第1話③ はじまり
チェックアウト後、外に出ず、ホテルのエレベータに乗った。
ロビーで待っていろ、と言われたが、そうはいかない。昨夜は足手まといと罵られたが、サポートできるかも知れない。
「見届けたい」
俺は思いを伝えた。
「命の保証はしない。ループ前に死んでしまったら、ループしても生き返らない。覚悟しておけ」
死んだという事実は、ループでは覆せないのだろう。ジャンプした異世界で土に還ることになる。死ぬのは怖いけれど、アイが死んでしまったら元も子もない。俺も野垂れ死にだ。だから、死なば諸共。
「ああ、分かった」
エレベータの階数を示す表示はカウントアップされていく。
戦いの場はホテルの屋上らしい。
屋上には大きな米印のあるヘリポートがあった。四方には空が見える。
時折吹く強い風に、体のバランスを崩しそうになりながら、ヘリポート向こうに見える黒尽くめの出で立ちをした男、リワールドに向かった。
リワールドは、屋上に辿り着いた俺たちを待っていたかのような、薄笑いで迎える。
俺が目の当たりにする第二ラウンドは、剣どうしの戦いだった。
アイは前回と同じように、剣道の試合のように声を上げて、見境なく力任せに剣を打ち込んでいく。それをリワールドが受け止めていく流れだった。
俺は黙って見守るしかない。アイがピンチになったら身を挺して飛び込もう。できるだろうか。一瞬でも足が竦んで出遅れてしまったら、後悔しながら死ぬことになるだろう。
負けるな、頑張れと応援したが、これはアイにとって分が悪い。5分も経つとアイの息が上がってきた。リワールドは痩せこけているとはいえ、腕力と体力が優位にあるようだ。
打ち込む間隔が長くなってきたとき、リワールドが攻めに転じた。
アイが一歩二歩下がってふらついたとき、狙い澄ましたようにリワールドの剣が振り下ろされた。剣を持っていたアイの右手が飛んだ。
苦痛に歪んだアイの叫び声が空に響く。
ひねった蛇口のように血が流れ出す右腕を左腕で押さえ、お腹に抱えながら顔を歪めるアイは、リワールドに顔を向けていた。足下の床はみるみる赤く染まっていく。
「来るな!」
横目で俺を睨んだ。
リワードは、一歩を踏み出そうか迷っているようだ。
とどめを刺そうとリワールドが近づいてきたら、アイは先手を打ってループさせるだろう。どうやら距離感を図っているようだ。
それを知っているリワールドは諦めてジャンプした。
これが、何千回と戦いが続いている理由だ。引き分けが延々と続いているんだ。
根負けした時点でこの戦いは終わることになる。一生を掛けた戦いともいえる。
俺は「アイ!」と叫びながら走り寄り、ポケットに持っていたハンカチを右手に巻いた。きつく縛って止血する。
「私のウエストバッグから銀色スプレー缶を出してくれ」息も絶え絶えに俺の腕を掴んでくる。
言われるがまま手に収まる大きさをした銀色のスプレー缶を取り出した。
「ループするから大丈夫と思うが念のためだ。君の、私の血がついた個所にスプレーしてくれ。早く」
言われるとおり、腕などアイの血がついた個所にスプレーしていった。
「スプレーしたよ」
「追い掛ける」アイは俺に身体を預けた。
アイを抱き締めた。体が冷えてしまっている。死ぬなとアイに力を込めた。
「アーリガティオ、リープ、サリーレ」意識朦朧としたアイが呟くと、力尽きて気を失った。
世界がぐるぐると回るめまいを起こした。
堪らず目を閉じると、違う世界にジャンプする感覚、身体が一瞬浮くような体験をした。
多分この現象に、一生慣れることはないだろう。
めまいがおさまりかけて、片目でアイを確認すると、右手は元に戻っていた。仰向けに気を失ったままだった。直前に起こった腕を切り落とされた状況を思い出した。苦痛に耐えるアイに震えを覚えた。
死んでしまったらループしても生き返らないが、生きていれば腕を切り落とされても元に戻るようだ。
よかった。
俺は、仰向けに大の字に寝転がった。
これが何千回と続くとなると、心が持たない。いずれアイだけでなく自分も同じ目に遭うだろう。成るようにしかならない、と自身に言い聞かせた。
白い入道雲がある――故郷と同じだ。
アイが目を覚ますまで夏の空を眺め続けた。
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