婚約破棄されたので、辺境の地で風呂カフェ始めます!〜転生令嬢は、お風呂ライフを楽しみたい〜

夢生明

1章 「風呂カフェ・ほっと」へようこそ!

第1話 婚約破棄に興味はない!





「リディア! 貴様とは婚約破棄させてもらうぞ!」


 婚約者から婚約破棄を告げられたのは、王家主催の夜会も終盤に差し掛かっている時だった。

 自信満々な表情の婚約者に、その右腕に抱きついている気が弱そうに見える令嬢。周囲からの好奇の視線の数々。


 地獄のような状況に、思わずにはいられなかった。


 あー、早くこの茶番を終わらせて、家のお風呂に入りたい。何も考えず虚無のまま湯船に浸かりてぇ~、と。






 私、リディア・ハミルトンには前世の記憶がある。それは、“日本”という国で社会人として働いていた記憶だ。


 バリバリにキャリアを積み、仕事に邁進していた私の日々の癒やしは入浴だった。一日の終わりに、湯船に浸かることが最高の癒しで、日常の疲れを取る唯一無二の方法だったのである。


 しかし、そのお風呂好きが災いして、前世ではお風呂で寝落ちをしたことで死んでしまった。最後の記憶が「眠いな~」という感情と視界に映るぼやけた浴槽だったので、間違いない。

 来月には有給休暇を取って、所沢へ温泉旅行に行こうと計画していたのに。無念。


 次に目を覚ました時には、私はハミルトン公爵家の長女として生を受けていた。

 アラサー会社員から赤ちゃんとして違う世界に転生したので、最初は驚いたし混乱した。文化や常識の違いに戸惑った。

 それでも日々生活しているうちに慣れてしまうのだから、人間の適応能力ってすごいと思う。



 この世界で生活を初めてから一番驚いたことは、魔法の存在だ。

 この世界には、5つの属性の魔法が存在していて、さまざまな用途で使用されている。


 魔法を使えるのはほとんどが貴族であり、公爵家の娘である私は、「とあること」をきっかけに火と水の魔法を使えるようになった。8歳の時のことだ。


 どうやら、2属性の魔法を扱える人間は非常に珍しいらしい。私の魔法の才を見込まれて、すぐに王家から縁談の打診がきた。


 お相手は、この国の第一王子であるセドリック様。公爵家としてこれ以上ないお相手に、我が家は大歓喜。

 すぐに顔合わせの日が取り決められた。


 しかし、セドリック様は私のことをお気に召さなかったようで、出会い頭にこう言い始めた。


『こんな気の強そうな女との婚約なんて嫌だ! 俺は大人しい金髪碧眼美少女と結婚したいんだ〜〜〜っ』

『……』


 うわぁ。


 失礼ながら、思わず王族にドン引きしてしまった。


 でも、ドン引きしていることは巧妙に隠して、私は笑みを崩さなかった。


 社会人スキル。何を言われても、動じない、気にしない、逆らわない。

 身分が上の相手に取る態度なんて分かりきっている。


 とにかく穏便に、早急にこの場を終わらせよう。

 そう考えて、失礼なことを言ったセドリック様を責め立てることをせず、私は顔合わせの時にずっとニコニコと笑みを崩さなかった。


 そうして滞りなく顔合わせを終わらせ、縁談が進められることはないだろうと思っていた。


 思っていたのだ。


 なのに、なぜか王家の方から「ぜひとも縁談を進めたい」との要請がきた。


 どうやら、国王は私の魔法の才をどうしても王族に取り込みたいらしい。ぜひと将来の王妃として迎えたいとのことだった。


 また、彼らは『リディア嬢も笑みを絶やさなかったし、息子のことを気に入ってくれただろう。失礼な発言もあるが、息子は美形だし、地位も確立されてるから、これ以上ない縁談だぞ』とも言っていたそうだ。



 社交辞令の笑顔だったのに……。


 無念……。



 結局、公爵家当主は王族に逆らわず、私は第一王子の婚約者になった。


 とはいえ、私はこの婚約を悲観していなかった。


 セドリック様はまだ子供だし、これからいくらでも変わる機会はあるだろう。歩み寄ることで、結構仲良くなれるかもしれない。そう前向きに考えたのだ。


 そうして8年間、セドリック様の婚約者として過ごしてきたのだが――……。





 現在。セドリック様の腕には、大人しそうな金髪碧眼美少女が抱きついている。


「リディア、お前は彼女のことをいじめたそうじゃないか。彼女は俺に泣きながら助けを求めてきたぞ!」


 うわぁ。


 三つ子の魂百までとは言うけれど、ここまでブレないとは‥‥‥。結局、彼の性格も好みも変わらなかったらしい。


「お前は彼女をいじめたそうだな! 嫉妬心にかられた醜い悪魔め!」


 あー、お風呂入りたいなーと天を仰ぐ。


 湯船の中でふにゃふにゃになりたい。現実逃避したい。

 もうすぐ夜会も終了して家に帰れるところだったのに、本当に早く終わってくれないかな。


「お前の罪は、三つだ! 皆の者、コイツの悪行を聞いてくれ!」


 今日は秘蔵のアロマオイル使おうかなぁ。バラの香りがするやつ。今、ものっすごい勢いで疲れてるし。


「一つ、彼女の悪口を言い広めたこと。二つ、彼女の物を隠したり壊したりしたこと。三つ、彼女の暗殺を計画したこと。以上、すべてがお前の罪だ。三つめは計画書も手に入れているから、言い逃れはできないぞ!」

「……」

「どうなんだ、リディア!」


 ……どうもこうも、セドリック様の言ったことは、どれもやった覚えはない。


 というか、計画書の筆跡は明らかに私じゃないし、ちゃんと調べなかったのかな? 調べもせずに、こんなにドヤ顔で私を責め立てているの……?


 もう、本当にお風呂に入り(以下略)


「何か言ったらどうだ!」


 まあ、筆跡を調べれば、暗殺計画を立てていないことだけは証明できるだろうけれど……。




 仮にここから弁明して、私に得られることってあるかな?




 多分、無実を証明できたら、この王子との婚約が継続になる可能性がある。


 国王は、私の魔法の才を何としても王族に取り込みたいだろうし、婚約破棄はなかったことにされるだろう。

 セドリック様は問題を起こしたとして数ヶ月謹慎になるだろうが、それで終わりだろう。


 そして、彼が謹慎したくらいで、今更心を入れ替えるとも思わない。


 結論。無実を証明したとして、何も得られるものはない。



 というか、もう……。本当に疲れたから早く帰って、お風呂に入りたいんだ!


 私は覚悟を決めた。


「分かりました。罪を認めます」

「えっ」


 会場がザワリと騒めいた。成り行きを見守っていた貴族たちの非難がましげな声が聞こえる。


 しかし、私は恐れずに言葉を続けた。


「婚約破棄も受け入れますので、今後は公爵家を通して話を進めましょう」

「えっえっ」


 セドリック様が私の腕を掴む。


「ま、まて! 婚約破棄だぞ?! 嫌じゃないのか?!」


 私はセドリック様の手をそっと振りほどきつつ、微笑んだ。


「まったく。だって、セドリック様への情なんて昔からありませんもの」


 私は最後にカーテシーをして、会場を後にした。


「それではご機嫌よう」


 さて。さっさと帰ってお風呂に入ろう。

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