本編

 夕暮れは公園を朱く照らす。

 時計は十八時を指している。

 いつもならとっくに帰っている時間だ。

 しかし今日はまだ公園のベンチに座っている。

 それはきっと、お父さんとお母さんの仕事の帰りが遅いからだ。

 いま帰ってもまだ誰もいない。家に一人きりでいるのはひどく退屈だ。

 けれども、公園に一人きりというのも、別段楽しいわけではない。

 ただ、落ちていく太陽と伸びた影、そして蝉の鳴き声を聞きながら、ぼーっとしているだけだ。


「あのー」


 不意に後ろから声がかけられた。思わず肩がびくりと揺れる。

 おそるおそる後ろを振り返ると、和服姿の男が立っていた。腰には小さな刀のようなものを携えている。

 その姿はまるで大河ドラマに出てくる人みたいだった。


「こ、コスプレですか?」


 その問いかけに男は首をひねった。


「コスプレ、というものがなにかは存じ上げませんが、探し物をしておりまして。もしよろしければ、手伝っていただきたくございます」


「は、はあ」


 曖昧に頷く。すると、男ははっとする。


「申し訳ございません。自己紹介がまだでしたね。それがしは、えーっと、弥兵衛と申します。飛脚をしております」


「比較?」


 学校の授業で比べることと習った。おそらくお仕事のことであろうが、頭の中でなかなか結びつかない。

 じーっと弥兵衛さんを見てみる。もしかすると、昔の人になりきって、昔の仕事を言っているのかもしれない。帰ったらお母さんに聞いてみることにしよう。


「私は芽依。小学二年生よ」


 弥兵衛は首を傾げた。


「小学二年生。不思議な言葉ですね。いや、言葉だけでなく、この場所自体もなにやら江戸の町とは違って奇天烈だ。それに、なんとなくそれがし自身の記憶もあやふやだ……」


 なにやらぶつぶつと呟く弥兵衛。きっと、考え込んでいるのだろう。彼は探し物をしているのだから。


「私も探し物手伝うよ」


 ぐっと拳を握ってそう宣言した。すると弥兵衛の顔がぱっと明るくなった。


「ありがとうございます」


「それで、探し物ってどんなものなの?」


 弥兵衛さんは顎に手を当てた。


「なんとなく、そのあたりが曖昧なもので。おそらく木製の箱だったと思うのですが」


 弥兵衛さん自身があまりちゃんと覚えていないというのは、不思議な話だ。だが、その特徴であれば見つけるのは容易だろう。

 

「どのあたりに落としたとか分かる?」


「落としたのかも定かではないのですが、このあたりで失ったのは間違いありません」


 つまり、この公園内が有力な候補になるわけだ。

 そうして私と弥兵衛さんでの捜索が始まった。公園の隅から隅まで念入りに確認する。しかし、お目当ての木製の箱は出てこない。


「誰か持って行っちゃったのかなあ」


「それは、非常に困りますね」


 弥兵衛産は焦った顔をした。


「中にはなにが入っているの?」


「手伝ってもらっている以上、それは伝えないとですよね。実は、小判が入っているんです。得意先へ届ける必要がありまして」


 小判。聞いたことがある。昔のお金のことだ。なるほど、ドラマで使うのだろう。後半はあまりなにを言っているのかよく分からなかったが、見つけなきゃいけないものであることは間違いないようだ。

 さて、あと調べていないところは。ふと、公園の一角に目が止まる。そこには砂場があった。


「もしかして」


 私は一目散に砂場へ行くと、置いてあったプラスチックの子供用スコップを使って地面を掘り出した。もしかしたら、誰かが埋めてしまったのかもしれない。

 掘り進めていくと、がつっと何かに当たった。

 スコップを放り投げ、手を伸ばす。そしてため息をついた。

 その正体は枝だった。誰かが埋めたのだろう。その後も掘り起こしてみたがとくになにも見つからなかった。


「ごめんね、弥兵衛さん。どこにも見つからないみたい」

 

