第32話 私と競輪32
その後も、幾度となく戦いを重ねてきましたが、一向に差を詰めることができずに、連敗を重ねるばかり。
気づけば、残すところあと1回しかなくなってしまいました。
今度こそ、絶対に勝たなければいけません。
最後のレースで、気合いを入れて臨むことにしました。
今回のコースは、直線が長く、カーブも少ないため、スピード勝負になると予想されます。
しかも、今回は、対戦相手の高梨さんも、いつも以上に気合が入っている様子。
これは、一筋縄ではいかないかもしれません。
案の定、序盤から激しい攻防が繰り広げられ、両者一歩も譲らない展開が続きました。
ゴール直前、最後の力を振り絞って、全力で駆け抜けました。
結果は、わずかに及ばず、2着という結果に終わりましたが、
全力を出し切った後の爽快感は何とも言えず、清々しい気分になりました。
結果的に、勝利を収めることができたのは、高梨さんの方でしたが、
私も、初めて競輪に挑戦する中で、様々なことを学ばせていただきました。
今回のレースを通じて、改めて、自分の未熟さを思い知らされました。
今後は、もっと精進して、いつか、再び高梨さんに挑む日まで、腕を磨いていきたいと思います。
高梨さんは、相変わらず、爽やかな笑顔を浮かべながら、私に手を差し伸べてきました。
その手を取り、握手を交わします。
その瞬間、胸が熱くなり、思わず涙が溢れそうになってしまいました。
しかし、泣くわけにはいきません。
だって、今の私の顔は、涙ではなく、笑顔の方が相応しいと思うからです。
だから、精一杯の笑顔で応えたいと思います。
ありがとうございます、高梨さん。
あなたがいてくれたお陰で、私は、ここまで頑張れました。
あなたのおかげで、今の自分がいると思っています。
本当に感謝しています。
どうか、これからもよろしくお願いします。
それからというもの、毎日欠かさずトレーニングに励み、
徐々に実力を付けていった私は、遂に念願のデビュー戦を迎えることになりました。
公式戦ということもあり、緊張感はあったものの、
それ以上にワクワクした気持ちの方が大きかったように思います。
会場に着くと、大勢の観客が集まっており、
その中には、テレビカメラを構えた報道陣の姿も確認できました。
さすが、注目度の高い新人選手だけあって、注目を集める存在のようです。
ですが、ここで怯むわけにはいきません。
堂々と胸を張るようにして、背筋を伸ばし、凛とした佇まいを心掛け、待機所で出番を待ちます。
しばらくして、出番の時が訪れ、係員に連れられ、パドックへ向かうことになりました。
そこで、ファンの方たちへのお披露目が終わると、いよいよ本番の舞台である決勝ステージへと向かうことになります。
出走表を見て確認したところ、私の隣には、高梨さんの名前がありました。
これで、また戦う機会ができたわけです。
そう思うと、自然と笑みが溢れてきました。
しかし、油断は禁物です。
いくら、仲の良い友達だとしても、相手はライバルであり、強敵でもあることを忘れてはいけません。
とにかく、今は、目の前のレースに集中しなくてはいけません。
やがて、号砲が鳴り響き、一斉にスタートを切ります。
各選手たちが一斉に飛び出し、熾烈な争いを繰り広げながら、レースは進んでいきます。
最初のホームストレッチを抜け、バックストレッチに差し掛かった時、事件は起きました。
突然、後方から猛スピードで追い上げてきた高梨さんが、一気に私を抜き去っていってしまったのです。
まさかの展開に、動揺を隠しきれませんでしたが、まだチャンスはあると思い直し、必死に食らいつきます。
残り50m付近、最後のストレートを駆け抜け、先にフィニッシュラインを通過したのは、高梨さんでした。
一方、私は、あと少しのところで、惜しくも2着に敗れてしまいました。
悔しさが込み上げてくる一方で、どこかすがすがしい気持ちになったのも事実です。
何故なら、今回の戦いで、私は、新たな課題を見つけることができたからです。
それは、フィジカル面の強化です。
特に、瞬発力を強化する必要性を感じたのです。
その為、これからは、下半身を中心としたトレーニングに加え、
上半身も含めた総合的な筋力トレーニングを取り入れることで、
更なるパワーアップを図っていこうと思います。
それから数日後、練習終了後、いつものようにクールダウンをしている最中、不意に声を掛けられました。
振り向くと、そこには、高梨さんの姿が。
そして、開口一番、こんなことを言ってきたのです。
実は、あなたに頼みたいことがあるんだけどいいかしら?
