第20話 風魔法




「リディア嬢、危ないっ」


 ユーリさんは私の手を引き、身を引いた。次の瞬間には、つい先ほどまで私のいた場所が炎で焼け焦げていた。


「何⁈」

「魔物から、遠距離攻撃を受けたみたいだ。少し待っててくれ」


 彼は険しい表情のまま、口を開いた。そして。


「風よ、突風を巻き起こし、竜巻となれ。……ウィンディ・トルネード」


 その詠唱が終わると同時に、私たちを隠すように、巨大な竜巻がいくつも現れた。


「今のうちに逃げるぞ!」

「え、えぇっ!」


 私たちは必死に走って、ついに魔物の森を抜けることが出来た。魔物の森を抜ければ、流石に安全だろう。


 はぁ、はぁと乱れた息を整える。しばらくして呼吸が整ったので、私はユーリさんに話しかけた。


「さっきのは、何だったの?」

「恐らくドラゴンだな。時々、遠距離から攻撃をされることがあるんだ。珍しいことじゃない」


 彼の説明に、いつも騎士団員はこんなにも危機的な状況に身を置いているのかと驚いた。彼らが常に疲れているのも納得だ。


 でも、それ以上に驚いたことがあって……。


「ユーリさん。助けてくれて、ありがとう」

「いや、そのために俺がいるんだから……っ?!」


 お礼もそこそこに、私はガッと彼の肩を掴んだ。そして……。


「ユーリさんは、風魔法が使えたのね⁈」


 そう。さっき、ユーリさんは風魔法を使っていた。


 そういえば、ユーリさんは騎士団長でありながら、伯爵家の長男だった。貴族の血が流れているから、当然魔法も使えるわけで……。完全に失念していたわ!!!


 私の勢いに若干引きながら、ユーリさんは頷く。


「ああ。詠唱がない分、剣の方が戦いやすいから普段は魔法は使ってないが、遠距離にいる魔物を攻撃する場合は、時々使うこともあるな」


 なるほど。だから、ずっと魔法を使わずに戦っていたのね。


 私は探し求めていた風魔法使いが目の前にいることに大歓喜し、その勢いのままに話し始めた。


「あの、あなたの風魔法を少しだけ使わせてもらえない? 魔法道具作りに必要なのよ」

「そうなのか? リディア嬢が言うなら、協力するが……」

「それじゃあ、今からうちに来て、獲得した魔封石を使って、ユーリさんの魔法を込めて欲しいわ」

「き、今日か⁉︎ 休みを取ってるから、可能だが……」


 ということで、勢いのままにオッケーをもらい、戸惑い気味とユーリさんと私は、「風呂カフェ・ほっと」で作業をすることにした。





⭐︎⭐︎⭐︎





「風呂カフェ・ほっと」に戻って来た私たちは、本日獲得した魔封石の一つをテーブルに置いた。


 ちなみに、今日は店をお休みにしてるので、店内にはお客さんはもちろん、ルークとリーナもいない。


「それで、リディア嬢は何がしたいんだ?」

「温かい風を出して、お風呂上がりの髪を乾かせる魔法道具を作りたいの。だから、私の火魔法と同時に、ユーリさんの風魔法を魔封石に込めて欲しいわ」

「魔封石に2属性の魔法を込めるのは難しいと聞くが、出来るのか?」

「そうなの?」

「2属性の魔法を同時に込めるには、繊細な魔力調整が必要になるらしいな」


 そういえば、これまで2属性の魔法が使われてる魔法道具を見たことがなかった。

 氷魔法を使った冷蔵ボックスや風魔法を使った送風マシンなど……どれも1属性の魔法しか使われてない。

 そこには「2属性の魔法を魔封石に込めるのは難しい」という理由があったのかと納得した。


 でも、私は普段から2属性の魔法を使ってお湯を出現させてる。何なら、お湯の温度調節も出来るから、慣れてるはずなのよね。うーん。


「それなら、私にあなたの魔法を分けてくれない?」


 私はユーリさんに手を差し出した。魔法を使える者同士は、少しだけだが、相手の魔法を受け取ることが出来るのだ。


「わ、分かった」


 彼は頷いて、私の手を握った。その瞬間、ユーリさんの魔法が体内に流れて来るのを感じた。


 この魔法と私の魔法を魔封石に込めるのだ。イメージは、風魔法9;火魔法1くらい……。


 そのまま魔封石に触れると、ぽわっと魔封石が温かく光った。


 慎重に2つの魔法を注入していく。


 そして、魔法を込め終わったので、魔封石を手に持って、力を入れてみる。すると……。


「温かい風が出てきたぞ⁈」

「そうね! 成功だわ!」


 ユーリさんの言う通り、魔封石から温かい風が出てきた。

 あとは業者に頼んで、ドライヤーの形になるように製造してもらえれば、ドライヤーが完成するだろう。


 望んだ通りの結果になり、私は歓喜のままにユーリさんの手を握った。


「これでドライヤーが作れるわ。ユーリさん、本当にありがとう!」

「いや、俺はほとんど何もしてない……。すごいのはリディア嬢の方だ」


 彼は驚きに目を輝かせ、感心したように頷いた。


「君が2属性の魔法を使えるとは知っていたが、同時に扱えるとは。ここまで熟練した魔法を使えるようになるまで、時間がかかったのではないか?」


 ユーリさんは尊敬の眼差しで、真っ直ぐに私を見つめているけれど……。


 私は気まずさに目を逸らしながら、口を開いた。


「それが……実は、最初から扱えたのよね」

「最初からなのか⁈」

「そもそもお風呂に入るために、楽にお湯を沸かしたいな〜って思って試行錯誤してたことがきっかけで、2属性の魔法が使えるようになったから」

「お風呂がきっかけ⁈ それで2属性の魔法を使えるようになるものなのか⁈」

「愛が強すぎたのかしらねー……」


 私がそう言って笑うと、彼は脱力した。


「君らしいと言えば、君らしいな……」

「あはは」


 まあ、強い愛は、何でも可能にするということかな。前世からずっと好きなので、私の「お風呂愛」は誰よりも強いのだ。


 ユーリさんはゴホンと咳払いをして、話を変えた。


「今日はリディア嬢のおかげで、貴重な体験ができた。礼を言う」

「お礼を言わなきゃいけないのは、こっちの方よ。魔封石狩りだけじゃなくて、魔法道具作りにも付き合ってもらっちゃって、ごめんなさいね」


 ユーリさんのおかげで、ドライヤー作りが大きく前進したのだ。感謝しなきゃね。


「お礼と言っては何だけど、うちの店でお風呂に入っていかない? 今日は臨時休業だし、貸切風呂になるわよ」


 私もユーリさんも森に入ったので、泥だらけの汗まみれになっている。ひとまずお風呂に入った方がいいだろう。


 「お風呂」という言葉を聞いたユーリさんは、少しだけ嬉しそうに目を輝かせた。そして、笑顔で頷いた。


「じゃあ、そうさせてもらいたいな」

「オッケー。じゃあ、お風呂の用意をして来るから、ちょっと待っててね」


 そうだ。せっかくなら、“あの”お風呂を試してみようかしら。きっとユーリさんも驚くはずだ。

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