3 精霊の祝福

 前世の『きらめきぼし☆』の記憶、第一王子ルネのアイドル宣言、初スカウト成功に盛り上がる気持ちとは裏腹に、ジローは別室へと連れて行かれた。

 そもそもジローが今日王城へ呼ばれて王族との謁見を賜ったのは、もちろん第一王子をアイドルにスカウトするためではなかった。


 豪奢な応接室でお茶などを出されて、ジローは落ち着かずにそわそわと周囲を見回す。

 ぽつりとどこかからはぐれたような精霊の光が、ふわりと浮かんで、そして天井の辺りで消えていった。

 ジローが王城に呼ばれて身綺麗にされたのは、こうしてジローに精霊の光が見えるからだった。


 扉が開かれ、ジローの親よりも年上だろう恰幅の良い男性が警護の騎士を連れて部屋に入ってきた。

 どうして良いかわからずにあたふたと腰を浮かせかけたジローを、その男性はにこやかな笑顔と手つきで制して、自分もどっかりとソファーに座る。

 そしてこの国の大臣の一人だと名乗った。


「はあ、あの、どうも……」

「そう緊張しないでください、導師様。むしろこちらから伺うべきところをこうして来ていただいているのですから」


 ジローは元々、小さな農村のどうってことない農民の子供だ。それが精霊の光が見えるとなって、王城に連れてこられて「導師」などと呼ばれるようになってしまった。

 こんな場には慣れてなくて、こういう時にどう受け答えすれば良いのかもわからない。

 前世の『きらめきぼし☆』の記憶を思い出したときの高揚感は、今はもうすっかり萎んでいて、呻き声に近い音を返事として出すばかりだった。


「それで、導師様。早速ですが我が国の現状についてお話ししましょう」

「ああ……その、はい」


 大臣は、立派な髭を撫でながらリヒシュタール国について語り出した。


 リヒシュタール国は、そもそもの興りから精霊と縁深い。精霊の祝福を受けた英雄が初代の王様だ。それはこの国の子供なら誰でも知っている御伽話。

 そして精霊は国の始まりからずっと、この国を見守り祝福を与えてくれている。国の豊穣と繁栄は精霊の祝福によるもの。

 それはずっと続く、はずだった。


 その異常はどうやら十五年ほど前らしい。最初は収穫高がわずかに落ちただけだったので、そうとは気づかなかった。

 けれどそこからずっと、収穫高は落ち続けている。


 ここ三年ほどは特にひどく、旱魃や洪水の被害も出ている。今までにないことだった。

 足りない分は国の備蓄から賄っているが、それもいつまで持つかはわからない。


「それで様々な話し合いの末、出た結論がこうです。精霊の祝福が失われている、と」

「精霊の……」


 ジローは先ほど見えた精霊の光を思い出して天井を見上げる。けれどもう、そこには精霊の光はない。


(王子の部屋にはあんなにたくさんの精霊がいたのに)


 大臣は小さく溜息をついてから、改めてジローを見た。


「この国には稀に、精霊の祝福の光を見ることができる者が生まれると伝わっています。そしてその者は同時に精霊を導く者『導師』でもある、と」

「俺が……その『導師』なんですよ、ね……?」


 ジロー自身は「精霊を導く」なんて考えたこともないし、できるかどうかもわからない。けれど精霊の光が見えるのは事実だった。

 大臣は大きく頷いて身を乗り出してくる。


「そうです。ですから導師様、精霊たちをお導きください。そうしてこの国を再び祝福に満ちた国に戻していただきたい」

「いや、それは……その……」

「よろしくお願いします」


 大臣が深々と頭を下げる。ジローは困ったように視線をうろうろさせて──大臣の後ろに立つ警護の騎士と目があったが、騎士は微動だにしなかった──おずおずと頷いた。


「何かできるかは分かりませんが、あの、頑張りますので……」


 ジローの言葉に、大臣はぱっと顔をあげ、笑顔でジローの手をつかんだ。両手で包み込むように。そしてぎゅっと力を込める。


「ありがとうございます……!」

「はい、あの……はい……」


 反応に困ったジローはもう一度天井を見る。さっきの精霊の光はどこへ行ったのか。


 確かにこれまで、ジローはたくさんの精霊の光を見ることはなかった。先ほどのように一つ二つ、ふわふわと頼りなげに浮かぶのを時々見かけるくらいだった。


(本当なら、あちこちにもっとたくさんの精霊がいるものなんだろうか)


 そう考えて、ついさっきその光景を見たなと思い出す。

 第一王子ルネの部屋だ。


 なぜかはわからないけれど、ルネの部屋には無数の精霊の光があった。

 あれがもっとあちこちに散らばってくれたら良いのに──。


 そう考えて、ふと思いつく。


「そういえば、十五年ほど前から始まったと言って……おっしゃってましたよね」


 ジローの質問に、大臣はソファーに座り直して頷いた。


「ええ、はい。収穫高が減ったのが、大体そのくらいからです」

「第一王子……ルネ王子は何歳……あの、えっと、お歳はおいくつでしょうか」


 唐突な質問に、大臣は不思議そうに瞬きをした。けれど導師であるジローの質問だからか、素直に答えてくれた。


「今年で十六になられました」

「ここ三年ほどでひどくなったと言っていましたよね。その頃ルネ王子は何をしてましたか?」


 ここまできて、大臣は訝しそうに眉を潜めた。


「精霊の祝福とルネ王子に何か関係が……?」

「いえ、あの……関係があると決まったわけではないんです。でも、もしかしたら解決方法が見つかるかも……」

「……であれば」


 大臣は落ち着くためか目の前のカップを持ち上げて、すっかり冷めてしまった紅茶を一口含んだ。それから静かに語り出す。


「三年ほど前から、ルネ王子は公の場にお立ちにならなくなりました。一日の大半を部屋に引きこもってお過ごしになるように……」


 精霊の光に囲まれてソファの上で膝を抱えていたルネの姿をジローは思い出した。

 そしてきっと、精霊はルネとともにあるのだ、と気づいた。


 ルネは精霊に愛されている。

 たくさんの精霊がルネとともにある。


 ジローの頭に天啓とも呼べるイメージが駆け抜けた。


 ルネが各地を巡れば、その身近にいる精霊も一緒についてくるのではないだろうか。

 そうすれば、各地で精霊の祝福が得られるのではないだろうか。


 つまりそれは──。


(ライブツアーだ! ルネ王子単独ライブツアー!)


 確証はなかった。

 けれどうまくいくと感じたのは、『きらめきぼし☆』のアイドルたちの姿を思い出したからだった。



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