幕間 騎士団長は、天然塩アタック女に困惑する





 時は少し前に遡り、リディアがスライムに塩を投げつけ始める前のこと。


 ユードレイス領を治める伯爵家の義息子であり、同時にウィギンズ騎士団団長でもある、ユーリ・ウィギンズの執務室にて。


 俺、ユーリは騎士団長としての業務中にスライムが街中で暴れているという報告を受けた。


 森の中に生息している魔物が街中に出現することなど前例がなく、街が混乱に包まれていることは容易に想像できる。

 街の中に魔物の討伐が可能な者はほとんどおらず、騎士団が急いで対処しなければ、最悪の場合、死者が出ることもあるだろう。


 街中に現れたのは、スライム一匹とのことだったので、大人数での討伐には向かないだろうと、俺は副団長と2人で急いで討伐に向かった。


 そのはずだったのだが。


 馬に乗りながら現場を遠目で確かめた時には、既に1人の少女が魔物に立ち向かっていた。彼女は、紺色の髪を靡かせて、魔法で応戦していたのだ。


 俺はすぐに少女を助けなければと馬を走らせるが、その後の少女の奇行に思わず動きを止めてしまった。


 少女は魔法に効果がないと分かると、何かをスライムに投げつけ始めたのだ。


「天然塩アタック‼︎」


 叫びながら何かを投げ続けている。


 不思議にも、それはスライムに効果的だったようで、スライムは徐々に縮んでいき、攻撃力を弱めているが……。


 俺は、隣で馬を止めていた副団長に声をかける。


「今、彼女はなんと叫んでいた?」

「聞き間違えでなければ……天然塩アタック、と」

「どういう意味なんだ……?」


 少女の訳の分からない行動と言葉に困惑する。


 しかも、何故か彼女は、その場にいた住民たちと協力して、共に何かをスライムに投げつけ始めた。


 大人数で寄ってたかってスライムに何かを投げつけている……怪しい儀式か何かか?


 最終的に討伐に成功した彼らは、手を取り合って喜びを分かち合っていた。


「魔法と剣以外の攻撃でスライムが倒されることなんて、あるのか?」

「前例はないですね。とりあえず、現場を確認しましょう」


 再び馬を走らせて現場に向かうと、既に少女はその場を立ち去ってしまった後だった。


 先ほどまで暴れていた、デカスライムを見に行く。スライムは縮んでしまっていたが、まだ形を保っており、モゾモゾと地を這っていた。


 どうやら、完全な討伐は出来ていなかったようなので、俺はスライムを上から剣で貫いた。

 すると、すぐにスライムが霧散して、コロリと魔封石が現れた。


 魔封石とは、魔法を閉じ込めておくことができる石で、すべての魔物の体内に内蔵されているものだ。魔物を討伐した時しか現れず、魔法道具に使われているため、貴重な品である。


 スライムを討伐すると、俺たちの姿を見た住民たちが駆け寄ってきた。


「騎士団長様! 来て下さったのですね!」

「ああ、状況を教えてもらってもいいか?」


 聞いてみたところによると、街中に突然デカスライムが出現。スライム特有の攻撃方法で、住居や人々に攻撃を繰り出したらしい。


 街中に魔物が出現した前例はなく、その場に居合わせた者たちは、必死に逃げることしかできなかったと言う。しかし、そこに1人の少女が現れたのだ。


「本当にすごかったんです! たった1人で魔物に立ち向かって魔法を繰り出し、何かを投げつけて弱体化し、最終的にはその場にいた人と力を合わせて……。素早い対応と適応力で、スライムを倒したんです!」


 目の前の彼は、感極まったように少女の行動を説明している。


「しかも、スライムを倒してくれた方は、なんとあの王都からやって来た“悪女”だったんです。驚きですよね」

「王都から……もしかして、リディア様か?」

「それです!」


 王子から婚約破棄され、ユードレイス領に追放されたというリディア様の噂は聞いていた。


 変な店を開いているとか、性根が悪いとか、そういう噂ばかりだったが、実際の彼女は違った人物なのかもしれない。


 事情があり、俺は彼女とは実際に会ったことはなかったが……。


 どんな人物なのだろうかと、少しだけ興味が湧いた。

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