「いえ、芽依殿。ありがとうございました。もう少しそれがしでこの辺りを探してみようと思います」


 そう言って微笑む弥兵衛さんの姿に、胸が痛くなった。きっと、とても大事な物なのだろう。だからなんとしても見つけてあげたい。


「ねえ、改めてなくしたときのことを詳しく教えてよ」


「そうですねえ。なぜだかまだはっきりと思い出せないんですが、覚えている範囲でお話しします。あれは夜、すでに日が落ちていた時間帯だったかと思います。私は送金の仕事を請負い、木製の箱を運んでいました。けれどもそれがいつの間にかなくなってしまったんです。なくなるまでになにがあったかという部分がひどくおぼろげなのですが」


 いつの間にかなくなってしまっていた。

 考えられる可能性としてなにがあるだろうか。

 運んでいるのはお金。そうすると、取られることだってあるはずだ。


「もしかすると、気づかぬうちに取られちゃったのかな」 


「さすがに取られたら気づくとは思いますが……」


「うーん。後ろから近づいて不思議な力で眠らせて、しゅっと盗んじゃうとか、できるはずないか」


 自分で言ってみて、その可能性のなさに気づく。

 アニメの世界ではあるまいし、そんなことができるわけがない。

 一体全体どこにいってしまったのだろうか。頭を抱えながら、ふと弥兵衛さんに視線を向ける。彼はひどく強張った顔でなにやらぶつぶつと呟いていた。


「大丈夫?」


「あっ、あー。なんとなく記憶が戻りそうでして」


「そうなんだ。それはよかった。結局、木製の箱はどこへいってしまったの?」


「それは、芽依さんの考えたとおりです。取られてしまったんです」


 苦々しい顔で弥兵衛は呟いた。


「それは大変。早く取り返しに行かないと」


 私は拳を握り、走れる体勢を整える。


「それは無理です。」


 しかし、弥兵衛さんはそんな私を止める。


「もう間に合いません」


 すでに盗まれてから時間が経ってしまったということか。

 だが、それですぐに諦めることはできない。


「取った人はどんなだったかとか分かる?」


「背後から近寄られたので顔をしっかり見たわけではないです。ただ、悪人のような声でした。それから、その手にはなにかが握られていて……」


 弥兵衛さんは頭を抑える。完全に思い出すまであと少しというところなのだろう。

 しかし、私は考えすぎて頭が疲れてきた。どすんと地面に腰を落とすと、何の気なしに空を見上げる。いつの間にか、赤みがかっていた空は夜の訪れによって黒と綺麗なグラデーションを描いている。


「まるで切り取っちゃいたいくらいの空だな」


「切る……。そうか。あー、そう、だったのか」


 弥兵衛さんが後ろで小さくなにやら呟いた。それは少し悲しそうな声音だった。もしかすると、沈んでいく太陽を見て、淋しさを感じているのかもしれない。

 私はしばらくぼーっと太陽を眺めていたが、まだ弥兵衛さんの問題はなにも解決していないことを思い出した。


「あのさ、弥兵衛さん」


 ぱっと後ろを振り返る。だがそこには誰もいない。

 急いであたりを見渡す。しかし公園内には私以外誰もいない。

 もしかしたら、なくしものが見つかったのかもしれない。それで、家へ帰ったんだ。そうだ、きっとそのはずだ。

 私はそう心の中で考えた。

 不意に風が吹いた。夏だというのに、その風はひどく冷たく、背筋をぞくりとさせた。


「あっ、早く帰らないと」


 私は一目散に公園を飛び出し家に帰った。


 これはあとから母に聞いた話なのだが、飛脚とはかなり昔の人のお仕事だったようである。

 それはつまるところそういうことなのだろうか。そして、私はしばらくあの公園に遊びに行けなくなってしまった。

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冥途の飛脚さん 緋色ザキ @tennensui241

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