第26話 私と競輪㉖
戸惑いもあったけれど、徐々に慣れてくると、
自然と会話も増えていき、今ではすっかり打ち解けることができました。
そんなある日のこと、いつものように練習場へ向かう途中、偶然にも彼女と鉢合わせしました。
お互いに挨拶を交わした後、並んで歩きながら会話を楽しんだり、
時にはアドバイスを求めたりと、充実した時間を過ごしていました。
そんな中、ふとした瞬間に視線が合い、目が合った瞬間、
ドキッとすると同時に胸が高鳴るのを感じました。
きっと気のせいだと思うのですが、心なしかいつもより距離が近いような気がするんです。
そう思った矢先、不意に手を握られてしまいました。
びっくりして固まっていると、そのまま手を引かれるようにして連れて行かれてしまいました。
着いた先は誰もいないロッカールームでした。
中に入るなり、鍵をかけられた状態で壁に押し付けられ、逃げ場を失ってしまいました。
恐怖心を抱きつつも、恐る恐る顔を上げると、そこには熱を帯びた瞳で見つめてくる彼女の姿がありました。
「ねぇ、私のこと、好き?」
問いかけられて、思わずコクリと頷いてしまいます。
そうすると、満足そうに微笑んだ彼女は、優しく抱きしめてくれたんです。
最初は戸惑いましたが、次第に安心感を覚え始め、気づけば自分から求めていました。
しばらく抱き合っていると、不意に唇が重なり合い、舌が絡み合う音が響いていました。
それと同時に、体の奥底から熱いものが込み上げてきて、
全身が蕩けてしまいそうな感覚に襲われてしまいます。
もっと欲しいと思うほど、夢中になって貪っている自分がいて、 恥ずかしくて死にそうでした。
だけど、それ以上に幸せを感じていたんです。
「じゃあキスはおしまいね、練習行きましょう」
「はい、そうですね、早く行きましょう、
時間も限られてますし、少しでも多くトレーニングしないと、
次のレースまでに間に合いませんもんね、ほら、行きますよ、ついて来てください」
なんとか誤魔化しつつ、足早に立ち去ることに成功した私は、
ほっと一安心しながら、心の中で呟いていた。
『危なかった、もう少しでバレるところだった、 バレずに済んだけど、
ちょっと罪悪感があるかな、 でも、これで良かったんだよね、
うん、絶対そうだよ、だって、あのままだと、私、おかしくなっちゃいそうだったから、
だから、これで良かったんだよ、うん、きっとそうだ』
そんな風に自分に言い聞かせながら、練習へと向かうのだった。
レース当日、 私たちは順調に勝ち進み、ついに決勝戦を迎えることとなった。
ここまで来る間、辛いこともたくさんあったけど、
それ以上に楽しい思い出がたくさんできたことを、とても嬉しく思う。
決勝まで進んだことで、より一層緊張感が増してきているせいか、
心臓がバクバク鳴っているのがわかる。
だけど、不思議と嫌な気分ではない、むしろ心地良いくらいだ。
いよいよ、この時が来たんだなと思うと、ワクワクが止まらない。
だって、ずっと憧れていた舞台に立つことができるんだから、
嬉しいに決まってるじゃないか、 よし、行こう、
そう思って一歩踏み出した瞬間、 突然、足元が大きく揺れて、バランスを崩してしまった。
咄嗟に手すりを掴んだおかげで転倒は免れたものの、
体勢を立て直す暇もなく、そのまま落下してしまった。
幸い、下にはマットが敷かれていたため、
怪我はなかったけれど、 それでも、かなりの衝撃だったらしく、
すぐに起き上がることができなかった。
「大丈夫?」
頭上から声が降ってきたかと思えば、手を差し伸べられる感触があったので、その手を掴んで起き上がった。
お礼を言いながら顔を上げると、そこに立っていたのは、 紛れもなく、高梨瑠璃選手だった。
まさか、こんなところで会うとは思わなかったので、かなり驚いた。
向こうも同じ気持ちだったのか、目を丸くしていたが、
すぐに笑顔になったかと思うと、話しかけてきた。
どうやら、彼女もここで練習をしていたようだ。
ちなみに、今日の対戦相手でもある。
つまり、今この瞬間、私達は互いに鎬を削っているのだ。
そう思うと、俄然やる気が出てきた。
絶対に負けたくないという気持ちが強くなっていく中、改めて気合いを入れ直した私は、早速コースへと向かった。
まず最初にやるべき事は、ウォーミングアップを兼ねて、軽いジョギングを行う事だ。
周回数をこなす毎に、徐々にペースを上げていく事で、体力を付けていくのである。
最初の一周目は、ゆっくりと時間をかけて行った後、二周目に突入したところで、
少しずつペースを上げていき、最終的に三周こなす事となった。
これによって、脚力を強化すると同時に、持久力を養うことができたのだ。
続いて、次はジャンプ台を用いた踏み切りの練習を行った。
これにより、より高く跳ぶ事ができるようになった反面、
着地する際にバランスを保つことが難しいため、注意が必要となった。
そして、最後は実際に走路に出て走ることになるわけだが、
その前にストレッチをして体を解しておくことを忘れてはならない。
特に、股関節周りは特に念入りに行う必要があるため、入念に行っておく必要があるのだ。
以上が、私の一日の流れになっている。
このように、常に自分の体調管理を怠らず、しっかり管理することで、
ベストコンディションを維持するように心がけているわけなのだが、
これが結構難しかったりするんです。
というのも、人間誰しも、調子が悪い日とか、気が乗らない日っていうのがあるから、
そういう時に限って、失敗してしまったりすることがある。
