第28話 私と競輪㉘
そんな中、ふと時計を見ると、 そろそろ帰らなければならない
時間だということに気付いて、慌てて立ち上がる。
そうすると、高梨さんから、もう少し話がしたいと言われたので、
どうしようか迷っていると、彼女の方から提案してきた。
何でも、これからお互いのことをもっと知っていく為に、
定期的に連絡を取り合う仲になりたいということらしかった。
その為、連絡先を交換した後、別れ際にもう一度だけ振り返った。
去り際に見えた彼女の顔はとても嬉しそうで、幸せに満ち溢れていたように見えた。
そんな彼女の表情を見た瞬間、私の心の中に温かい感情が芽生え始めたことに気づくと同時に、
不思議な感覚に包まれ、何とも言えない気持ちになった。
その気持ちの正体が何なのか分からなかったけど、
何故か悪い気はしなかったので、あえて考える必要もないかと思った矢先、不意に声をかけられた。
誰だろうと思ったら、高梨さん本人だった。
驚いている私をよそに、高梨さんは、こう言った。
「単刀直入に言わせてもらうけど、
あなた、私のこと舐めてるでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に寒気が走った気がした。
それと同時に、心臓の音が激しくなる。
まさか、気付かれているとは思わなかったからだ。
でも、ここで認めてしまえば、確実に終わってしまうと思った私は、
必死に誤魔化そうとしたものの、無駄に終わった。
何故なら、証拠を突きつけられてしまったからだ。
それは、数日前、私が偶然見てしまった光景が原因だった。
その日は、いつも通りトレーニングを行っていたのだけど、
休憩中に喉が渇いたので、自販機へ買いに行った時のこと……たまたま見かけたんだけど、
そこにいたのは、高梨さんともう一人、知らない女の人と一緒に居る姿だった。
二人は、楽しそうに会話を交わしていて、とても親しげに見えた。
それを見て、私はショックを受けたんだ。
だって、今までずっと、私だけしか見ていないと思っていたから、
他の人には興味がないと思っていたのに、違ったんだ。
でも、仕方がないよね、人には好みがあるわけだし、
別に悪いことをしているわけじゃないんだから。
だから、気にしないようにしようって思ったんだけど、
どうしても気になって、二人の様子をしばらく観察することにしたんだ。
そしたら、二人が恋人同士のように見えてきたから、
思わず目を逸らそうとしてしまったところで、運悪く見つかってしまって、
声を掛けられたので、仕方なく認めることにしたんだ。
そうすると、高梨さんは、驚いたような表情を見せた後で、こんなことを言ってきた。
「へぇー、そうなんだぁ」
その口調からは、どことなく軽蔑するような印象を受けた気がした。
ちょっと怖いと思ったけど、ここで怯むわけにはいかないと思い直して、
思い切って、自分の気持ちをぶつけてみることにした。
そうすると、意外な答えが返ってきたことに、さらに驚くこととなった。
その理由というのが、実は彼女も同じく、彼氏持ちだったからだ。
しかも、相手は、高校時代の同級生だったらしい。
最初は、単なる友達として接していたが、徐々に惹かれ合い、
交際するようになったという話だった。
ちなみに、現在は遠距離恋愛中らしく、会う頻度はあまり多くないそうだ。
そんな話を聞きながら、私は、自分が恥ずかしくなった。
勝手に勘違いをしていただけで、相手の気持ちなんて何一つ理解していなかったのだから……。
それに引き換え、高梨さんは違っていた。
しっかりと相手のことが好きだということを理解し、その上で、交際を続けているようだ。
そう思うと、ますます自分が情けなく思えてくると同時に、
惨めな気分になってきたのと同時に、涙が溢れそうになったので、
グッと堪えようとするものの、結局我慢できなかったようで、泣いてしまった。
そうすると、慌てた様子で駆け寄ってきた高梨さんが、ハンカチを差し出してくれた上に、
優しく頭を撫でてくれたことで、少しだけ気持ちが落ち着いたような気がしたんだ。
それからしばらくの間、そのままの状態が続いた後、
ようやく落ち着きを取り戻した私は、改めて謝罪の言葉を述べた後に、深々と頭を下げた。
そんな彼女に対して、高梨さんは、気にするなと言ってくれて、
逆に慰めてくれたおかげで、少しだけ気が楽になったような気がした。
その後、私は高梨さんと別れ練習する為に、一人でコースへと向かうことになったんだけど、
その際、ある考えが頭を過ぎったんだ。
それは、さっきの出来事についてなんだけど、あの時、高梨さんが口にした言葉がずっと引っかかっていたんだ。
あれはどういう意味だったんだろうって考えた時、一つの結論に達したんだ。
つまり、こういうことだと思うんだ。
きっと、高梨さんは、最初から私のことを警戒していたんだと思う。
それは、おそらく高梨さんの恋人に関係することだろう。
そして、私が高梨さんのことを好きだったことも、 恐らく勘づかれてしまっていたんだろうなぁ。
だからこそ、あんな行動に出たんじゃないかって思うんだ。
つまり、あれは牽制のようなものだったんだと思うんだ。
これ以上、自分に近づかないでくれっていう意思表示だったんじゃないかなって思うんだ。
だけど、それでも諦めたくないと思った私は、次の日以降も、
何度もアタックし続けた結果、ついにチャンスが訪れたんだ。
それは、ある日のこと、いつものように練習を終え、
ロッカールームに入ると、そこに高梨さんが居たんだ。
どうやら、彼女も帰るところだったみたいで、タイミング良く鉢合わせできたみたい。
これは、神様からのご褒美に違いないと思った私は、思い切って声をかけることにしたんだ。
「お疲れ様です、高梨さん!」
元気よく挨拶をしたつもりだったんだけど、 なぜか反応がないどころか、
どこか困ったような表情を浮かべていたのを見て、戸惑ってしまった。
あれっ? どうしたのかな、ひょっとして体調が悪いのかな?