内容を聞いてみれば、大したことではありませんでした。
単に、自転車に乗るコツを教えて欲しいと言われただけです。
それならば、お安い御用とばかりに引き受けることにした私は、早速、説明を始めようとしました。
ところが、次の瞬間、予想外の出来事が起きたのです。
いきなり、背後から抱きしめられてしまったのです。
一体何事かと思いましたが、よく見れば、高梨さんは、ただ単に甘えていただけのようでした。
でも、それはそれで、悪い気はしません。
むしろ、嬉しいくらいです。
それにしても、最近の高梨さんは、以前にも増して、積極的な姿勢が目立つようになってきました。
もしかして、私のことが好きなのかなと思ったりもしますけど、
さすがに、自惚れすぎですよね、きっと。
まあ、どちらにせよ、私にとって、高梨さんは、大切な存在であることに変わりはありませんけどね。
そんな彼女との出会いは、忘れもしない、半年ほど前のことでした。
当時、まだ高校生だった私は、将来の進路を決めるにあたって、何か資格を取ろうと考えていた時期がありました。
そんな折、偶然、新聞広告欄で見た、JKC(日本競輪学校)の記事を目にしたんです。
なんでも、そこは、競輪選手を志す者にとって、最高峰の教育環境が用意されているんだとか。
しかも、入学金免除・授業料免除に加えて、寮費も無料。
さらには、卒業時に国家試験合格時には、学費の一部が返還されるという、至れり尽くせりの内容となっていました。
当然、両親も賛成してくれて、喜んで送り出してくれたこともあり、
受験を決意した私は、早速、指定された日時に、競輪学校の門を叩くことになったのです。
入学案内書によれば、一次試験の結果に応じて、
入校順位が決まるらしく、 まずは、その合否判定を待つことになりました。
翌日、結果が出たと聞き、 早速、確認のために、事務室へと足を運びます。
すると、何と、奇跡的に、第10位の成績であったことを知り、 喜びに打ち震えたものです。
その後、晴れて、競輪学校に入学を果たし、無事に卒業した後は、
地元の岡山支部所属の新人として、デビューを迎えることとなりました。
そして、初レースを終えた、その夜、興奮冷めやらぬまま、部屋でくつろいでいると、
不意にドアが開き、誰かが入ってきたような気配を感じたので、
慌ててドアの方へ視線を向けてみると、そこには、見知った人物の姿があったのです。
その人物とは、何を隠そう、競輪学校で一緒だった、同期生の女の子、高梨さんでした。
久しぶりの再会に、お互い、懐かしさと嬉しさが込み上げてきて、思わず抱き合い、喜び合ったものです。
そんな中、ひとしきり喜んだ後で、落ち着きを取り戻した私達は、テーブルを挟んで座り、近況報告をし合うことにしました。
どうやら、高梨さんも、私と同様に、競輪学校での生活を楽しんでいたようで、
卒業後は、地元にある企業に就職が決まり、現在は、OLとして活躍しているのだそうです。
それを聞いて、ホッとした反面、少しだけ寂しい気持ちにもなったのですが、
それでも、彼女は、充実した日々を過ごしているようで、安心しました。
ただ、一つ気になったのは、今の彼女からは、以前のような明るさが失われ、
どこか影のある表情を浮かべていることでした。
それが何なのかは分かりませんが、何となく、嫌な予感を覚えた私は、恐る恐る尋ねてみました。
そうすると、返ってきた答えは、やはりと言うべきか、予想通りの内容でした。
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