【KAC20241/20241+】真・デジタルストームトルーパー 蒼龍

下東 良雄

First Digital Crisis

 蒼龍チンロンには三分以内にやらなければならないことがあった。

 日本政府が管理する超高性能汎用AI『SAKURAサクラ』を守るために、新種のウイルス『BUFFALOバッファロー』をサーバー上から駆除することだ。


 AIが国や地域によって管理され、様々な分野で活用されるようになり、市民にとっても生活の身近なパートナーとなった近未来。突如事件が起こる。

 最初に事件が起こったのはアメリカだった。汎用AI『EAGLEイーグル』、学術用AI『OWLオウル』、軍事用AI『HAWKホーク』のすべてが突然沈黙。AIの根幹とも言えるデータベースとそのバックアップ、さらに思考エンジンまでもがクラッキング破壊された。その翌週、EUの汎用AI『BULLSEYEブルズアイ』も同様にクラッキング破壊されたため、東側諸国によるサイバー攻撃かと世界大戦勃発の危機に世界中が震撼する中、ロシアの汎用AI『GREATグレート BEARベア』と中国の汎用AI『REDSTARレッドスター』も同様にクラッキング破壊され、全世界が大混乱に陥った。それは市民生活にも大きな影響を及ぼし、生活インフラや交通機関などの多くが麻痺。AIに頼り切りだった現状がリスクとして浮き彫りとなった。


 その後、人間思考原理主義の反AI団体『HUMANITYヒューマニティ』が新種のコンピュータウイルス『BUFFALOバッファロー』を用いて、AIをクラッキング破壊したとの犯行声明を出した。同時に、この世界からAIを駆逐するための闘争開始を宣言。

 『HUMANITYヒューマニティ』は以前から、人間から思考することを奪うAIは、文明の進化を手助けしても、代償として人間を退化させる「堕落の悪魔の権化」だとして、この世界に不要なものだと主張。世界中にその主張と同調する多くの信奉者を抱えることになった。

 当初はカルトの一種として見られていたが、今回の事件と闘争宣言により、テロ組織と各国政府が認定。デジタルテロリストの代名詞となる。

 そして、主要国においては最後に残った日本の超高性能汎用AI『SAKURAサクラ』を破壊すると犯行予告を行った。


 世界中のサイバーセキュリティに携わる企業は『BUFFALOバッファロー』の解析と駆除を試みたが、そもそもこのウイルスは存在が確認できても、ウイルスとして検出ができなかった。さらに、ファイアウォールサーバーの防護壁クラッキング破壊ポートの強制開放侵入経路の確保を試みる亜種も発生し、手に負えない状況に陥っていた。

 既存のセキュリティでは、サーバーの電源を落とす以外に対応する方法がない状況なのだ。


 窮地に陥った日本政府は、あるひとりの男に『SAKURAサクラ』の運命を託すことを決断。

 国籍不明でダークウェブ闇のインターネットの住人だが、悪事などには加担せず、逆にサイバー犯罪やネットを利用した性犯罪などを次々と駆逐。ネット上では「デジタルストームDigital Stormtrooperトルーパー」と称されている凄腕のホワイトクラッカー正義の破壊者蒼龍チンロンである。