心配になった私は、慌てて駆け寄り、様子を確かめようとしたんだけど、
その時、急に腕を引っ張られたかと思ったら、そのまま抱きしめられてしまって、
身動きが取れなくなってしまったんだ。
突然のことにパニックになっていると、耳元で囁くような声が聞こえてきたので、
恐る恐る顔を上げてみると、そこには、いつになく真剣な表情をした高梨さんの姿があったので、
思わずドキッとしたんだ。
一体何を言うつもりなのか、ドキドキしながら待っていると、
やがて意を決したように口を開いたかと思うと、とんでもない発言をしたんだ。
その内容というのが、あまりにも衝撃的すぎて、
思わず耳を疑ってしまったくらいなんだけれど、どうやら聞き間違いではなかったみたいなんだ。
「ねぇ、私にあなたの初めてをくれないかしら?」
って言われた時には、本当にどうしようかと思った。
まあ、実際には、そういう意味じゃなかったんだ。
とにかく、その時の高梨さんの表情は、冗談では済まされないくらいに
真剣そのものだったから、正直、かなり焦ってしまったことは確かです。
それなのに、当の本人ときたら、相変わらず涼しい顔をしているものだから、
拍子抜けしちゃったというか、なんというか……でも、不思議と嫌な感じはしなかったんだ。
むしろ、寧ろ嬉しかったかも。
だって、それだけ私のことを意識してくれてるってこと。
そう考えると、何だか嬉しくなってくるんだよね、これがさ。
それに、私自身、高梨さんのことが好きだってことは紛れもない事実だし、
できることなら、このまま結ばれたいと思う気持ちは変わらない。
だとしたら、やることはただ一つしかないじゃないってことで、早速実行に移すことにしたんだ。
「高梨さん、その、あのね、私とキスしてくれませんか?」
「えっ!?」
唐突なお願いだったせいか、驚いた様子で目を大きく見開いていた。
でも、すぐに優しい顔になって、こう言ってくれたんだ。
「うん、いいよ」
その言葉に、すごく感激しちゃって、思わず涙が出てきそうになっちゃったくらいだ。
それくらい、私にとっては嬉しいことだったんだから、
無理もないことだと思うんだけど、それでも、
ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともあるから、はっきりと伝えることにしたんだ。
そうしたら、それに応えてくれるかのように、ゆっくりと顔を近づけてきて、
唇同士が触れ合った瞬間、頭の中が真っ白になったような感覚に襲われたんだ。
ああ、これが好きな人とするキスなんだなって実感した瞬間、
胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じたのです。
その後も、何度も何度も繰り返しキスをしたんだけど、
その度に幸せを感じられて、もっともっと欲しくなってしまうほどだったのです。
だけど、さすがに長々と続けるわけにもいかないので、
名残惜しかったけど、一旦離れることにしました。
離れた後、改めて見つめ合う形になるわけですが、
なんだか照れくさくて、お互いの顔を見ることができずにいる状態で、沈黙が流れていました。
そうすると、先に口を開いたのは、高梨さんの方でした。
どうやら、私の方から求めてきたことに対して、戸惑っている様子だったので、
申し訳ない気持ちになりながらも、正直な気持ちを打ち明けることにしました。
そうすれば、少しは安心してくれるかもしれないと思ったからです。
もちろん、恥ずかしかったですが、それ以上に嬉しかったという気持ちの方が大きかったため、
頑張って伝えることにしました。
その結果、なんとか受け入れてもらえたみたいで、ホッと胸をなでおろしたところ、
再び抱き締められるような形になったため、抵抗する間もなく捕まってしまった格好になりました。
というのも、今の状態は非常にまずい状態だったからです。
なぜなら、高梨さんの胸が思いっきり押し付けられている状態だったからです。
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