第2話 この世界のお風呂事情




「ふぃーーーー。きもち〜〜〜」


 かぽーん。


 私は夜会から帰って、すぐに浴場へと直行した。


 湯船に浸かって、天を仰ぐ。お風呂の熱によって、じんわりと体の芯から温まっていくのを感じた。湯気が顔にかかるのが、心地いい。温かなお湯の香りを吸い込むと幸せな気分になる。ここは、この世の極楽だ。


「よーやく入れた。長い夜会だったな〜」


 ここは、我がハミルトン家の大浴場である。


 この大浴場は、私が8歳の時に自分で設計して作ったものである。広さ、床タイル、天井まで、こだわり抜いて作成した。

 浴槽には、私が魔法を込めれば、すぐにちょうどいい温度のお湯を張れるようになっている。


 実は、この世界に入浴という文化はない。


 魔法の発達によって水を出す魔法道具はあるので、みんな頭と体を洗うことはしている。しかし、それは「体を清潔に保つ」という目的があっての習慣。


 安らぎを求めた「入浴」という文化が存在しなかったのである。


 私はそれを知った時、絶望した。


 大好きなお風呂に入れないなんて、死にそうだった。そして、死にそうになりながら、かのマリーアントワネットのような思考に至った。


 お風呂がないなら作ればいいじゃない、と。


 幸いなことに私の転生先は公爵家だ。お金はたんまりある。当主の許可を得られれば、お風呂を設置することは可能である。


 とは言っても、公爵家の当主である私の父は厳格な性格だし、私を特別甘やかしているわけではない。得体の知れない「お風呂」に公爵家のお金をかけることを簡単に許すはずない。


 しかし、それで諦めるほど私のお風呂愛は浅くない。父を説得をするまでだと、私のお風呂魂に火がついた。



 お風呂の効能‥‥‥疲労回復、肩こりや腰痛の解消、免疫力の上昇などを説明した資料を夜な夜な作成。


 更に、お風呂を使用人たちにも開放することで、公爵家全体の労働環境改善・能率アップを利点として提示した。 元の世界ではバリバリ働いていたし、プレゼン能力は充分に鍛えられているのだ。


 しかし、お風呂を設置するに当たって、一つの問題に直面した。


 疲れを癒やすためのお風呂であるはずなのに、「お風呂を沸かす」という業務が増えることによって、使用人達は逆に疲労してしまうという点である。


 現在の魔法技術では水単体・火単体を生成することは出来ても、熱々のお湯を生成することはできない。

 水魔法を使って水を出して、火魔法を使って水を温めなければならないのだ。つまり、お湯を沸かすのは、それなりに面倒くさいのである。


 使用人達の負担を軽減させる方法を模索するため、私は数日間頭を悩ませた。悩み続けて若干知恵熱が出てきたある日、やけくそ気味に唱えてみたのだ。


『いでよ、火の力で温まった水』と。


 ゆるーい文言は、おふざけのつもりで。どうせお湯をすぐに生成するのは難しかろうと思いながら。


 しかし、その時、私の手元で水魔法と火魔法が一気に発動されて、何故か40度くらいのお湯を生み出すことに成功したのだ。


 これが、私が2属性の魔法を使えるようになったきっかけの秘話である。

 その後、2属性の魔法を扱える逸材として王家から婚約の打診がくることになったんだけど‥‥‥。まあ、その婚約の結末はお察しの通りである。



 こういった紆余曲折を経て、父からのお風呂設置の許可を得ることができ、この世界でお風呂に入るという願いを叶えることができたのだ。


「さて。そろそろ部屋に戻った方がいいかしらね」


 充分温まったので、お風呂から出ていき、体と髪をタオルで拭き取る。そして……


「やっぱり、お風呂上がりはコーヒー牛乳よね!」


 コーヒー牛乳を、グビグビと一気飲みする。


 あったかーいお風呂に入った後の、つめたーいコーヒー牛乳を一気飲みする瞬間が、何よりもの至福なのだ。


 飲み終わってから、しばらく自室で過ごしていると、扉がノックされた。私が答えると、私の専属侍女が入ってくる。


「リディア様。公爵様がお呼びです」

「分かったわ」


 元々、私とセドリック様の婚約を進めたのは父だった。公爵家としても、王家との関係は保持したかっただろうから、今回の婚約破棄について、父は相当お怒りに違いない。


 私は覚悟を決めて、父の執務室へと向かった。




☆☆☆





「さっきの夜会での婚約破棄についてだ」


 父の執務室にたどり着くと、すぐに話を切り出された。彼の顔は険しく、かなり怒っていることが見てとれた。


「なぜ、あの時、罪を認めたんだ」

「罪を認めてしまった方が潔いではありませんか」

「お前は無実の罪を認めて、婚約破棄に応じたのか」

「あら、分かりませんよ。やっていたかもしれません」

「真面目に答えろ」


 父の地を這うような声に、これは長引きそうだと思った。






――――――――――――――――――――


入浴という文化について、実際の中世ヨーロッパとは違った舞台設定になっております。あらかじめご了承下さい。

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