魔法少女は今日も忙しい(KAC20241)

しぎ

魔法少女VS怪異

 魔法少女には三分以内にやらなければいけないことがあった。



「もう、なんでいつもいつも時間がないときに限って出てくるのよモノノケ!」


 この後は大事な予定があるのに。

 いつもそうだ。魔法少女たちが倒すべき存在であるモノノケは、狙ったかのように彼女――あかねが忙しい時を突いてくる。


 あるときは登校中。

 あるときは学校の昼休み。

 あるときは友達と遊びの約束がある直前。


「出動してくれ」

「ちょっとマスター! あたし、高校生なのよ? 学校行かなきゃだし、部活あるし、家に帰ったらやりたいゲームとか見たい動画あるし、あと一応宿題もしとかなきゃだし、それにお姉ちゃんの応援もしなきゃだし!」

「しかし、あかね君がモノノケを何とかしないと、街の人達が襲われて大変なことになってしまう。すまないが、今この街の魔法少女は君一人なんだ。あかね君だけが頼りなんだよ」



「…………仕方ないわね!」


 なんか毎回このパターンでやらされてる感もしないではないが、でもマスターの言う事は間違ってはいない。

 あかねはイヤホンに偽装したマスターとの通信装置をブレザーのポケットにしまうと、周りに人がいないことを確認して路地の裏へ入る。


 あかねが通学カバンを開けると、そこには筆箱のようなハート型の物体。


 ……あたし、高校生よ? 可愛いとは思うけど、さすがにちょっと幼稚過ぎない?

 でも、これが変身アイテムだってんだから仕方ない。



「変身!」



 ハート型を天に掲げると、白い光があかねの身体を包み、一瞬で赤が基調のフリフリスカート姿……魔法少女の衣装に変わる。

 その途端、あかねの感覚が研ぎ澄まされ、モノノケ特有の不穏な刺激があかねの脳内に襲いかかる。

 ――ああ、もう本当になんでこんな時に!



 あかねは魔法の力で両足を強化させて、雑居ビルの壁を駆け上がる。

 この姿を一般人に見られたら、どんな騒ぎになるか分からない。


「魔法少女の存在は悪の組織の神経を逆なでするから、世間にバレてはならない」

 とかなんとかいう理由で、魔法少女の活動は秘密裏に行われなければならないのだ。


 というか悪の組織なんて本当にいるのか。

 マスターによると、悪の組織はモノノケを人為的に発生させることで、世界征服の邪魔になる魔法少女を倒さんとしているらしい。


 って、今どき世界征服なんて本気なのかしら。日曜朝のアニメでも最近聞かないわよそんな設定。


 ……あ、魔法少女のあたしが言うことでもないか……



 そんなどうでもいいことを考えつつ、あかねは誰もいない雑居ビルの屋上で感覚を集中させる。

 早くモノノケを見つけて倒さないと。次の予定に間に合わせるためには、使える時間はあと二分ぐらい。



 ……あそこだ!

 見つけた瞬間、あかねは建物の屋上、窓の縁を高速で飛び移って急ぐ。このときばかりは、100m走のタイムが良かったことに感謝してる。



「モノノケ! とっとといなくなりなさい!」

 太陽が出てるのに薄暗い、建物の隙間のような路地裏にあかねは降り立つ。

 そこには黒いモヤのようなものを全身から放出した、小学生が使うような鍵盤ハーモニカが転がっている。


 ……しかし、あかねの声が聞こえたかのように、鍵盤ハーモニカはあかねの身体の倍ぐらいにまで大きくなり、長く伸びたホースが絡みつかんとばかりにあかねへめがけて襲いかかる。



