第29話 私と競輪㉙

「あっ、あの、高梨さん……」

このままではいけないと思い、声を掛けようと試みたものの、全く反応がありません。

それどころか、どんどん力が強くなっているような気がします。

このままだと窒息してしまうかもしれません。

そう思った私は、必死になって訴えかけましたが、やはり駄目でした。

こうなったら、最後の手段を使うしかありません。

そう思い立った私は、意を決して行動に移すことにしました。

「く、苦しい……離れてくれませんか?」

「嫌よ、絶対に離さないわ」

即答されました。

どうやら、本気みたいです。

仕方ありません、こちらも全力で抵抗させてもらいます。

まずは、腕に力を入れて振りほどこうと試みます。

そうすると、意外にも簡単に抜け出せたので、急いで距離を取ることに成功しました。

これでひと安心だと思っていたのですが、次の瞬間、信じられない光景を目にしたのです。

なんと、高梨さんが追いかけてきたではありませんか!

しかも、物凄いスピードで迫ってきており、このままだと追いつかれると判断した私は、咄嵯の判断で身を隠すことにしました。

幸いにも、近くに隠れる場所がなかったので、近くにあった茂みに身を隠すことにしました。

その間、背後から聞こえてくる足音を頼りに、慎重に移動を続けていき、どうにか見つからずに済んだようです。

ほっと胸を撫で下ろした直後、すぐ近くから声が聞こえてきました。

その声は紛れもなく、高梨さんのものでした。

どうしてここにいるのでしょうか?

疑問を抱きつつも、様子を窺っていると、彼女は辺りを見渡しながら歩き始めました。

一体、何を探しているのでしょう?

気になった私は、こっそり後を追うことにしました。

そうすると、その先にあったものは、小さな建物でした。

どうやら、倉庫のような場所のようで、中には大量の自転車が置かれており、

その中には、見覚えのあるものもありました。

ということは、もしかすると、ここに隠れているのでしょうか?

そう思って、近づいてみたところ、案の定、中から人の気配を感じることができました。

やっぱり、ここでしたか。

そう思いながら、扉を開けると、そこには予想通りの人物の姿が見えました。

その人物というのは、他でもない、高梨さんその人でした。

何故こんなところにいるのか尋ねてみると、恥ずかしそうに顔を背けながら、小さな声で呟きました。

なんでも、忘れ物を取りに来たらしいのですが、肝心のものが見つからないとか。

そこで、私も手伝うことにしたんです。

二人で手分けをして探した結果、何とか見つけることができたんです。

お礼を言われ、照れ笑いしているところに、突然、肩を掴まれてしまいました。

驚いて振り返ると、そこには、顔を真っ赤に染め上げた高梨さんの姿が目に入りました。

その様子を見て、嫌な予感を覚えた私は、咄嗟に離れようとしましたが、遅かったようです。

気づいた時には、既に手遅れでした。

気付いた時には、押し倒されるような形になっていて、身動きが取れなくなっていました。

必死に抵抗しようと試みるものの、ビクともしません。

それどころか、ますます強くなっていく一方で、もはや打つ手なしといった状況に陥っていたのです。

このままではまずいと思った私は、大声で助けを求めようとしましたが、

それも叶わず、口を塞がれてしまいました。

もうダメかと思ったその時、救いの手が現れたのです。

現れたのは、同じチームの先輩である、宮原さんでした。

助かったと思い、安堵したのですが、次の瞬間、信じられない言葉を耳にしたのです。

なんと、先輩は、高梨さんを拘束すると、そのままどこかへ連れ去ってしまったのです。

残された私は、呆然と立ち尽くすことしかできませんでした。

その後、しばらくして我に返った私は、急いで追いかけようとしたものの、

すでに姿は見えなくなっていて、完全に見失ってしまった後だったのです。

翌日、学校で会った高梨さんに昨日のことを聞いてみたところ、

あっさりと白状してくれたことから、全てを知ることができました。

なんでも、高梨さんは、以前から私のファンであり、いつか会いたいと思っていたそうです。

しかし、なかなか機会に恵まれなかった為、今回、このような行動に出てしまったということです。

それを聞いて、正直驚きました。

まさか、そこまで想われていたとは思いもしませんでしたから、戸惑いを隠しきれません。

ただ、同時に嬉しくもあったことは事実です。

何故なら、それだけ私のことを好きでいてくれたという証拠でもあるのですから、

嬉しくないはずがありません。

ですから、これからは、もっと積極的にアプローチを掛けていくことに決めました。

具体的には、まず、デートに誘ってみることから始めることにします。

幸いにも、明日は休みですし、絶好のチャンスだと思ったからです。

後は、上手く誘えるように祈るだけです。

どうか、成功しますように……。

そう願いつつ、眠りにつくことにしました。

翌朝、目を覚ますと、まだ外は薄暗い時間帯でした。

時計を見ると、ちょうど5時を指し示していました。

普段なら、まだまだ寝ている時間なのですが、今日は違います。

何故なら、今日は待ちに待った日だからです。

ベッドから起き上がると、早速準備に取り掛かります。

まずは、シャワーを浴びてから、念入りにスキンケアを行い、

髪をセットした後、お気に入りの服を選んで着替え、

最後に鏡の前で最終チェックを行って、ようやく準備が整いました。

よし、これで完璧です。

あとは、待ち合わせ場所に向かうだけです。

早く会いたいという思いを抑えつつ、部屋を出ると、

そのまま急ぎ足で玄関に向かい、靴を履き替えてから外へ出ます。

外に出ると、心地よい風が吹き抜けていきました。

その風に乗って、微かに香ってくる甘い匂いを感じて、自然と笑みが溢れてしまいます。

きっと、喜んでくれるはずです。

そんなことを考えながら、待ち合わせ場所に向かって歩いていきます。

到着すると、既に彼女が待っていました。

その姿を見た瞬間、心臓が高鳴るのを感じました。

深呼吸をしてから、ゆっくりと近づき、声をかけます。

「おはようございます、高梨さん」

そうすると、彼女は驚いたように振り返り、

私の顔を見つめると、 満面の笑みを浮かべて、挨拶を返してくれました。

その表情を見た途端、胸の奥底から熱いものが込み上げてきました。

この感覚は何でしょうか?

余り経験なので、よくわかりませんが、決して不快ではありません。

むしろ、心地良いくらいです。

不思議ですね、こんなことは初めての経験です。

もしかしたら、これが恋というものなのでしょうか?

だとしたら、素敵です。

そんなことを考えながら、彼女と談笑していると、あっという間に時間が過ぎていきました。

あっという間というのは、まさにこのことを言うのでしょう。

楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまうものです。

でも、今日はこれで終わりではありません。

これから、一緒に過ごすことができるのですから、楽しみです。

さあ、行きましょうか。

私たちは、手を繋ぎ、仲良く歩き出したのでした。

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