 日本政府の要請を受け、蒼龍チンロンは『BUFFALOバッファロー』の対策と解析、駆除を試みることを約束した。

 そして今、『SAKURAサクラ』の管理センターに蒼龍チンロンはやって来ていた。


 十代の少年に見える蒼龍チンロン

 黒髪のセンターパートで、ごく普通の高校生のように見える。

 その横には、メイド姿で長い黒髪の美しい女性の姿があった。

 蒼龍チンロンは、その女性を『マリア』と呼んでいた。


「マリア、サポートを頼む」

「イエス、マスター」


 『SAKURAサクラ』の管理コンソールディスプレイとキーボードを前に、椅子にギシリと座る蒼龍チンロン。まるで、ピアノを弾くかのようにキーボードを叩いていく。


「……センター長さん」

「は、はい!」

「もう『BUFFALOバッファロー』が感染しているよ、これ」

「えっ!?」

「今は休眠状態で、実行状態になれば……」


 真っ青になるセンター長。

 五十代くらいだろうか。少ない髪の毛がはらりと落ちる。


「マスター、ファイアウォールサーバーの防護壁には侵入・通信のログ履歴情報は確認できません」

「だろうな」


 一瞬悩む様子を見せた蒼龍チンロン

 そして――


「マリア、プランCだ」

「イエス、マスター」

「絶対無理はするな。侵食率90%でパージ切り離ししろ」

「イエス、マスター。私はマスターを信頼しています」


 蒼龍チンロンは、フッと笑う。


「責任重大だな……センター長さん」

「はい!」

「これ以降、誰も管理コンソールに触れさせるな」

「わかりました。全員、管理コンソールには触れるな!」


 センター長の大声に、その場にいる関係者たちが頷く。


「三分で決着をつける。やるぞ、マリア!」

「『SAKURAサクラ』へのログイン侵入レディ準備完了


 Enterキーを叩いた蒼龍チンロン


「いくぜ!」


 蒼龍チンロンとマリアの侵入を察知した『BUFFALOバッファロー』が実行状態へと移行。無数の『BUFFALOバッファロー』が『SAKURAサクラ』を侵食していく。


「マリア!」

「イエス、攻性ファイアウォール『OROCHIオロチ』、防性ファイアウォール『AMANOIWATOアマノイワト』を展開」


 特定のディレクトリデータ保存階層内に展開可能な蒼龍チンロン独自のファイアウォール防護壁だ。

 『OROCHIオロチ』は、通過・破壊を試みようとするファイルを解析・破壊し、『AMANOIWATOアマノイワト』は、展開しているディレクトリデータ保存階層外へ影響を及ぼそうとするファイルを封じ込める役割を持つ。


 しかし、『OROCHIオロチ』と『AMANOIWATOアマノイワト』を潰そうと突進する無数の『BUFFALOバッファロー』は、さながら全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのようだ。その様子がヴィジュアライズ映像化され、大型ディスプレイに映し出される。

 『OROCHIオロチ』と『AMANOIWATOアマノイワト』に群がる無数の『BUFFALOバッファロー』は、巨象に群がり食い尽くそうとする軍隊アリの大群のようにも見え、その様子に管理センターの関係者たちは言葉を無くし、絶望した。


「マスター、『BUFFALOバッファロー』の急激な増殖を確認。『OROCHIオロチ』と『AMANOIWATOアマノイワト』が突破される可能性があります。クロックアップ電圧向上のご許可を」

「一分間のクロックアップ電圧向上を許可する。リミットは1THzテラヘルツだ」

「イエス、マスター。クロックアップ電圧向上実行。残り60秒」


 マリアのクロックアップ電圧向上により、『OROCHIオロチ』と『AMANOIWATOアマノイワト』の処理能力が向上。『BUFFALOバッファロー』を押し戻していく。


「おぉ!」


 関係者たちから歓声が上がる。


「マリア、五秒後にプランC始動」

「イエス、マスター。『AMANOIWATOアマノイワト』の13番ポートを開放します」


 ざわつく関係者たち。


ファイアウォール防護壁に穴を開けてどうするんだ! それでは『SAKURAサクラ』に『BUFFALOバッファロー』が!」

「黙れ! もう感染してんだよ! マリア、やれ!」

「イエス、マスター。13番ポートを開放」


 ファイアウォールに空いたたったひとつのポートに無数の『BUFFALOバッファロー』が詰めかける。

 ファイアウォールを突破した『BUFFALOバッファロー』が『SAKURAサクラ』のデータを次々に破壊・改ざんしていく。

 関係者はただそれを見守ることしかできなかった。


 しかし、蒼龍チンロンはそれに一瞥もくれず、目の前のディスプレイを見つめながら、凄まじい速さでキーボードを叩いていく。


 大型ディスプレイに映し出された『BUFFALOバッファロー』によるデータ破壊・改ざんのログ履歴情報が、滝の如く流れていく。すでに10万ものデータが破壊・改ざんされている。その勢いは衰えることを知らない。


