第19話 祈りの地
翌日、私はヴィンスと共に墓地を訪れた。王都と港を結ぶ街道沿いにある、広い広い墓地。
私たちは転移魔法陣によって警備員詰所の最上階にある鍵付きの一室に王宮内から移動した。その側にある広場から前の聖女は天高く飛び、例のありがたい言葉を発したらしい。だからこそ、定期的に王家からも状態確認できるよう魔法陣が敷かれたようだ。永続的なものではなく、消えてしまわないよう定期的に敷き直してはいるらしい。消えにくい特殊な塗料まで使うらしく、青白く発光していた。
「本当に人がいないわね……」
「ああ。制限をしているからな」
広場を離れ、墓石が一定置きに並ぶその地へと足を踏み入れる。
今は屋外に魔獣が出現しやすい。だから墓参りも制限されているらしい。……亡くなった方の遺骨を持参した人たちだけが、手続きをして入れる。護衛もつけてもらうようだ。
火葬した遺骨は、墓石の中の空洞に入れられるようになっている。十字架のついた台座を横にずらすと、遺骨を入れる壺が入っているとか。横には石でできた箱も置いてある。魔石に手を当てて自分たちで決めた言葉を発すると蓋を開けられ、中に物を入れることができるそうだ。遺骨もそうやって墓石の中に入れる。
「私の浄化が遅れるほど、ここに入る人も多くなってしまうのね」
「……自分を追い詰めるな。全ては運命のままに流れていくだけだ。事故と同じで避けられない」
昨日は、今後予想される質問も含めて一覧を見せてもらった。学園でいきなり質問される場合もあるので、心づもりもしておいた方がいいと、項目は多岐に渡った。
これまでの魔獣による被害と今後の予想。それに関する事項もあり、隠してはおけないだろうとデータも見せてもらった。
――既に死者もいる。
今までのようには笑えない。そんな気がした。
亡くなった方はどうなるのかと聞き、この地を教えてもらったので、お願いしてここへ来た。このような墓地があちこちにあるそうだ。
私は低俗な人間だ。
死者がいることに心を痛めるべきなのに、一番に感じたのはヴィンスを失う恐怖だ。
人は死ぬんだって。私の浄化が一日遅れるだけで死ぬ人が増えていくんだろうなって。私が世界を救うことは決まっているのかもしれないけれど……ヴィンスがそれまで死なないという保証もないんだって。そう感じた。
ここの人たちも誰かにとって大事な人で……その死に泣いた人はこの墓石の数よりも多いのだろうと見渡しながら思う。
「私はどうしたらいいのかしら……」
ベビーワームの浄化地域は調べてもらったものの、やはり限定的だった。魔獣にならないよう定期的に浄化した方がいいか聞いたものの、私の意思によってできると知れてしまうと、全ての地域を周れとの声が出てくると。当然、全地域を周ることなんてできず、私の住むここに世界中から人が集まろうとして混乱する可能性もあると。
一度に全世界中の浄化ができない限り、しない方がいいと……。私はただ、被害を見ていることしかできない。
「……心配だったが、学園に入る決断も正解かもしれないな。私では……」
あれ。落ち込んでいる?
入学式まで十日余り。それまでに何を質問されても困らないように準備ができれば参加しようと思っている。
「ヴィンスがいるから、ここで生きようと思えるのよ」
「……ありがとう。しかし、私が慰められているようではな……」
いつも仏頂面だから、落ち込んでいても分かりにくいわね。
「広場へ戻るわ」
「ああ」
春の陽射しが白い墓石を照らす。緑の芝生は鮮やかで、周りを囲む咲き始めの桜のような花には、こんな場所にも関わらず始まりの予感を覚える。
「あの桃色の花を咲かせる木は桜?」
「……そんな名前の樹木はないな。あれはニモモの木だ。果実のならないアダミニモモだな」
果実がなるニモモの木もあるのね。桜に似ているものの別種だから言語変換されなかったのだろう。
「そう」
風が吹いて花びらが舞う。そのいくつかに意思を持って手を振れば、一枚ずつ墓石へとひらひらと落ちていく。
立ち入りを制限されているということは、誰にも墓参りをしてもらえないということ。せめて慰めになればと。
「魔法も慣れてきたな」
「ええ」
自動的に備わってしまった才能のお陰で、努力は私を裏切らない。
「魔法を扱えるようになってきて、疑問が最近湧いてきたのよ」
「疑問?」
「魔王を浄化できるという目安はないの? ここまでできたら浄化できるといった……。試しに行って駄目でしたってわけにはいかないでしょう」
「確信できるものはないな。駄目でしたってことが今までにない」
「ああ……」
「だが、前の聖女は自身の風魔法で全世界に声を届けている。魔道具なしでな」
それほどに扱えればってことね。考えてみれば、とんでもない魔法ね。
「それから……」
話の途中で、ヴィンスが迷うように視線をさまよわせた。
「何?」
「祝福の祈りだけは浄化と違って対象を目視しなくても他の者でも行使できる。お前に対して私の部屋から祈れば、一度高く光が昇りお前の元へ降り注ぐ。目の前にいれば光は直進するがな」
「そうだったの」
そういえば、目の前でしか祈ってもらったことがない。お忍びの時も、見えている人にしか祈っていないので、そのまま光が目の前の人々へと吸い込まれていった。
「距離が遠いほど、強い思いがなければ無理だ。途中で光が散ってしまう。それに、いきなり光が体の中に入ってくるからな。普段は目の前の相手にしか祈らない」
そうね。いきなり光が飛んできたらびっくりして大きな声でも出してしまいそうだわ。
強い思い……ヴィンスには軽い気持ちで祈らない方がいいとも言われたけれど、禁断症状が出そうなほどの人はいなかったし……対象への思いの強さも関わっていそうね。
「光魔法が上達すれば……全世界の人間に光を降らせることが……できるかもしれない。目安には……なるかもしれないな」
全世界に光を降らせる!?
