ニューヨーク1942年
1942年2月のニューヨークには、雪が降っている。
ニューヨークの象徴、グランドセントラル駅にも雪が降っている。
トレインシェッドの屋根に覆われた線路と乗り場がいくつも平面に並んでいる真ん中から、機関車が煙を吐いて出て行く。
機関車が出て行くと、向こうの乗り場のベンチに若い男と初老の女が座っている。初老の女はハンカチで目頭を押さえている。
「どうしても行かなきゃいけないのかねぇ? コロンビア大学のエライ人に頼んで、ニューヨークの近くにしてもらえないのかねぇ?」
若い男は、イライラした顔で初老の女を見る。
「そんなの無理だよ。ママ。何回も話したろ? 戦争が始まったんだよ。ほんとに始まっちゃったんだ。大学からどんどん人がいなくなってるよ。ボクは戦争大嫌いだけど、若い男は戦争に行かなきゃいけないんだ」
ママがハンカチを目頭に当てた。
「わかってるよー。わかってるけどさー」
若い男は感情をやわらげる。
「だけどさ、ぼくは海軍の日本語学校で日本語を学べるんだよ。お金もらって外国語を学べるんだよ。こんなステキなことはないだろ? 誰でも入れる学校じゃないんだよ」
「そうよ。ドナルド。お前は自慢の息子。フランス語もスペイン語もできるし、16歳でコロンビア大学に入って19歳で卒業して今は大学院だし、そんな19歳の大切な息子が、、、ローリーも死んじゃって、パパも出ていって、あたしには、もうお前しかいないのに、、、」
ママがまたハンカチを目頭にあてて、今度は声を上げて泣き始めた。ドナルドは一層困る。
二人の目の前に機関車が止まった。客車から軍服を着た兵士が2人降りてくる。ママが彼らを凝視している。
「可愛い可愛いおまえが、あんな野蛮な服を着せられて戦場に立たされるなんて、、、」
「(苦笑)だいじょぶだよ。ママ。日本語ができる兵隊は貴重だから、前線には出されないよ」
ママの顔は涙でドロドロになっている。
「でも、戦場には行くんだろ?」
「戦闘が終わったあとにね。だから、だいじょぶ」
ママがドロドロの顔でドナルドを見つめる。
「だいじょぶなのかねー。心配だねぇ」
機関車が煙りを吐いた。
客車の前に、ドナルドとママが立っている。ドナルドの横には大きな荷物が3つ。
「じゃあね、ママ、手紙書くから」
ママは、やっぱりハンカチで目頭を押さえている。急に、無言で、ドナルドを抱きしめる。ドナルドはビックリして、どうしてよいかわからず、抱きしめられるままになっている。
発車のベルが鳴った。
ママがパッと離れて、ドロドロになった顔でドナルドを凝視しながら、手で「中へお行き」というジェスチャをする。ドナルドは、大きな荷物を3つ抱えて客車の中に入っていく。
ドナルドが急いで席に着くと、機関車が動き出した。急いで窓をあけて身を乗り出すと、ホームでママが手を振っている。ドナルドも手を振り返す。機関車がスピードを上げたので、ドナルドは車内に戻る。ドナルドは未知の冒険への期待感でワクワクしていた。ママは、ホームでまだ手を振っている。長い間、手を振っていた。機関車が見えなくなるまで手を振っていた。
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