「マリア、59178番ディレクトリデータ保存階層だ!」

「イエス、マスター……画像ファイルより新たなウイルスの射出を確認」

「画像ファイルから!?」

「ウイルスをアナライズ解析……アンブッシュ奇襲・迎撃型と判明、破壊クラックします」

「画像ファイルを解析できるか?」

「画像ファイルをアナライズ解析……パターン未一致、解析不能。新たなウイルスの射出を確認……アナライズ解析……クラック破壊……ウイルスの射出を確認……」

「オレがやる。もう少しだけ耐えてくれ」

「イエス、マスター。クロックアップ電圧向上、タイムリミットまであと10秒」


 にやっと笑う蒼龍チンロン


「十分だ」


 凄まじい速さでキーボードを叩いていく。


「なるほど、はるか昔に流行った偽装FAKEファイルが『BUFFALOバッファロー』のコア本体か……検出できないわけだ。アナライズ解析開始」

「あと5秒、『AMANOIWATOアマノイワト』が開きます」

アナライズ解析完了。ワクチン作成開始」

「3、2、1」

「ワクチン実行!」


 ターンッ


 蒼龍チンロンはEnterキーを叩いた。

 シーンとする管理センター。


 大型ディスプレイには、侵食の止まった『BUFFALOバッファロー』が次々と駆除されていく様子が映し出されている。


「やったー!」


 関係者たちが歓声を上げた。

 蒼龍チンロンが対応を開始してから、ワクチンの実行まで73秒。蒼龍チンロンとマリアの能力が如何に高いかが伺い知れる。


 しかし――


「あははははは! すでに250万ものデータを破壊している! ほんの一部であってもAIとしての機能は不全に陥るだろう! 我々の勝ちだ! 何が蒼龍チンロンだ!」


 大声を上げたのは、副センター長だった。

 彼は『HUMANITYヒューマニティ』の一員だったのだ。

 勝ち誇る副センター長を見て、悔しそうな表情を浮かべるセンター長や関係者たち。まさか仲間が犯人だとは思っていなかったのだろう。


 しかし、蒼龍チンロンは笑みを浮かべていた。


「破壊されてないよ」


 そんな蒼龍チンロンをあざ笑う副センター長。


「あのログ履歴情報を見ろ! 間違いなく破壊されて――」

「『SAKURAサクラ』は無事だ!」


 管理コンソールを操作するセンター長が叫んだ。


「えっ?」


 理解できない副センター長を蒼龍チンロンが睨みつける。


「『BUFFALOバッファロー』が破壊したのは、マリアのメモリ内のデコイおとりデータだ。13番ポートはマリアに直結している。IPアドレスネットワーク上の住所も重複偽装して『SAKURAサクラ』と同じにしてある」


 副センター長はバッとマリアを見る。


「メモリ内のウイルス駆除完了。クロックアップ電圧向上による過剰な発熱の排熱と強制冷却を実行」


 手の甲の部分が持ち上がり、排熱口が露出した。


 プシュー


 体内の熱を強制的に排出するマリア。


「ア、アンドロイド……こんな精巧なアンドロイドが存在するなんて……」


 驚き、膝から崩れ落ちる副センター長。

 関係者たちが副センター長を拘束した。


 椅子から立ち上がる蒼龍チンロン


「マリア、大丈夫かい?」

「イエス、マスター。いつも優しいお言葉をかけていただき感謝します」

「よし、帰ろうか」


 管理センターを出ていくふたり。


「全職員の徹底的な身元調査をした方がいいですよ」


 蒼龍チンロンは、センター長に言葉をかけた。

 『BUFFALOバッファロー』は、副センター長の手で感染させられていたのだ。

 仲間を疑わなければいけない事態に、センター長は悔しそうな表情を浮かべながらゆっくりと頷いた。


 管理センターから出てきた蒼龍チンロンとマリア。

 ふたりは車に乗り込み、そのままいずこかへと消えていった。




 これが蒼龍チンロンと『HUMANITYヒューマニティ』との長きに渡る戦いの始まりだった。



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