「規模が大きすぎね。今までの聖女はできたってこと?」
「……異世界からこちらへ七百年前に来た者がいる。聖女ではなく迷い子とされた。その者は年に一度、クリスマスの日にそれを死ぬまで行い続けたという記録が残っている。……ここでのクリスマスは聖女が最初にこの地に降り立った日とされていて、日付はお前の世界と同じだ。名がクリスだったためにクリスマスという言葉になったようだ」
……こっちのクリスマスの由来は平和ね。いや、魔王が現れたせいだから平和とは違うかしら。クリスって名前がつく人も多そうね。
「迷って来ちゃう人もいるのね。そう……試しにベビーワームの一斉浄化を試みることはできなくても、そっちを試してみることはできそうね。その人の記録は他に残っているの?」
「…………」
ヴィンスが黙った。
「また、私への隠し事に関わってくるの?」
「……すまない……」
広場には石造りの祭壇のような祈りの場がある。柱に囲まれて、いかにもといった雰囲気だ。その中央にある螺旋階段の塔の上から聖女が天へと昇ったのかもしれない。……まるで神のように。
――私は聖女なんて器じゃないのに、その人と同じ扱いをされてしまう。
でも、きっとヴィンスは器なんて関係ないって言うわよね。決まっていることだって。
「上っていいの?」
「ああ。話は通してある」
警備の人はところどころにいて、遠巻きにこちらを見ている。私が聖女であることを伝えてあるのかは分からない。
ゆっくりと階段を上る。
昨日の話を聞いて、とんでもない渦の中に巻き込まれているように感じた。王宮内とは違う外の世界の人からの期待も、ずしっと重く私にのしかかった。
――今できないことを期待されるのは辛い。
心境の変化が欲しくて、ここに連れてきてもらった。人々の死のあとに住まう地を見て、決意を固めたいとも思った。前の聖女と同じ場所に立てば何かが変わるかもとも。その人が墓地を選んだことにも意味があるはずだと。
……でも私は私のまま。何も変わらない。
「昨日はすまなったな。使用人部屋でのクリス嬢との会話が終わるのを待てばよかった」
私、そんなに暗い顔をしているかしら。クリスもやっぱり、明るい話をするのは今しかないという気持ちで使用人部屋に呼んでくれたのかもしれない。
「気にしないで。私は早く会いたかったし、いいのよ」
「お前はまた……」
塔を上り始めると何も言わずについてきてくれる。魔法で上まで飛んだ方が早いのに文句も言われないことに、ほっとする。
ここでは、ズルをしてはいけない気がしたから。
「眺めがいいわね、なんて言ったらここの人たちに怒られてしまうかしら」
お墓が並ぶエリアがよく見渡せる。
「怒りはしないだろう。家系が途絶え、忘れられた者たちもいるはずだ。お前の視界に入るのなら……いや」
聖女扱いしてしまったって顔ね。
健康的な青空を、真っ白な積雲が風に吹かれて少しずつ流れていく。陽光は相変わらずたくさんの白い十字架を照らしている。忘れられた墓も誰かが訪れる墓も平等に。
「私は本当に聖女なのかしら……」
「魔女がそう言うのなら、そうだ」
青い空、白い雲、緑の芝生、咲き誇る花々。元の世界とほとんど景色は変わらないのに、私は前とは違う生き物になってしまったのね……。
確かめるように、かつての聖女が立っていたかもしれない場所でそっと右手を振った。
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