても、受け止めることはできるだろうか。
逡巡の末に、ジローは簡単に今見えていることだけを伝えることにした。
「精霊の祝福の力が弱まっていることはご存知ですか?」
「ああ……」
ルネは憂鬱そうな表情になって、目を伏せた。
「知ってるよ。でも、国王陛下や大臣たちが色々考えてるみたいだし、優秀な弟たちだって頑張ってるし……それに何より、そのために導師さまが呼ばれたんだよね。だったら大丈夫なんじゃないの?」
少し投げやりな口調が気になったけれど、ジローは構わずに話を続ける。
「そうですね、俺はそのために呼ばれました。
そして、ルネ王子、あなたの周りにたくさんの精霊がいることに気づいたんです」
ルネは顔をあげてジローを見た。驚きに目を見張っている。
「僕の周りに……精霊が……?」
「はい。それはもう、たくさん……」
ジローは一回言葉を切って、カップを持ち上げて紅茶を一口飲んだ。渋みが気持ちを落ち着かせてくれる。
小さく息を吐いて言葉を続ける。
「それでですね、ルネ王子、精霊が何を考えているのかはわからないのでこの表現が合っているかはわかりませんが、あなたは精霊に愛されている」
「愛されて……精霊に?」
「はい、常に周囲にたくさんの精霊が付き纏って、離れないくらいに。そのたくさんの精霊を国中に散らばせることができれば、精霊の祝福の問題は解決するんじゃないかと思ったんです」
「それって……」
ルネは、まだよく飲み込めていないという顔で瞬きをした。長いまつ毛が上下して、白い頬に影を作る。その影すら美しかった。
「いずれ、国中をめぐってライブツアーをやりましょう。そうやって、王子の傍にいる精霊の祝福を国中に届けるんです。そのためには、俺が精霊を導く必要がある。
最初のお披露目ライブは、その練習でもあります」
ルネはじっとジローを見ていた。ルビーの瞳がきらきらと輝いて、それからルネはふふっと笑った。
「ねえ導師さま、今も僕の周りには精霊がいるの?」
ジローは頷いた。見回すまでもない。この部屋は精霊に溢れている。
「はい、たくさん」
ルネは不思議そうに周囲を見まわした。ルネの瞳からは何も見えない、その何もない空間に向かって、笑顔で話しかける。
「ねえ精霊さま、お願いだから導師さまの言うことを聞いてあげてよ。それで、僕がアイドルになるのを見守ってくれる?」
その瞬間、ルネの周囲の光がさまざまに色を変えた。虹色に輝く光は美しく、中で微笑むルネを柔らかに彩っていた。
そう、まるでライブ会場のペンライトのように。
(うまくいく気がする……!)
こうして、ルネとジローはお披露目ライブに向けて、動き出したのだった。
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