きらめきぼし☆ 国を救うためにネガティブ引きこもり王子をトップアイドルにプロデュース!
くれは
第一章 今 響くメロディー
1 『きらめきぼし☆ステラ・アイドルプロジェクト』
部屋の扉が大きく開かれ、ジローは中へと促された。慣れない状況に、ジローは少し落ち着かない気持ちで頭を下げて、中に入った。
その広い部屋は拳大ほどの、ふわふわと漂う光に満ち溢れていた。
それは、ジローにだけ見える精霊の光だった。
(それにしてもずいぶん多い)
ジローは部屋の中の精霊の光を眺めまわす。
これまでジローは、一つ二つの光が儚く頼りなげに浮かんでいるものしか見てこなかった。だから精霊というのは滅多にいない、珍しいものだと思っていた。
だというのに、この部屋の精霊の光は数えきれないほどに溢れている。
その光に囲まれて、ジローと同じ年頃の少年──青年と呼ぶには幼なげな──がひとり。ソファーの上で膝を抱えてうずくまっていた。
造り物めいて綺麗な白磁のかんばせに、金糸の髪が柔らかく落ちかかって影を作っている。長いまつ毛が持ち上がって、その下の濡れたように輝くルビーの瞳がジローにも見えた。
そして、その瞳がジローの姿を捉えて、不安そうに揺れる。
その瞬間。
ジローの脳裏に記憶が蘇った。
きらきらのステージ衣装を着た黄色い髪の青年がウィンクしている姿。
(これは……
一つ思い出せば、あとの記憶も繋がってどんどんと溢れ出してきた。
それは、ジローの前世の記憶だった。
みとみとの名前は
男性アイドル育成ゲーム『きらめきぼし☆ステラ・アイドルプロジェクト』の登場キャラクター。
ステラプロダクションに所属するルミナリーエコーズという男性アイドルユニットのメンバー。
ルミナリーエコーズというのは三人組のユニットだ。
センターは元気で直情型のはるたんこと
春太はダンスが得意で、響は歌、光人はダンスも歌も二人には敵わないけどその分をサービス精神で補っていた。
そんなバランスの取れたユニット。そのキャラクターのイラストが、物語が、ジローの頭を駆け巡る。
(そうだ、みとみと……みと兄! 俺はみとみとを推してたんだ!)
光人は面倒見が良いキャラクターだった。春太と響よりも少し年上で、だからユニットでいるとお兄さんぽい振る舞いが多い。
けれど実は誰よりも寂しがりやだ。だから頼られると嬉しくて頑張ってしまう。
そして時々、プレイヤーキャラクターのプロデューサーにだけ、寂しそうな顔を見せて甘えてくる。そんなキャラだったのだ。
ステージに立った光人は、パフォーマンスに懸命で、堂々として見えて、きらきらと輝いて、みんなに笑顔とウィンクと幸せをばら撒く。
それは何度だって、前世のジローを元気にしてくれた。
前世の記憶は止まることなく溢れてきた。
けれど思い出すのは『きらめきぼし☆』のことばかりだった。ジローは、前世で自分が何者だったのか、その名前すら思い出せない。どうやって死んだのかもわからない。
ただただ、『きらめきぼし☆』のアイドルたち、特に光人の思い出ばかりが溢れてくる。
歌を聞いて元気をもらったこと。ゲームに夢中になって、光人の限定カードのために課金したこと。グッズをたくさん買ったこと。他のファンとグッズ交換したこと。
ライブにだって行った。ジャンルがジャンルだから女性ファンの方が多かったけど、前世のジローのような男性ファンだってそれなりにいた。
そして前世のジローはライブの光景に感動して、泣いたのだった。
(もしかしたら俺は『きらめきぼし☆』に人生を救われたのかもしれない)
前世の自分に何があったのかは思い出せない。でも、そんな気持ちは確かに思い出せた。
脳内に曲が流れ出す。『きらめきぼし☆』のアイドルたちの曲だ。
アイドル全員で歌う全体曲は、華やかで歌声に厚みもあって、何度聞いても楽しい曲だ。
もちろん
ソロ曲だって良い。光人のソロ曲は優しさの中に寂しがりやな面をわずかに覗かせて、光人らしい良い曲だった。
