第10話 ピンチは商売のチャンス!




 巨大化したスライム。そのスライムの目の前に駆け寄って行き、私は力いっぱい手を振り上げた。


 そして、手の中に持った塩を思いっきりスライムに投げつけた。


「天然塩アタック‼︎」

「リディア様のネーミングセンスってどうにかならないんですか」


 後ろでリーナが呟いているのを無視して、スライムからの攻撃を避けつつ、塩を投げつける。


 すると、塩に当たったスライムの側面がわずかに縮んだのが見えた。


「やっぱりね! 思った通りだわ」


 スライムが塩に溶けたのを見て思い出したのは、前世のナメクジの存在だ。ナメクジは塩をかけられると、食塩濃度の関係から縮んでしまうという特性を持っていた。

 そして、前世の遊び道具としての「スライム」とナメクジは同じ特徴を持っていると、中学の授業で習った記憶があるのだ。


 さっきスライムが塩で溶けたのを見たことで、今世のスライムに前世の「スライム」の特徴が適応されるんじゃないかと考えたのだ。



 というわけで、私は塩を投げつけ続ける。


 しかし、スライムがあまりに大きすぎて、すぐに手持ちの塩では足りなくなってしまった。


 誰かに救援を頼みたい。そう思って振り返ると、そこには、私の行動を訝しげに見ている住民の姿があった。


「あの女は何をしてるんだ……?」

「住居が破壊されそうで、こっちはそれどころじゃないのに」

「悪女はついに頭がおかしくなったのか?」


 「悪女」の突然の奇行に彼らは戸惑い、怪しんでいるようだった。


 しかし、打開策を見つけた今、迷ってる暇はない。私はすぐに彼らに声をかけた。


「あなたたち! スライムを倒すから、手伝ってちょうだい」

「は? 俺たちに出来るわけ」

「大丈夫! 塩を投げつけるだけだから、簡単よ!」

「??」


 彼らは意味が分からないとでも言いたげに首を傾げる。


「騎士団が来ないなら、私たちで倒すしかないでしょう!」

「いや、お前に協力なんて……」


 彼らは首を横に振って、拒絶する。

 まあ、「悪女」と言われてる私を信用するのは難しいよね。でも……。


「このまま街が破壊されているところを傍観するだけなのか、私に協力してスライムを倒すのか、選びなさい!」

「……」

「何もしないより、何か行動した方が成功するかもしれないでしょ!」


 私がそう言ったことで、ハッと気付いたみたいだ。


 今が非常事態であり、何かしらで抵抗しなければ状況は変えられないことに。


「わ、分かった。塩でも何でも、お前の言う通りにしてやる!」


 一人が頷いたことで、ほかの人達もやる気になったみたいだ。その場にいた5人ほどの男性達が塩を持って来てくれたので、一緒に塩を投げていく。


「おりゃぁ!」

「くらえ!」

「街を壊すな!」


 などと言いながら、男性達は塩を投げつけていく。

 一方で、その場にいた女性陣達は、塩を家から持って来たり、塩を売ってる店にお願いしたりして、塩を集めてくる役目を果たしてくれた。


 リーナも、「なんてシュールな絵面……。この状況を私の主人が作ったとか考えたくない……」とかぼやきながら、同様に塩を運んでくれた。


 そんなことを繰り返しているうちに、いよいよスライムが手のひらサイズまで縮んだ。


 完全に攻撃能力をなくしたようで、スライムによる攻撃がなくなった。


「攻撃が止まったわ!」


 私がみんなに伝えた瞬間、その場がワッと盛り上がった。


「すげーな! 言う通りにしたら、本当に倒せた!」

「スライムが縮んでいったの、面白かったな!」

「俺たちにも魔物を倒せるなんて!」

「すごいわ!」


 手を取り合って喜んでいる彼らのうちの一人が、私の元に駆け寄った。


「ありがとうな、嬢ちゃん! お前さんのこと勘違いしていたみたいだぜ。今まで“婚約破棄された悪女”だなんて言って、悪かったな」

「いーえ。というか、それなら私が貴族だって知ってるでしょう? 敬語は使わないの?」

「今の嬢ちゃんは、貴族から追放されて、ほとんど平民と同じなんだろう? それとも敬語使った方がいいか?」

「まあ、それもそうね」


 まあ、敬語くらいいいか。前世の記憶があるから、生まれた身分だけで敬われるのは、心地悪いと感じる時もあったし。

 「悪女」って罵られていた時よりは、この土地の住民との距離が縮まったみたいで割と嬉しいし、敬語くらいは全然許せる。


「嬢ちゃん、本当に助けてくれてありがとうな。この恩は必ず返す」

「いいわよ。私のためでもあったし、気にしなくていい……」


 そこまで言って、はたと気づいた。


 「恩」と言うならば、すぐに返してもらった方がいいということに。


「ねぇ、その恩を今すぐに返してもらってもいいかしら?」

「今か⁈ 今すぐに出来ることなら、いいけどよ」

「えぇ。今すぐに出来ることよ」


 私は周りを見渡す。


 今回、協力してくれた彼らの中にはスライムの攻撃を受けた者もいてベタベタになっている人もいた。

 何より、全員が力いっぱい塩を投げつけたり、塩を運んだりしたので汗まみれになっている。


 ここまできたら、要求することは一つだよね?


「みんな、うちの店でお風呂に入らない?」





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