「もう、めんどくさい! 攻撃とかしないでよ!」


 あかねが変身に使ったハート型を掲げると、あかねを中心に半透明なバリアが出て鍵盤ハーモニカの攻撃を寄せ付けない。



 モノノケというのは、長い間使われた物に魔力が宿ってしまったものだ。その中には、無差別に周囲を攻撃するため誰かが対処しないといけないものがある。


 そして魔力には魔力でしか対抗できない。

 よって、モノノケの対処に当たることができるのはあかねのような魔法少女しかいないのである。



 攻撃に耐えてるうちに、あかねに残された時間はあと一分。

「ああ、もう行っちゃえ!」


 攻撃が一瞬止まった隙に、あかねはハート型に魔力を込める。

 たちまちのうちに変身アイテムは、あかねの身長ほどもある巨大な槍へと姿を変えた。


「でやーっ!!!」

 イライラを声に乗せてあかねがぶん投げた槍は、鍵盤ハーモニカの鍵盤の間へすり抜けるように入っていく。



 グサッ



「うああああああ」



 様々な音階の断末魔のような音が響いて、大爆発。



 煙が引いたあとには、何事もなかったかのように、普通の大きさに戻った鍵盤ハーモニカが落ちているのみだ。




 そして騒ぎに気づいた一般人がやってくる前に、あかねは再びビルの上へ駆け上がって姿を消す。


 ……もう! なんでモノノケっていちいちあんな派手にやられるのよ! 落ち着いて変身解除してられないじゃない!

 と、あかねは思うが、そもそもいつも落ち着いていた試しがない。だって次の予定が切羽詰まってるんだもの。


 特にこの予定がある前はいつも必ず、ほとんど決まってモノノケが出てくる。急いでるのに。

 もしかして、あたしが出るなと思うから出てくるの? なんとか効果だっけ?

 トイレ行きたいときに限ってお姉ちゃんがいつも先に入ってるのと同じやつ?

 部活の朝練があるときに限って目覚ましの調子が悪くなるのも同じ?



 ……ってやばい、あと三十秒!


 あかねは目的地の裏手の路地に降り立って、ハート型を自らの腹部に押し付ける。それが変身解除の合図。


 再び白い光に包まれたあかねの身体は、直後ブレザー姿に元通り。



 ……なのだが、ここで一つ問題がある。

 戻るのはあくまで服装だけなのだ。

 それ以外のところには、この変身アイテムは作用してくれない。


 だからあかねは、魔法少女状態のときもずっと持っていた通学カバンを開ける。

 常人離れした速度で揺さぶられ続けたカバンの中身は、ミキサーにかけられた野菜よりもぐちゃぐちゃだ。


 ――これだから制服姿のときはモノノケが出てほしくないのだ。変身した場所にカバンを置いてくるわけにもいかないし。

 とはいえいちいち中身を整理している時間はない。あかねはハート型をカバンの中に投げ込み、代わりに財布を取り出して持つ。


 そしてそのままダッシュで表へ出て建物の中へ駆け込んだ。




「あ、あかねちゃん。今日もギリギリセーフだね」

 乱雑にテーブルが置かれたロビーを通り抜け、細い通路の入口にいる顔見知りのスタッフさんに財布から出した千円札を右手で渡し、その右手に入場チケットを受け取る。


 そのまま転げ落ちそうになりながら急な階段を下って分厚い防音扉を開けたのと同じタイミングで、奥のステージに照明に照らされた姉、あおいの姿が浮かび上がった。



「皆ー今日も盛り上がっていこうー!」

 あかねが息をつく暇もなく、あおいはマイクを握って歌い出す。

 いつも通り、渋い低音ボイスがキレキレだ。



 ……はあ、今日もなんとか間に合った。


 お姉ちゃんのファン第一号として、お姉ちゃんがボーカルを務めるガールズバンドのライブを見ないなんてことはあり得ない。





 ***





 悪の組織の女幹部は三分以内にやらなければいけないことがあった。



 鍵盤ハーモニカがモノノケになって活動し始めたのを確認すると、彼女は変身を解く。

 微妙に露出が多い気がする、黒が基調の衣装が闇に包まれる。

 代わりにそれまで着ていたTシャツが現れ、数秒で姿は元通りだ。


 ……なんでいちいち変身しないと魔力を使えないのかしら。どうせ人から見えるところでは目立って魔力を使えないとはいえ、さすがにちょっと恥ずかしい。

 あんな誰が見ても悪い人だとわかる衣装、悪の組織の存在を世間から隠すという意味ではまずくない?



