第22話 私と競輪㉒
「あれっ、あなたは確か相川あいかさんですよね!?」
そう言って声をかけてきた相手は何と、つい先日まで一緒に練習をしていた同級生の女の子だったんです。
名前はたしか佐藤花子さんでしたでしょうか?
正直名前を覚える気は全くなかったんですけど、一応覚えておいて良かったです。
まあそれはそれとして今はそれどころではありませんが、
とりあえず挨拶だけは済ませておくことにしました。
そうすると向こうも同じことを考えていたようでお互いに頭を下げ合った後、改めて名前を名乗り合いました。
その後は自然と会話が始まり、色々と話すうちに意気投合することができたんです。
「あなたも自転車を始めたんですね」
そう言う佐藤さんの表情はとても輝いていて、まるで夢を見ているかのような感じになっていました。
「ええ、そうなの、実は彼氏の影響で始めたんだけれど、
今ではすっかりハマっちゃってもう病みつきって感じかな」
そう言いながら照れ笑いする彼女の顔はとても可愛らしく見えました。
そんな彼女を見ているとこっちまで幸せな気分になれてくるような気がして、
ますます興味が湧いてきました。
その後、連絡先を交換した後、別れたのですが、帰り際にこんなことを言われたんです。
「今度一緒に走りませんか?」
その言葉に一瞬戸惑ったものの、すぐに承諾することにしました。
そして後日、実際に走ることになったのですが、
最初は緊張してしまって上手く走れずに負けてしまいましたが、
それでも楽しかったですし、何より彼女との絆を深めることができたことが何よりも嬉しかったです。
「また一緒に走ろうね」
という言葉を掛け合って別れましたが、その後も何度か会う機会があり、その度に仲良くなっていきました。
そんな日々が続いたある時のことです……いつものように競輪場へやって来た私は、
いつもの場所にいるはずの彼女の姿が見当たらないことに気付き少し心配になりましたが、
しばらく待っていれば来るだろうと思って待つこと数分、ようやく姿を見せた彼女はどこか様子がおかしかったのです。
どうしたのかと尋ねてみると、何でも体調不良が原因で欠場せざるを得ない状況に陥ってしまったらしく、
それを聞いた私は驚きつつも彼女を励まし続けました。
そうすると彼女も次第に元気を取り戻してきたみたいで安心したんですけど、
「ありがとう、あなたがいてくれて本当によかったわ……」
と言われてしまうと何だか照れ臭くなってしまい、
照れ隠しのために話題を変えるために別の話を切り出したんです。
そうすると今度は逆に彼女の方から質問されました。
その内容というのが、最近気になる人がいるということでしたので
興味津々な様子で聞き入ってしまいました。
どんな人なのかと尋ねると彼女は頬を赤く染めながらその人の名前を口にしました。
それはなんと私のことだったので驚きを隠しきれませんでしたけど、
それ以上に嬉しかったのも事実でありまして……。
ですから私も思い切って自分の気持ちを伝えることにしました。
その結果、晴れて恋人同士になることができたわけなのですけど、それと同時に不安も募ってきちゃいました。
「これからどうすればいいんだろう」
と悩んでいると、不意に声を掛けられたので振り返るとそこには私の大好きな人が立っていました。
その人は微笑みながら手を差し伸べてくれたので、迷わずその手を取ると優しく握り返してくれました。
それだけで幸せな気分になれるのですから不思議です。
しかもそれだけじゃありません、彼はそのまま私の手を引くようにして歩き出してしまったので、
戸惑いながらもついて行くしかなかったのですが、途中で急に立ち止まったかと思うと、こちらを振り返ってこう言ったのです。
「大丈夫だよ、僕がついてるからね」
と言ってくれたので思わず泣きそうになってしまいましたが、何とか堪えて笑顔を作りました。
そうすると彼も微笑み返してくれたので、ますます胸が高鳴るのを感じました。
それからというもの、二人で色々な場所へ行き、楽しい時間を過ごしてきましたので、
あっという間に時間が過ぎ去っていきました。
そんなある日のことでした、彼が突然こんなことを言い出したんです。
まさかこんなことになるとは思いもしませんでしたからびっくり仰天してしまいましたけど、
彼の真剣な眼差しを見ると断ることなんてできませんし、
むしろ受け入れたい気持ちでいっぱいでしたので覚悟を決めることにしたんです。
そうして私たちは結ばれることとなりました。
初めての経験でしたけれども不思議と痛みはなく、
寧ろ快感の方が勝っていましたので不思議な感覚を覚えましたけど、
それよりも嬉しさの方が勝っていたので満足感に浸ることができました。
それからというもの毎日のように愛し合うようになり、
いつの間にか彼なしでは生きていけない身体になってしまったみたいです。
でも後悔はありませんし、むしろ幸せだと感じているくらいですから何も問題ありません。
それから数日後、私はガールズケイリンのとあるレースへ出場するため、練習しているのです。
そのレースで勝てば賞金も獲得できますので、頑張っていこうと思っています!
