第7話 国王の思惑





「陛下! 今、お時間よろしいでしょうか⁈」

「……そんなに慌ててどうしたのだ?」


 リディア嬢がユードレイス領へと旅立った数日後のこと。ワシが書類仕事を片付けていると、慌てた様子の宰相が部屋に入ってきた。


 彼の額には汗が滲んでいる。彼がこのように取り乱すことは珍しい。何か緊急事態があったのであろうか。


 彼は険しい顔で口を開いた。


「リディア様がユードレイス領へ向かったということは本当でしょうか?」

「……真だ」

「なぜ、そのようなことを……!」


 彼の言葉の意味するところは分かる。リディア嬢は、2属性の魔法を使える逸材だ。そのような人物を王家が手放すとは何事か、と言いたいのだろう。


 普通、扱える魔法の属性は5属性の中で1つのみであり、これまでの歴史上で2属性の魔法を使えた者が現れたことはない。


 そのため、リディア嬢が2属性の魔法を使えると分かった時、貴族界には大きな衝撃が走った。


 なぜ、彼女が2属性の魔法を使えるようになったのかは不明だが……。



 そもそも現在の貴族が貴族である理由は、かつての戦で魔法の力によって勝ってきたからである。ゆえに魔法とは貴族の証であり、権力の象徴だ。


 それでも歴史上で2つの属性の魔法を扱えた者はいなかった。


 だからこそ、リディア嬢の存在は貴重なのだ。


 王家としては、そんなリディア嬢の力を手に入れ、その魔法の才を王家の血に取り込みたかった。そのため、多少強引にでも縁談を進めていたのだが……。


 宰相は、王家がそのリディア嬢を簡単に手放すようなことをするとは何事かと思っているのだろう。


「まあ、待て。ワシとて考えなしに、婚約破棄を認めたわけではない」

「……どういうことですか?」


 リディア嬢が主張していたように、セドリックが大衆の面前で婚約破棄したという事実は、簡単に覆せることではない。


 それならば、今回は婚約破棄と追放を認め、時期を見計らってリディア嬢を王都に呼び戻し、罪を償ったとして彼女を再びセドリックの婚約者に戻せばよいだろうと考えたのだ。

 それまでにセドリックを説得して、男爵令嬢とは別れさせればいい。


 しかし、ワシの考えを聞いた宰相は納得していないようだった。


「呼び戻したとて、婚約破棄されたリディア様がこちらに戻ってくることは考えられません。そのままユードレイス領に滞在すると考えられますが……」

「そのことに関しては問題ない。ユードレイス領には、リディア嬢の悪評を流しておいた」

「悪評を? なぜ?」

「新天地で冷遇されれば、リディア嬢とて社交界に戻ってきた方がずっと良いことに気づくであろう?」

「……」

「それに、リディア嬢が辺境の地に滞在することに嫌気が差すよう、他にもいくつか手を施している」


 婚約破棄された後のリディア嬢は、セドリックと関係を戻さない意思が強かった。

 しかし、婚約破棄以上に辛い目に遭えば、リディア嬢もセドリックの婚約者でいた方がよかったと考えるだろう。


「お言葉ですが、それでは社交界にもユードレイス領にも居場所をなくしたリディア様が国外へと行ってしまう可能性があるのでは……?」


 宰相のもっともな指摘に、ワシは笑みを浮かべる。


「大丈夫だ。リディア嬢とは、“国内から出ないこと”という条件の誓約を交わしたからな」

「……」

「それに、第二の手も考えておる。あっちには私の手の者がいるからな」


 リディア嬢の追放先をユードレイス領に指定した理由は、主にワシの第二の作戦にある。第一の作戦が上手くいかずとも、第二の作戦を実行すれば、リディア嬢は必ず王家の手に入るだろう。


「まあ、見ておけ。リディア嬢は必ず王都に戻ってくるはずだ」


 この時のワシは彼女が確実に手に入ると確信していた。



 しかし、後にそれが大きな間違いであると気づくことになる。


 ワシは彼女を見誤っていた。


 ワシが仕掛けたことが、彼女の力によって全て跳ね除けられていったこと。彼女の根性と人情、想像力は、ワシの思惑を全て無意味にしてしまうこと……。


 しかし、ワシの一番の誤算は、リディア嬢が「風呂に入れれば、それだけで幸せ」という考えを持っていたことである。


 この時のワシはまだそのことに気づいていない。

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