第20話 衝撃

 ――精霊さん、姿を見せて。


 私の要望に応えて、わずかな水が空中に現れ精霊が姿を現してくれた。期待通りだ。ここならもしかしてと思っていた。


「――――っ」


 ヴィンスが息を呑むのを感じる。

 

 甲高い声を残して鱗粉をまき散らしてサッと消える。聖女がいた場所、そして人がほとんどいない場所――だからかもしれない。空中に残された小さな水の球の一つを口の中に入れて飲み干し、今度は大地の魔法で石を生み出す。小さな螺旋階段のようにポンポンと浮き石を辿るように上へ昇ると橙色の精霊が歌うような音を出して現れてまた消える。蝋燭の炎のような小さな火を周囲に灯して旋回させれば赤い火の精霊が――。遠くのニモモの木の下に落ちている花びらだけを風魔法で呼び寄せると、風の精霊が楽しそうに私の真横でからかうような声を出す。


 炎と石を消して、そっとまた塔へと降りる。大地の魔法で生み出した石だけは一定時間後に放っておいても消えるものの、火や水は早めに消さないとそのままになってしまう。……この程度の火なら水魔法で消せるでしょうけどね。


「聖女がかつて祈りを捧げた場所……だから私の望みに応えて、姿を見せてくれたのかしらね」


 私は私のままなのに、こうやって魔法を使うと化け物にでもなった気分だ。聖女という枷がある以上、楽しい気分にもあまりなれない。


 驚いた顔を見せているヴィンスに、光の祝福を捧げる。


「……光の精霊は無理のようだけど」

「あ、ああ……。見た者はいない」


 姿を見せない精霊もいるのね。


「もう……いいだろうか。セイカ」

「え?」


 そろそろ帰った方がいいのかな。


「お前は聖女だ、セイカ。魔女に願わなくとも精霊が姿を現す。悪戯心ではなく要望に応える形で。……お前は聖女だ」


 何が言いたいのだろう。


「お前に黙っていたこと……もう全部、言ってもいいのだろうか」

「え?」

「教えてくれ、セイカ。分からないんだ。ずっと、ずっと考え続けているんだ……」


 彼が私を抱きしめた。


「私はもう、渡してもいいのだろうか」

「な……にを?」


 ヴィンスの鼻をすする音がする。

 泣いている?


「いつ言うべきなのか考え続けている。どうして彼女は私に託したのか。理由があるはずなんだ。時期を任せると言った理由が……」


 こんな彼を見たのは初めてだ。


 彼が隠していることも気になる。でも、それ以上に彼が抱えている何かから解放してあげたい。迷っている様子の彼を見てそう思う。ずっと何かを悩み続け……言えずに一人で……?


 そっか。私が聖女らしいことをしたから、弱音を吐いてもいい気になったのかな。支えてもらうだけでは駄目よね。


 彼を支えてあげるためなら――。


「教えて、ヴィンス」

「だが……」

「聖女の私が、今教えるべきだと言っているのよ」


 苦しみから解放させるためなら、聖女であることだって利用する。


「今、でいいのだろうか……」

「いいのよ」

「あれを……ここに来てすぐに読めば、自分には無理だと決めつけてしまうかもしれないと思った。それを彼女も恐れたのかと」

「ええ」


 全然意味が分からないけど。

 

「だが、お前の助けにもなるかもしれない。それを彼女も望んでいたはずだ。聖女にしかできない魔法を既に行使できる今のお前になら、見せても……」


 彼女って誰よ。さっきからしつこいわね。

 

「そうね。与えられた才能はもう感じている。だから教えてちょうだい」


 彼が唾を飲み込み、息を吸った。


「お前の幼馴染……アリス・ユメサキからの手紙とその記録を預かっている」

「――え」

「彼女は七百年前にこの世界に来た。クリス嬢の先祖だ」

「――――っ!? はぁ!?」


 時が止まった気がした。

 何から聞いていいか分からない。


「全てを話す……戻ろうか」


 未だ迷っている様子のヴィンスと手をつなぎ、何も言葉を発せないまま帰路についた。


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