 ――とボスに言ったところで特に改善なんてされないのは分かってるので、彼女は諦めて駆け出す。

 今日は思ったよりモノノケの素材探しに時間がかかった。あと三分で戻らないと。


 路地裏を全速力で走り、死角から飛び出してきた猫を飛び越える。

 全く、妹と違って運動神経はそんなに良くないのに。どうしていつもこんなことになってしまうのだろう。



 ……でもなあ、今の時間が一番魔力の調子が良い気がするのだ。

 今日みたいな、本番前で適度に緊張している日は特に。



 だからこそ、リハーサルが終わったあとのわずかな時間で、毎回モノノケを生み出しているのである。


 そういえば、一度ボスに聞いたことがあった。

「強くないモノノケを少しずつ作ってぶつけるって効果あるんです? 本気で魔法少女を倒したいのなら、時間をかけて強いやつを作った方が良いのでは?」

「しかし、それには時間も金も人手も必要だからな。その間の隙を突かれるリスクもある。それに、こうして雑魚をぶつけ続けることも、魔法少女の体力や気力を少しずつ削っているんだ」

「本当です……?」


 通信アイテム越しのボスの声は無機質だ。


「あと、やはり実績作りには回数を稼ぐのが一番だからな」

 実績って何?……と思ったが、それ以上は教えてくれなかった。


 納得行かないところも多いが、ボスには私の家族の個人情報を一通り握られている。下手に逆らったら、両親や妹が何をされるか分からない。



 ……大通りに出たら、運悪く赤信号。これでまた数十秒のロス。

 彼女のイライラが高まる。もう、せっかく今日は新曲お披露目なのに!



 青になった瞬間に駆け出す。気づけばあと一分。

 歩道を突っ切るタイミングで自転車の急ブレーキ音が聞こえた気がするがもう気にしてられない。



 公園の砂場を横断し、コンビニから出てきた人の間をすり抜け、目的地の建物の裏口へ。



 荷物搬入口の隣りにある関係者入口のドアを開け、ポケットから関係者パスを取り出し、すれ違いざまにスタッフに見せる。



 そのまま細くて急な階段を踏み外しそうになりながら下りて、目の前の楽屋へ飛び込んだ。



「どうしたの、今日は随分と息が上がってるじゃない」

「どこまで散歩に行ってた?」

「そのうち遅刻するわよ」


 メンバーが口々に声をかけてくる。

「本番前は一人になりたいから、外で散歩してくる」という言い訳で抜け出してモノノケを作るのは、やっぱり厳しいのだろうか。


 壁際の机に置かれたペットボトルの水を手に取ると、観客席後ろから全景を映しているモニターが目に入った。新曲お披露目とSNSで宣伝したこともあり、普段よりもお客さんが埋まっている気がする。



「……あかねは?」


「いつも通りギリギリじゃない? ……ってか、あなたたち姉妹はライブハウスにはギリギリで到着しないといけない血筋なの?」

「何よそれ、呪い?」

 軽口を叩くけど、割と笑えない。


 でも確かに、毎回妹のあかねは私のライブを楽しみにしてくれるけど、到着は私たちの出番ギリギリだ。そんなに部活が忙しいのだろうか。



「そろそろスタンバイしてくださーい」

「あおい、喉は大丈夫? ボーカルがしっかりしてないと締まらないんだから」


 うん、そうだ。

 やらされてる悪の組織の女幹部の仕事は一旦忘れて、今はライブに集中しないと……

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魔法少女は今日も忙しい(KAC20241) しぎ @sayoino

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