その点、高梨さんと練習するようになってから、いつも良い感じの調整が出来るようになった気がするんだ。
以前は、毎日同じメニューをこなしてたんだけど、
ある時、思いきって彼女に相談に乗ってもらったら、凄く参考になった。
それから、自分でも色々と調べるようになったけど、
あまりに多くて把握しきれなくて、ついついサボってしまう事もある。
その度に反省しているつもりなんだけど、なかなか直らない癖みたいなものってある。
そういった意味で、彼女は私にとってなくてはならない存在であり、尊敬すべき人物でもある。
だからこそ、そんな彼女を支えられるようになりたい、強くなりたいと願いながら、
日々努力を重ねているのです。
「よし、頑張るぞ!」
気合を入れて、いざスタートラインに立ち、一斉に走り出す私達。
先頭集団について行く形で、第二コーナーに差し掛かった所で、
前方を走る二人の背中が見えてきた。
一方は、もちろん高梨さんだが、 もう1人は、最近頭角を現し始めたばかりの新人選手、
確か名前は、 高橋亜由美ちゃんだったっけ、 まだ経験不足が目立つものの、
将来性を感じさせる走りをしていることから、今後の活躍が期待されている若手の一人だ。
そんな彼女に対して、高梨さんは、容赦なくプレッシャーをかけ続けているように見える。
まるで、自分こそがナンバーワンだという事をアピールするかのように、執拗に攻め立てているのです。
それに対して、懸命に食らいつこうとするも、中々差を縮められない事に焦りを覚えたのか、
遂に限界を迎えたのだろう、途中で失速してしまう姿が目に映った。
それを見た高梨さんは、勝利を確信して笑みを浮かべる一方で、
一方の私は、複雑な心境であった。
なぜなら、このままいけば、間違いなく私が勝つ事になるからである。
そうなれば、必然的に彼女を落胆させてしまうのではないかと心配していたのです。
だからと言って、手加減するつもりなど毛頭無いわけで、
全力で戦うつもりではあるのだけれど、やはりどこか後ろめたい気持ちに
なってしまうのも事実だったりするわけで、正直言って複雑としか言いようがなかった。
まぁ、とりあえず今は目の前の勝負に集中しなければと思い直し、
気持ちを切り替えて、最後の直線に入った所で、一気に加速していった。
その結果、見事に勝利を収める事ができ、
嬉しさのあまりガッツポーズを決める私に、拍手を送ってくれる人がいた。
それは、他でもない高梨さんだったのです。
彼女は、満面の笑みを浮かべながら近づいてくると、
労いの言葉をかけてくれた上で、祝福してくれた。
その優しさに触れ、心が満たされていくのを感じた私は、思わず涙ぐんでしまうほどだった。
その後、表彰式が行われたのだが、
その際に、 思わぬサプライズが起こった。
なんと、優勝者として名前を呼ばれたのは、 私ではなく、高梨さんだったのだ。
その瞬間、会場内は歓声に包まれたが、同時に驚きの声も多く上がったように思う。
無理もないだろう、私だって、未だに信じられずにいたのだから……。
とはいえ、いつまでも放心状態のままというわけにもいかないので、
気を取り直して、インタビューを受ける事にした。
質問内容は、やはり優勝した感想についてだったが、
正直なところ、あまり覚えていないというのが本音である。
それくらい、緊張していたのだ。
次に聞かれたのは、今後の目標についてであったが、
これに関しては迷う事なく答える事が出来た。
それは、これからも変わらず走り続けるという決意表明でもあった。
一通り話し終えると、最後に一言求められたので、こう答えた。
これからは、今まで以上に厳しい戦いが続くと思うけど、
決して負けるつもりはない、と宣言すると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
こうして大会を終えた私は、新たな一歩を踏み出す事になったのである。
次に向けて、更なる努力を積み重ねて行く事を心に誓い、帰路に着くのだった。
「……ふぅ、やっと終わったぁ〜」
大きく伸びをしながら、一息つく私。
時刻は既に深夜0時過ぎになっていた。
先程まで行われていたミーティングの内容を思い出し、溜息をつく。
(全く、何でこんな事になってるのかしら……?)
そう思いながら、手元にある資料に目を落とす。
そこには、今回のレースに関するデータが詳細に記載されていた。
その中には、各選手の勝率や着順、タイムなどが記されており、一目見ただけでも、
非常に興味深い内容となっている事が分かる。
その中でも特に注目したい点と言えば、やはり優勝候補筆頭とされていた高梨さんの存在だと言えるだろう。
何しろ、前回の大会で圧倒的な強さを見せつけ、見事優勝を果たした実績の持ち主なのだから、
当然の結果とも言えるかもしれない。
実際、私も彼女のファンの一人である事から、応援の意味を込めて、投票した程なのです。
その為、今回こそは絶対に勝ってもらいたいと思っている訳なのだが、果たしてどうなるだろうか?
そんな事を考えながら、再びパソコン画面に目を向ける。
そこには、先程発表されたばかりのオッズ表が表示されており、
当然ながら、一番人気を獲得しているのは、高梨さんの名前だった。
しかも、2倍近い数字を叩き出している事から、いかに支持されているかがよく分かる。
その一方で、二番手に付けているのは、前回3位の成績を収めた、高橋亜由美ちゃんだった。
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