第9話 リディアの魔法




「貴族の務め、ノブレス・オブリージュを全うしてやろうじゃないの!」

「絶対ここで使う言葉じゃないですよ、それ」


 リーナのツッコミは無視して、私は口を開いた。


「水よ、鋭い槍となり、対象を攻撃せよ」


 魔法属性は火、水、氷、風、草の5つがある。それらの魔法を使いたい時は、自分の中の「血」に巡る魔力に呼びかけ、呪文を唱える必要があるのだ。


 私は、スライムに向かって真っ直ぐ指差した。


「アクア・ランス」


 最後の呪文を唱え終わると、水の槍がスライムに向かって飛んでいった。そして、私の魔法は見事に命中。


 これでスライムを切り裂いて、ダメージを負わせることが出来るだろう。そう思ったのだが。


 しかし、スライムは、私の水魔法を受けて巨大化してしまった。


「なんで⁈」


 巨大化してしまったスライムは、私の水魔法が命中する前よりも攻撃的になっている。


 もしかして、スライムは水でできているから、水魔法の攻撃を吸収してしまうの……? だとしたら、これで水魔法の攻撃は避けた方がいいだろう。


 しかし、問題はない。私は2属性の魔法を使えるのだから。


「こうなったら、火魔法で……」

「リディア様、火魔法での攻撃はダメです!」

「なんで⁈」


 後ろからリーナに止められて、慌てて詠唱しようしていた口を閉じた。


「周りには民家があります。攻撃がスライムに当たらずに、燃え移ったら大変です」

「そんな……」


 水魔法はスライムに対して効果がない。火魔法は周りへの影響を考えて使うのを避けた方がいい。他に使える魔法属性は私は持ってない。こんなの詰み状態だ。


 こんなにスライムの倒し方が難しいなんて……


「スライムなんて、クソ雑魚じゃないの⁈」

「なんですか、その認識! デカスライムは脅威的な魔物モンスターですよっ」

「ええ⁈」


 どうやら、「RPGにおけるスライムは初期の雑魚キャラ」という前世の認識は、この世界では通用しないらしい。


 こんなことなら、騎士のルークを連れてくるべきだった。彼なら剣でスライムを倒すことができただろうに……。


 私がスライムを倒すことに手間取っていると、徐々に周りからの注目を集め始める。


「あの女、何してるんだ?」

「あれ、婚約破棄された悪女じゃない?!」

「やだ、こっちを攻撃してきたりしないわよね?」


 評判の悪い私の行動は目立つようで、否定的な言葉がかなり聞こえてきた。一応、助けようとしてるんだけどな……。


 私の腕をリーナが引っ張る。


「もういいですよ。リディア様。早く逃げましょう」

「でも……」

「あんなリディア様のことを何も知らずに批判する人達なんて、放っておけばいいんですよ」


 リーナに促されるが、彼らを見捨てる勇気もない。だって、ここにはスライムの攻撃を受けて倒れて動けなくなっている人も、家を壊されて絶望している人もいるのに……


「きゃっ」

「あぶない!」


 私が迷っていると、リーナの方にスライムの攻撃が飛んできた。私は彼女の腕を引っ張って、彼女を抱きかかえながら庇うようにして横に倒れる。


 しっかり受け身を取ったため、地面に転げた時の痛みはほとんどなかった。


「すみません! リディア様、無事ですか⁉」

「えぇ、私は大丈夫よ。スライムにも当たってない」


 幸いなことにスライムからの攻撃は二人とも避けられた。しかし、私の持っていた袋が破れてしまった。

 破れたところから、せっかく購入した天然塩がこぼれてしまっている。しかも、その上に飛んできたスライムが振ってきて、塩がネバネバになってしまった。

 これではもう使い物にならないだろう。



 ああ、バスソルトにするつもりだったのに。


 バスソルトを楽しみにしていたのに。


 というか、スライムがいなければ、今頃はお風呂でぽかぽかになっているはずだったのに‼



 その瞬間、「このまま逃げてしまおうか」と迷っていた私の心が、一切なくなった。


「私のお風呂ライフを邪魔するなんて、許さないんだからね!」


 頭に血が昇っていくのを感じ、怒りのままに叫びながら立ち上がる。


「ぜっったいに倒してやるわ」

「リディア様……」


 後ろでリーナが呆れているけれど、私はそれを気にしない。

 何とか打開策を見つけようと周りを見渡してみる。


 そこで気が付いた。天然塩の上に乗っていたスライムがじわじわ溶けていっていることに。


 「なぜ塩で⁉」とか、「そこで溶けるものなの⁉」とか、色々と疑問は湧いたけれど。


「これ、もしかして使えるんじゃないかしら」


 私は一か八かの勝負に出ることにした。


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