(よし、頑張るぞー!)
そう心の中で叫びながら気合を入れ直していると、そこへ一人の女性が現れたのです。
誰だろうと思っているとその女性は私に話しかけてきたではありませんか、
一体何の用だろうと身構えていると、いきなり抱きつかれてしまったので驚いてしまいました。
慌てて引き剥がそうとしたのですが、なかなか離れてくれません。
それどころか更に強く抱きしめられてしまい、
苦しさのあまり息ができなくなってきて意識が遠のいていく中で、最後に聞こえた言葉がこれだったのです。
「……やっと見つけたよ、運命の人」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になり意識を失ってしまいました。
気が付くとそこはベッドの上のようでした。
ゆっくりと起き上がると周囲を見渡してみると見知らぬ部屋であることが分かりました。
ここはどこなんだろうと考えていると、ドアが開いて誰かが入ってくる気配を
感じたのでそちらに視線を向けると、そこに立っていたのは見覚えのある人物でした。
その人物とは、紛れもなく私自身であったのです。
つまり目の前にいるのは私の姿形をした誰かということになるわけですが、一体何者なんでしょうか?
そんなことを考えているうちに彼女が話しかけてきました。
「目が覚めたみたいだね、具合はどう?」
そう言われて初めて自分がベッドの上に寝かされていたことに気づきました。
そのことを伝えると、彼女はほっとした表情を浮かべていましたが、
すぐに真剣な表情に戻るとこう切り出してきました。
「単刀直入に聞くけどさ、あなた何者なの?
どうしてここにいるの? 目的は何? 返答によってはただでは済まさないからね!」
というようなことを捲し立ててくるものですから、圧倒されてしまって言葉を発することすらできませんでしたが、
それでも必死に訴えかけようとしましたが無駄でした。
何故なら相手は全く聞く耳を持ってくれなかったからです。
このままでは埒が明かないと思った私は意を決して本当のことを告げることにしました。
そうすると意外な答えが返ってきたのです。
てっきり怒られると思っていたのですが、どうやら違うようです。
どういうことかというと、私が相川あいか本人であることを理解してくれたようなのです。
それを聞いて安心しましたが、同時に疑問が湧き起こってきたので尋ねてみることにしました。
そうすると、彼女は言いました。
「なるほど、そういうことだったんだね」
と言って納得した様子なのでホッとしましたが、まだ完全に納得できたわけではないようでした。
そこで詳しく説明することにしたのですが、これが失敗に終わりました。
というのも、あまりにも長々と話してしまい、結局最後まで聞いてもらえなかったためです。
それでも何とか理解してもらえたようで一安心といったところでしょうか?
ですが、一つだけ気がかりなことがありました。
それは、彼女の態度の変化です。
最初は半信半疑といった感じだったのに、今ではすっかり信じてくれているように見えます。
それが良いことなのか悪いことなのか私には判断できなかったのですが、
とりあえず今は様子を見ることにしました。
そして翌日、再び競輪場へ向かうことになりましたが、その前に彼女に呼び止められました。
「ねえ、ちょっといいかな?」
と言われたので返事をすると、彼女は続けてこう言ってきました。
その内容というのが、昨日の続きの話だったんですが、
正直あまり思い出したくない出来事だったので、適当に誤魔化してその場を逃れようとしたら、
腕を掴まれてしまいました。
その瞬間、嫌な予感を覚えた私は逃げ出そうと試みましたが、時すでに遅しといった状態でした。
そのまま強引に引っ張られて連れていかれそうになったところで、
ようやく我に返り抵抗しようとしましたが、
やはり力及ばず引きずられるようにして連れて行かれてしまいました。
その後、控え室まで連れてこられた私は椅子に座らされると、
目の前に立ち塞がる彼女と向き合う格好になりました。
「さて、まずは確認させてもらおうか」
そう言って手を差し出してきた彼女に対して恐る恐る手を出すと、
ぎゅっと握られたので反射的に引っ込めようとしてしまいましたが、
しっかりと握りしめられてしまったせいで逃げることは叶わず、されるがままになってしまいました。
そんな私を他所にして、次々と質問を投げかけてきたりしてきたりするものだから困ってしまいます。
そんなこんなで一通り話し終えた後、満足したのか解放してくれましたので助かったのですが、
去り際にこんなことを言われちゃいました。
その言葉に衝撃を受けつつも呆然と立ち尽くすことしか出来なかったんですけども、
ふと我に返った時には既に手遅れでしたので諦めの境地に至りつつありましたけど、
どうしても気になったことがあったので尋ねてみましたところ、
あっさりと教えてくれましたので拍子抜けしてしまいました。
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