2 第一王子ルネ・リシャール・ド・リヒシュタール

「アイドルになりませんか?」


 ジローの言葉に、リヒシュタール国第一王子ルネ・リシャール・ド・リヒシュタールはルビーの瞳を大きく見開いて、ぽかんとした表情のまま固まった。

 ジローの隣でも王子の侍従が、ぎょっとした顔のままジローを見て固まっている。


 それでも、前世の──『きらめきぼし☆ステラ・アイドルプロジェクト』の記憶を思い出したばかりのジローは興奮していて、自分が置かれている状況に頭が回っていなかった。

 ジローの胸にあるのは使命感──この少年の中にあるアイドルの可能性を開かせること、ただそれだけだった。


 ルネは何度か瞬きをして、それからようやく声を出した。柔らかな、心地の良い声音だった。


「え、あの……アイドル……って何?」


 ルネにとってそれは、ただ純粋な疑問だった。知らない単語を出された、だから聞いた、それだけのこと。

 けれどジローはそれを興味だと受け取った。


 この少年をスカウトしてアイドルになってもらう!

 この少年はきっと、素晴らしいアイドルになる!

 それこそ煌めく星のごとく!


 その気持ちを込めて、ジローは語り出す。


「アイドルというのは、ステージ……舞台で歌ったり踊ったり」

「舞台? お芝居の役者ということ? 街ではそういうのが人気だって聞くよ」


 ルネの言葉に、ジローは首を振った。


「ああ、いえ、時にはそういうこともしますが、ただ役者というだけではないんです。

 アイドルというのは、とにかく輝いている。見る者を惹きつける。そしてファンは……そうでなくても、アイドルを見ていると元気になれる。たとえ見なくても、その存在だけで心励まされる、そんな存在なんです!」


 拳を握って、ジローが熱く語る。その内容はよくわからなくて、ルネは眉を寄せた。

 ジローの隣で侍従がジローの言葉を止めようかどうしようかとあたふたしているのを、ルネは軽く手を振って「心配ない」と言外に示す。


「それで……そのアイドルが、どうしたっていうの?」


 ルネのつまらなさそうな声色に怯むこともなく、ジローは身を乗り出した。


「あなたに、アイドルになって欲しいんです!」

「僕が? 輝く? 惹きつける? 元気になれる? 僕なんかが?」


 ルネは綺麗な顔を歪めて、それからまた膝を抱えて顔を伏せた。


「無理だよ、僕なんかが。アイドルが何か知らないけど、あなたが話すアイドルに僕なんかがなれると思えない」


 拒絶されても、ジローは諦めなかった。

 だって『きらめきぼし☆』でも、スカウトは一度じゃうまくいかない。アイドル候補に何度も話をして、それでようやくアイドルという存在を、夢を、希望を、わかってもらうのだ。

 だからジローは話し続けた。『きらめきぼし☆』で読んだエピソードの言葉を。


「そんなことありません! 俺はあなたにアイドルの可能性を見ました!」

「適当なこと言わないでよ! あなたに僕の何がわかるんだ!」


 ルネが顔をあげてジローを睨みつける。その顔は、どちらかと言えば泣きそうにも見えた。苛烈な光を湛えたルビーの瞳が、ジローを映す。


「僕は何をやっても駄目なんだ! 政治だって勉強だって武術だって魔法だって、それ以外のなんでも! 全部弟たちに抜かされていった! 弟たちの方が出来が良い! 僕は何をやっても一番になれない! どれだけ頑張っても! 父う……国王陛下だって、僕に期待しなくなった! 僕にはなんの価値もないんだ! そんな僕に何ができるって言うんだ!」


 ジローはさらに一歩踏み込んだ。ルネはひぅっと息を呑んで背中をそらす。


「俺には見えました。あなたがステージの上で、たくさんの光を浴びて、たくさんの人を笑顔にする姿が」

「意味が、わからない……」

「今はわからなくても良い。でも、俺を信じてください。あなたはアイドルになれる。それもトップアイドルに!」


 視線を外すことなく真っ直ぐに、ジローはルネを見つめる。ルネはそこから目をそらせずに、呆然とジローの言葉を叩きつけられた。

 そのトップアイドル・・・・・・・という言葉を。


「トップ……一番てこと? この僕が?」

「そうです! あなたはトップアイドルになれる!」

「それって……」


 ルネは落ち着かない様子で視線をうろうろさせると、またジローを見た。


「あなたは導師さまで、精霊の光が見えているから? だから、そう思うの?」

「いいえ。精霊は関係ありません!

 ただ純粋に、俺はアイドルになったあなたが見たい! ステージできらきらと最高に輝いているあなたが見たい! あなたの中にはその可能性がある!!」


 ジローとルネはそのまま、睨み合うようにじっと見つめ合っていた。

 どのくらいそうしていただろう。ジローの隣で侍従が、どうしようかとオロオロしているうちに、ルネのルビーの瞳から、真珠のような涙がこぼれ落ちた。

 その涙を拭うこともせずに、ルネは口を開いた。


「ほ、本当に……僕はその、アイドルになれる? 一番になれる?」


 ゲームの中でもそうだった。最初は訝しんでいた光人みつひとは、プレイヤーキャラクターの真摯な言葉に心を動かされたのだ。

 そして、その結果、アイドルという大きな夢をプレイヤーと共有する仲間になったのだ。

 そんなアイドルとの絆に、前世のジローは感動したのだ。


 ジローはさらに身を乗り出して、大きく頷いた。


「俺があなたをトップアイドルにしてみせます!」

「トップ……一番の、アイドル」


 呆然とつぶやいたルネの頬を涙が伝って、顎の先から落ちた。

 それをきっかけに、ルネは動き出した。自身の袖で涙を拭って、ソファーから立ち上がって、ジローを真っ直ぐに見返した。

 周囲には精霊の光がいっぱいに漂っていて、ジローにはその姿が眩しいくらいだった。


「アイドルが何かはまだわからないけど、僕なんかでも一番になれるっていうのなら……やってみる。

 僕、アイドルになるよ!」


 きっぱりと宣言するルネのその姿は、ゲームのスチルイラストと同じくらいに綺麗だった。そしてそれと同じくらい──いや、それ以上にジローは感動していた。

 ジローがスカウトして、ルネがそれに応えてくれた。ルネはゲーム内の光人みつひとのように、ジローの言葉に心を動かしてくれた。

 そして、一緒にアイドルを目指してくれる。


 ルネのアイドル活動を想像して、ジローは表情を緩めて大きく頷いた。


「はい! 一緒に頑張りましょう!」


 その一言も『きらめきぼし☆』のエピソードの中でプレイヤーキャラクターがスカウトしたアイドルに言った言葉だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る