第8話 クソデカスライムの出現



 とある日の昼下がり。今日も今日とて客が来ず、私たちは暇を謳歌していた。


 そんな中で店の外を掃除していると、近くからヒソヒソと若い女性の声が聞こえてきた。


「ほら、見て。まだ店をやってるみたいよ」

「ばかよね〜。お客さんなんて来るわけないのに」


 その声を聞いて、ルークが眉を顰める。


「リディア様、ああいうのは気にしない……」

「ねえ。私、次はバスソルトっていうのを作ってみようと思うのよ」

「あっ、全然気にしてなかった」


 突然の私の「バスソルト作る」発言に、リーナとルークは首を傾げた。


「ばすそると……って何ですか?」

「バスソルトって言うのは、アロマオイルと植物油に天然塩を混ぜたものかしら。天然塩にはミネラルが含まれてるから、美容効果もあるし、保温効果もあるのよ」

「「へぇ〜」」

「店に人を呼ぶためにも、興味を引くようなことをして、宣伝したいのよ」


 ここ数日、私たちは店のアピールをするために、さまざまな方法を試してみた。

 お金を払うことで街にチラシを貼らせてもらったり、クーポンを配ったり……。けれど、どれも効果はゼロ。チラシは落書きだらけになっていたし、クーポンはその場で破り捨てられてしまったこともある。


 繁盛への道のりが厳しすぎる……。


 それでもめげずに、今回、私は新たな作戦を提案してみたのだ。


「美容効果があるって知れば、色んな人が喜ぶかなって。……特に、あそこにいる女の子達なんかは、そういうの好きなんじゃないかしら?」


 私がチラリと、先ほど悪口を言っていた女性に目を向ける。すると、彼女たちは気まずそうに去って行った。


 ふん。直接対峙する度胸もないなら、最初から言わなきゃいいのに。


 まあ、バスソルトを作りたいのは、ただ単に私が作ってみたいという理由もある。材料さえあれば、簡単だしね。




 というわけで、材料の買い出しである。私はリーナを連れて外に出た。

 本日買う予定なのは、天然塩とそれに合わせるアロマオイルである。


「そもそも天然塩って、ここらへんに売ってるんですか?」

「えぇ。ユードレイス領には山脈があるじゃない? そこで岩塩が採れるから結構売ってるらしいわ」

「へぇ、そうなんですね」


 採取した岩塩は、普通は食用で使われている。私はバスソルト作りに使うけど。

 ちなみにアロマオイルは、香りを楽しむものとして貴族の間で親しまれているので、少し高級志向の専門店で購入が可能である。


 リーナと会話をしながら、目的の店に辿り着いたので、天然塩を購入。


「よし。次はアロマオイルね」

「アロマオイルは何を買うんですか?」

「ローズにしようかしらね。いい香りだし、やっぱり寒いから、血行促進効果のあるものがいいわ」


 そんな会話をしつつ、無事にローズのアロマオイルを買うことが出来た。買い物が終了したので、あとは帰るだけ。


 そう思っていたのだが。


「いやーーーーーーっ!」


 突然、店の外から悲鳴が聞こえてきた。何事かと私たちは慌てて外に出る。


 そこには……


「うわ!! 何よ、あれ?!」


 “それ”を見て、淑女らしからぬ大きな声を出してしまった。


「リディア様、はしたない」

「いや、でも、あんなでかいスライム、、、、見たことないじゃない!」


 そう。私たちの目の前にいるのは、超特大のスライムだった。3階建ての建物くらいの大きさである。


 そして、困ったことに、そのスライムは人々を攻撃し、街を破壊していた。

 逃げ惑う人々や建物に向かって、小さいスライムを凄まじい勢いで飛ばしているのだ。


 小さいとは言えど、豪速球で飛んでくるスライムに当たれば、人々はその勢いに倒れてしまう。そして、スライムが当たると、スライムの粘着性によって動けなくなってしまうのだ。


 辺り一帯に人々の悲鳴や怒号が響く。


「いやっ、誰か助けてよ!」

「邪魔だ、どけっ」

「早く逃げろ!」

「騎士団はまだなのか⁉︎」

「俺の住居がスライムでベタベタになってるぞ……!」

「うちなんて、スライムの勢いで破壊されてるよっ」


 この場は逃げ惑う人と攻撃を受けて動けなくなった人、それを助けようとする人、怪我をした人たちで混沌としていた。


 ユードレイス領の近くに位置する森には魔物が住んでいると聞いていたけど……。


 街中で人々を攻撃するなんて聞いたことがない。これはかなりの非常事態と言ってよいだろう。


 騎士団が到着しないなら、とりあえずこの事態を解決するためには、私が動くしかないだろうな。


 魔物は魔法か剣による攻撃で、倒すことができる。そして、魔法を使えるのは貴族だけ。


 現状、魔法でスライムを倒せるのは貴族の血を引く私だけだろう。


 だったら、私がやるしかない。


「貴族の務め、ノブレス・オブリージュを全うしてやろうじゃないの!」

「絶対ここで使う言葉じゃないですよ、それ」


 リーナが冷静にツッコミを入れた。

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