第22話 ヴィンセントの過去2

「私は聖女と婚約をしたいと思う。その者の後ろ盾にもなるだろう。いいだろうか、魔女」


 兄とクリス嬢の婚約が正式に決まったあとの夏。関係各所への挨拶のためにクリス嬢は少しの間、王宮に滞在していた。まだ十歳。夏休みを利用してルーカスも伴い、私の兄とともに最低限必要な場所を巡っていたようだ。あれでルーカスも愛想がいい。上手く立ち回れる。


 魔女と定期的に父と兄は会っている。せっかくだからと私とクリス嬢も同席を許され、会うことになった。


『はじめましてねぇ〜、クリスティーナちゃん』

『は、はい! お会いできてあの、う、嬉しいです』


 あまりの露出度の高さに、目を白黒させて言葉が出てこないようだった。


『ヴィンセントちゃんも、久しぶりねぇ』


 この挨拶の直後に私が放ったのが、さっきの言葉だ。魔女以外の全員が固まった。


 ――本当に婚約をしようと思ったわけではない。

 

 兄たちの婚約直後に行われた社交の場に試しに私も参加をした。十六歳から本格的に参加するもので、私は十五歳ではあったものの禁止されているわけではない。クリス嬢はまだ十歳で参加はしなかった。兄は婚約したことへの喜びを口にしながら、残念がるご令嬢とダンスを踊っていた。


 私が参加すると知って十六歳未満の女性も多く参加し、予想はしていたものの群がってきた。第二王子という肩書き……それだけに吸い寄せられてしまうものなのだなと改めて感じた。春からの学園入学がより憂鬱になった。


 だから私は、入学前までに「聖女と婚約ができる身でありたい」と言い張ろうと気持ちを固めた。そうしているうちは、誰かとの婚約は決まらない。断る口実にもなる。ただの問題の先送りだ。召喚されてしまえば、少し話をして私では役不足だったと言えばいいだけだ。聖女も嫌がるに決まっているし、立場が下の者と違って断ることもできるだろう。そのあとに寄ってくる女も少なくなるはずだ。


 特別な兄に、特別なクリス嬢。

 

 ほんのわずか一瞬でも、特別な存在と深く関わる存在になってみたいと……そんな後ろ暗い欲求もあったのかもしれない。


 ただし、聖女は魔女が召喚するもの。魔女のいない場で突然言い張るには我儘がすぎるだけでなく、諭すように説得されるだけかとも思っていた。いい機会をもらったと、言いづらい雰囲気になる前に開口一番にその言葉を告げた。


 何を言い出したんだ、このバカ王子といった視線を浴び……全員が魔女を見た。


 彼女は微笑みながら言った。


 ――やっぱり、そうなるのね。


「ヴィンセントちゃん。あなたは聖女ちゃんの特別な人。そうなることが決まっているのよぉ。あなたにだけ渡すものがあるわぁ。他の人は見られない。それをあなたの部屋に今、箱に入れて置いておいたわぁ。他の人には開けられない魔法の箱。受取拒否はできないわよぉ。ふふっ、聖女ちゃんには時期を見て渡してちょうだい。時期は任せるとアリスちゃんからの遺言よぉ」

「ア、リス……? ゆ……いごん……?」

「ええ。聖アリスちゃんの親友なのよぉ、聖女ちゃんは。一度彼女だけ過去に戻ってアリスちゃんと会うわぁ。その時期も召喚のあとに相談してぇ? 会ってしまうから、会う時点までのアリスちゃんの記録しか聖女ちゃんは読めないわぁ。そのあとは戻ってからねぇ。あなたもそのあとの話はしないようにねぇ? しても……私が音を消してしまうかもしれないけどぉ」

「は!? 意味が……よく……」

「読めば分かるわよぉ。ふふっ、今日はもう消えた方がよさそうねぇ? 聖女ちゃんの召喚は五年半後くらいかしらぁ。それではね?」


 魔女が消えてからも、しばらく誰も言葉を発しなかった。


「ヴィンス……今のは……」


 最初に絞り出すような声を出したのは兄だった。

 

「……部屋に魔女が言ったものを確認しに行く」


 私にも意味が分からない。そう言うしかなかった。

 

「こ、婚約と言うのは……」

「わ……からない」

「分からないって、お前……」


 しばらく聖女と婚約を前提に話をして、断られたら身を引くと言うつもりではあった。聖女に対して余計なことを言う者もいるだろう。私との婚約を前提としておけば、そういった者も少なくなり、かばいやすく便利でもあると……そう言うつもりだった。今までの聖女も浄化後の記録はない。魔王浄化のあとは行方不明ということにして、違う人間の経歴を用意して新たな人生を歩んでもらえばカドも立たないだろうと。


 だが、魔女は言った。


 私が聖女の特別な人で、そうなることが決まっていると。


「気……付いたらそう口にしていた」

「なんだって?」

「運命だったんじゃないか、それも。決まっていることなんじゃないか。魔王が出現することと、聖女が召喚されることと同様に」

「なんだ……それ……」


 聖女の特別な人……私が……?


 反芻するたびに、信じられない心持ちになる。震える手をグッと握りしめた。


「部屋に確認をしに行く。ではな」


 このあとは一度私の問題は棚上げしてクリス嬢を部屋へ戻し、魔女が告げた「五年半後」という具体的な数字について議論を交わすのだろう。


 走って確認しに行きたいのを耐える。王子が廊下を走っては、説教につかまってしまうかもしれない。


 心臓の鼓動が早鐘のように打つ。


 ――私も、特別な誰かだったのだろうかと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る