春太や響のソロ曲も良かった。それぞれの曲を聞くと、それぞれのメンバーの持っている思いや世界が見えてくるのだ。そうすると、ユニットメンバーの関係性ややり取りがより深みを持って感じられる。
(尊い)
曲を聞くたびに、ジローは何度だって思うだろう。
CD購入特典のユニットメンバーが描かれたアクリルキーホルダーもとても良い出来だった。前世のジローの部屋の一角には「きらめきぼしコーナー」があり、そこに飾ってあった。
アクリルスタンド、缶バッチ、キーホルダー、ポストカード、コースター、ステッカー、タオル。好きになればなるほどグッズは増えていった。それを飾りつけるのは前世のジローの楽しみだった。
部屋のきらめきぼしコーナーを眺めていれば元気になれた。
そう、前世のジローはいつだって、
ジローは、ゲーム画面内で笑って手を振ってウィンクするアイドルたちの姿を思い出す。
朝晩の、季節の挨拶をしてくれる声。メンバーの誕生日にはお祝いするし、特別エピソードだって読めた。
前世のジローの誕生日をアイドルたちはお祝いしてくれた。特別ボイスは何度も聞いた。
ゲームのストーリーだって何度も読んだ。
スカウトされたばかりで集められた三人。春太と響は性格の違いもあってなかなか打ち解けられなかった。そしてついには喧嘩になってしまう。
光人はそんな二人をなんとかしようとして、でも歌もダンスもなかなか上達しないことを言われて、結局は三人で言い合いになるのだ。
三人で思うことを言い合ってわかったのは、春太が響の歌を認めていること。響は自分が春太みたいに踊れないことを気にしていること。そう、響が意外と不器用でウィンクができないことがわかるのも、このエピソードの中でだった。
そして光人は「俺は歌もダンスも二人みたいにできないけど」と言って、二人の良いところを認めて、三人はここからスタートした。
そうやってデビューしたのが
そうやって、いつも春太と響の心配をしながら、二人へのコンプレックスも抱えつつ、だから自分にできる精一杯をとファンサービスを頑張るのが光人というアイドルだった!
ソファーの上でうずくまっていた少年が、ゆっくりと顔をあげた。
その憂いを帯びたルビーの瞳。そのきらめきがジローの姿を捉えた。その表情。
(みとみとだ)
光人に特別似ていたわけではない。
けれど、前世の──『きらめきぼし☆』の記憶を思い出したジローの目には、光人と重なって見えた。
ゲームの中で、アイドルとしてスカウトするときのスチルイラスト。その寂しそうな瞳をした光人に。
少年の周囲には、相変わらず精霊の光がいっぱい瞬いている。
ジローの目に、その光がまるでペンライトの光のように見えた。ライブ会場で見た、無限に広がるかのようなペンライトの星空。
その、揺らめく光。
そのペンライトの光の揺らめく中で、その少年がパフォーマンスする姿が見えるようだった。
だからそれは、ジローにとってはとても自然な思いつきだった。
(ああ、彼はアイドルになる人間だ)
今、ジローの目の前にいるのはアイドルの卵だった。
自分の可能性にまだ気づいていない、自分の進むべき道に迷っている、でもそれを自分で切り開いて進むことができる、そして周囲に笑顔を届けることができる、アイドル。
ジローの脳内で光人のスカウトシーンが再生される。何度も見たエピソード。ジローは息を吸い込んで、口を開いた。
何を言うべきかは、わかっていた。
「アイドルになりませんか?」
それは、プレイヤーキャラクターがゲーム内で光人をスカウトしたときの言葉。
精霊の光に囲まれた少年は、目を見開いてジローを見た。
ジローがアイドルにスカウトしたその少年は、リヒシュタール国第一王子ルネ・リシャール・ド・リヒシュタールだった。
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